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留学後未来へ羽ばたくためのアドバイス

執筆者:

高部 和明  米国バージニア州立大学医学部腫瘍外科・生化学 准教授

留学先:

The Salk Institute (Wylie Vale教授研究室)

海外留学。私が日本の大学院生だった頃、その研究環境があまり恵まれなかったからこそ、なおさらこの言葉は輝いて聞こえました。それは、物理的に毎日が海外旅行であるという楽しみ以上に、自分が研究で世界の舞台に立てるような気がしたからでした。人の人生は十人十色で、初等教育のように何年目に何を教わるなどと説明できるものではありません。留学に関しても一般的に語ることは難しく、また個々の体験談がそのまま当てはまるわけではありません。一方で、私自身自分の専門以外の先人の経験談が自分の指針のヒントになったことは少なからずありました。そこで、僭越ながら私が今までアメリカで生き残ってきた経験に基づいたアドバイスを記すことで、少しでも皆さんのお役に立てればそれに優る喜びはありません。

人生の短期と長期visionを持とう

まず最初に強調したいのは、人生のvisionを持つことの重要性です。こう書くと大層に聞こえますが、要は自分の夢をはっきりと持つことです。自分は短期的に何がしたいのか、そして長期的に何を目指し、何を手に入れたいのかを、常に自問自答し続けることはとても大事だと思います。短期、長期ともに、visionが時とともに変わるのは実はよくあることで、現実に応じて変化することは悪いことではありません。重要なのは、常に自分のvisionを意識し続けることなのです。日々の生活に追われる中で、どれだけ長期visionを睨みつつそれに向けて時間と労力を投資できるかで、夢を実現できるかが決まります。

留学を目指していた頃の私の短期visionは兎にも角にも留学を実現することでしたが、長期visionは手術で目の前の患者さんを助けながら今救えない命を助けられる研究をする外科医になることでした。自分がなれたらいいなぁ、サイコーだろうなぁとワクワクできるようなvision、オレはこんなことをしたい、こんなことが好きなんだというvisionを持てば、それに向けて努力することは、例えそれが大変ことであっても頑張れます。自分がワクワクできるvisionを持てば、それに向けて邁進することそのものを楽しむようになれることも可能だと思います(最初のうちは全くそのようには思えなくとも、です)。

アップルの創業者スティーブ・ジョブスは「Do what you love(好きなことを仕事にせよ)」と言いましたが、私はそれを「好きこそ物の上手なれ」と解釈しています。超一流のスポーツ選手は良いプレーをしようとする時に、疲れちゃうとか、汗をかいてしまうなどと気にするでしょうか。良いプレーをすることしか頭にないくらい没頭しているのではないでしょうか。それと同じで、自分が本当になりたいvisionに向けて頑張ることは、生活の糧を得るために執行する業務としての「お仕事」とは対極で、「自分はこれが好きでやっているんだ」という気持ちで没頭できることになります。そのようなモチベーションがあれば、時間や労力がかかることでも喜んでできますし、どれだけ時間がなくても何とか時間をやりくりしてやりたいことになります。

自分のvisionを実現するための戦略を立てよう

自分の本当に好きなことが見つかり、なりたい将来のvisionが見えてきたら、次にはそれを勝ち取るための戦略を立てましょう。ああなりたいなぁと思っているだけでは、ただの絵空事です。例えば、私がアメリカに残って働こうと決心した時、真っ先に着手したのはグリーンカード(永住権)の取得でした。永住権がなくとも当面の仕事には支障はありませんでしたし、取得には総額百万円以上の費用と多大な手間がかかりました。一方で、アメリカで研究者として独立するにはNIHの研究助成金(グラント)を獲得せねばならず、その殆どに永住権が必要です。また雇用者側から見れば永住権のない外国人にはビザを支給する手間も費用もかかるので、就職に不利だと思いました。この戦略は見事にあたり、私の人生で最も困難でかつラッキーだったカリフォルニア大学サンディエゴ(UCSD)外科レジデンシーのポジション獲得につながりました。永住権がなければそれは不可能だったと思います。その後のフェローシップ職獲得時、グラント獲得時、ファカルティー職獲得時と、早い段階で永住権取得をしておいてよかったと心底思った場面は数え切れません。
長期vision実現のための戦略は永住権取得だけではありません。それは、将来のポジション獲得を目指してネットワーキングをしておくなど、来月、来年には直接役立たなくとも、数年後以降に大きな効果を生むであろうと予想されることに投資することなのです。勿論、長期戦略の全てが狙い通りいくわけはありません。むしろ私の場合ほとんどがハズレました。例えばレジデンシーのポジション獲得のためには200施設くらいへ応募しましたが、ほぼ全てを外し、膨大な費用と労力を無駄にしました。そもそもここ数年で提出したグラントも五十数本になりますが、獲得したのは片手です。ネットワーキングも物凄く一生懸命やりましたが、9割方が全くのスカ、はっきりいってただの無駄骨でした。ただ、それだけ必死だったからこそ、残り1割のネットワークを最大限活かせたのだと思います。何にどれだけの資源(予算)と時間と労力を投資するかという戦略は人生におけるギャンブルで、ある時点に至ればサイコロを振るしかありません。ただこのギャンブルは自分が様々な情報を集め、よく考えることで勝率を上げることができます。その勝率を最大限高めるために、戦略を立てることは大変重要なのです。

業績を作るにも戦略がモノをいう

長期visionのみならず、短期visionである日々の目標に対しても戦略をもって望むべきです。例えばどの程度の論文をどの段階でパブリッシュするかという戦略があります。グラント獲得には権威のある(インパクトファクターの高い)雑誌に掲載された大論文が必要です。グラント審査では、これまで成果を挙げられた研究者なのだから次のグラントでも再び成果を挙げる可能性が高いと判断されるからです。したがって、私のリサーチ・メンター(指導者)である生化学主任教授は、弱小雑誌向けの小論文は時間、労力、予算の無駄遣いであるに加えて、履歴書上でもくだらない研究をしている印象を与えるので書くなというのが持論です。
しかし、私からしてみると、1.大学教員である以上学生やレジデント(研修医)の教育も仕事の一部であり、連中が限られた時間でモノにできる小論文は、研究業績というより教育業績として価値がある、2.特に臨床科では論文のインパクトとともに論文数も評価の対象であるという考えから、大論文に加えて小論文も大量生産してきました。これがAssistant ProfessorからAssociate Professorへの昇進の際に、教育への貢献とリーダーシップの証として大いに評価されたのみならず、臨床医学や動物実験モデルの小論文を沢山出版したので私は基礎医学のみならず臨床医学の研究者としても認知される原動力となりました。更には私の元で研究した連中は現在日本や全米の大学スタッフに昇進したので、世界的にネットワーキングできるようになり、「小論文作戦」は一石三鳥の効果を生みました。
勿論、ポスドクとして働いている最中はボスの意向に合わない実験などはできない場合も多いでしょう。私が言いたいのは、そのような環境であっても自分なりの戦略をもって臨もうということなのです。例えばメインのプロジェクトの最中に枝葉となるような小さいメッセージができたとき、それがフィギャーとなるように複数のパネルを揃え、コントロールのパネルも統計ができるくらいの数で確保しておく。そうすれば、万が一その枝葉がメインの大論文で使用されないことが決まったとき、それをパソコンの肥やしにしてしまわないで、小論文として書いてしまうといった作戦がとれるわけです。

アメリカでは現状維持は原則的にない。勝ち続けて上るか、あとは下がるかしかない

アメリカには年功序列という考え方はないので、例えばポスドクとして自分の所属するラボで上司や周囲とよい関係を保っていたとしても、上司が自分のポジションをタイムリーに引き上げてくれなければ(ファカルティーにならなければ)その職場に数年以上居続けることは困難です。それはポスドクには雇用期限がありますし、Assistant Professorも6年以内に昇進しなければtenure trackを外れてしまうからです。即ち、アメリカで生き残り続けようと思えば、3〜4年以内に成果を挙げて自施設か他施設でステップを上がる戦略を実行するか、ジリ貧になっていくかしかなく、「ふつーに仕事して現状維持」という選択肢は原則的にないと思ったほうが良いです。例えば、外科の領域ではジョンズホプキンス大学は全米トップの権威なのですが、そこのAssistant Professorでさえ十年後にアカデミア(大学病院や癌センターなど学術職)に在籍しているのは半分いないそうです。即ち、ジョンズホプキンスのような大権威でさえ半分以上は十年以上外科の研究職に生き残れないのがアメリカのシステムだということです。こう書くと「アメリカは競争が激しくて大変だ」と思われるかもしれませんが、実際には競争があるからこそ頑張る人が上に上がれる余地が生まれます。「無能な上司が上につかえているから昇進できない」といった状況は生じにくく、もしそのような施設にいれば他施設に移ればよいだけの話になります。このような環境だからこそ、アメリカでは自分のvisionを明確にもち、それに向かって自分なりの戦略を立てて攻め上る人が成功できる余地があるのです。

“What brought you here, will not bring you there” (ここまで連れてきてくれたものは、次の段階まで連れて行ってはくれない)

多くの海外留学研究者はポスドクのポジションだと思うので、アメリカに残ることを希望するなら短期visionはファカルティーポジション獲得になると思います。ファカルティー(Assistant Professor)になれば、次はTenured Associate Professorで、そのためには一般的にグラント獲得が必要です。その後大論文を1〜2年に1本継続的に出版し、グラントを獲得し続けられれば数年でfull professorに昇進します。一般的にAssistant Professorになるとラボを構えること〔主任研究員(principal investigator:PI)〕になり、それは「管理職(manager)」になることを意味します。
即ち、それまでは良い実験をして良い論文(或いはグラント)を仕上げることだけを考えていればよかったところが、自分のキャリアに加えて個々のポスドクと学生の成功、更には予算を含めたラボの運営、経営能力が問われるようになります。卑近な例では、グラントを獲得すれば自分の給料もある程度裁量権があるので、「所得倍増」もやろうと思えばできなくもありません(実際私の同僚でやった人がいました)。ただ、それをやると人件費が自分の給料に消えてしまうためポスドクやテクニシャンを雇う予算が減ってしまいます。ポスドクの頃は何でも自分でやれたので自分がやればいいやと思いがちですが、PIになればグラントはいうに及ばず講義、学会活動、種々の会議、学生の相手とそれまで想像だにしなかった仕事が降って沸いてきて、結果的に実験研究が滞ってしまいがちです。科学的にもそれまでは知識と経験を備えたボスが色々とコメントくれましたが、これからは自分から問いかけていかなければコメントをもらうときは論文やグラントのリジェクションのときで、それまでに年単位の時間を浪費してしまったなどということになりかねません。つまり、PIになるために必要だった、役に立った研究能力は、PIになった後も当然必要ですが、それだけではそれ以降のキャリアアップには足りず、経営といった新たな能力が必要になってきます。その段階になって、自分個人のみならず、ラボ全体といった大きなスケールでのvisionと戦略が必要となってくるわけです。
ラボ全体を成功させるための戦略として、「どのようなチームを作るか」は非常に重要です。ただただ人数だけ集めても、烏合の衆になるだけで予算、時間そして労力の無駄遣いになりかねません。ちなみに、PIが研究専門職としての力量を見られているのは最初の3〜4年でその間にグラントが取れなければtenure trackから外されて教育要員へ廻されます。そのため、どのようにPIのvisionと戦略にあった人材をタイムリーに集められるか。ラボの成否はこれにかかっているといっても過言ではないと思います。このような経営能力は一般にleadershipと言われ、その能力開発を促すleadership developmentはAssociate ProfessorからFull Professorになる段階で大変重要になってきます。私の戦略は奨学金を獲得してダートマス大学の夏期講習に参加したり、4万人近い会員の中から毎年十数人選ばれる世界最大の医学専門学会であるAmerican Society for Clinical Oncology (ASCO)のLeadership Development Programに選抜され1年間トレーニングを受けたりしました。私の知り合いの主任教授はexecutive coachによるトレーニングを継続的に受けています。そういう意味で、アメリカではどのようなポジションになっても、更なる上を目指してトレーニングを受け続け、成長し続ける人が勝ち続けられるのだと思います。

「継続は力なり」

これらの戦略の例は、必ずしも全て前もって計算できたわけではありません。私が言いたいのは、日々の実験における短期visionとともに将来の夢としての長期visionに向かって、常に戦略をもって臨もうということなのです。同じ実験を組むにしても、どうしたら一石で二鳥、更には三鳥取れるか。どうしたら自分のみならず共同研究者も得をするwin-winにできるか。常に戦略をもって臨むことで自分のvisionに近づいていくことができます。作戦の全てが当たるわけはありません。いや、現実的にはそのほとんどは残念ながらハズレるでしょう。しかし、毎日、毎週、毎月戦略をもって臨むことで、人生の重要局面で勝てる可能性が高まります。「人生はチェスのようなものだ」といったのはアメリカ建国の祖ベンジャミン・フランクリンですが、人生の勝負も実践を重ねることで上達するはずです。一手では勝てないかもしれませんが、数々の戦略を積み重ねて相手を追い込めばチェックメイトできるはずです。この際、大事なのは一回一回の勝負で一喜一憂、右往左往しないようにすることです(時にそうしないのは大変難しいですが)。人生の勝負の多くは、野球に例えれば甲子園のようなトーナメント戦ではなく、プロ野球のようなリーグ戦であり、一回や二回負けてもその後勝ち越せば優勝する、そういったものだと思っています。結局、最終的に勝った(或いは自分が勝ったと信じた)者が勝者なのです。
アップルのスティーブ・ジョブスの座右の銘に“Stay Hungry, Stay Foolish”があります。たとえ勝っていてもハングリー精神を忘れず、例え負けていても、他の誰もが絶対勝てないと笑っていても、自分に勝機が見えたら馬鹿になって戦いを挑み続ける。「継続は力なり」という言葉があります。自分のvisionを見据え、いつまでもそのゴールに向けて情熱とモチベーションを持ち続け、戦略を立て続け、攻め続ければ、いつの日かは、何らかの形で、実現できると信じています。それは来年ではないかもしれない。5年後でもないかもしれない。更に、そこへ到達したときにはその形は最初イメージしていたものとは違っているかもしれない。しかし、自分を信じてやり続ければ、いつかは、何らかの形で、辿り着けます。少なくとも私は、そう自分を叱咤激励して、日々戦いを挑んでいます。

2015/11/19

​編集者より

​執筆者紹介:

留学歴
1992年新潟大学医学部卒業後、新潟大学病院にて外科研修。
1997年より米国サンディエゴにあるThe Salk Institute (Wylie Vale教授研究室)へ留学。肝再生が停止するメカニズム解明に取り組む。
1999年横浜市立大学大学院博士課程卒業後、アメリカで研究のできる臨床医を目指してレジデンシー(研修医)プログラムへ応募。
2006年University of California San Diegoにて一般外科レジデンシー修了。
2008年Virginia Commonwealth Universityにて腫瘍外科フェローシップ修了。フェローシップ中より癌におけるスフィンゴ脂質研究に従事、NIH-T32に引き続きNIH-K12グラントを獲得し2008年より同学腫瘍外科と生化学・分子生物学のAssistant Professorを兼務。
3年目にNIH-R01グラントを獲得し2013年より現職。原著、総説、抄録を合わせた出版論文数は160を越え、そのトピックもスフィンゴ脂質の基礎研究から癌の動物モデル、更にはセンチネルリンパ節生検や胸腔鏡の手術手技まで多岐にわたる。会議と学生・レジデント・フェロー教育の合間に外来と手術と回診をこなし、もう少し論文とグラント執筆に時間を割り当てたいと思いつつ、ポスドクに話しかけて煙たがられる日々を過ごす。

編集後記:

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編集者:

坂本 直也

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