科学技術と政策、そしてビジネスの狭間で 〜行政官が留学したら〜

加々美 綾乃


はじめに


みなさん、はじめまして。加々美と申します。おそらくUJA Gazette読者の皆様の多くは「研究」というキャリアパスを進んでいる中で、随分前に研究の道から離れている私が寄稿するのも、なんだか不思議な気がしています。しかし、このような機会をいただいたのも研究の世界から行政の立場に足を踏み入れ、米国留学をきっかけに、ほんの少しだけまた研究の世界に戻ったりと、仕事上も常に研究の世界とつかず離れずの環境で過ごしてきたからかと思いますので、今回は私なりの留学体験記を書かせてもらいます。



研究から行政の世界へ


まず、留学体験記というからには、留学に至るまでの経緯をお話ししようと思います。私の場合は、「なぜ博士号取得後に行政官の道を選んだか」というところから始めたいと思います。が、話し出すと長くなるので、細かい話は別の場に譲りますが、理系人材・博士人材が国家公務員試験を受けて、官僚になるというキャリアパスは存在します。特に文部科学省では、科学技術政策や大学・大学院政策を担うということもあり、博士号保持者は多少なりとも見かけます。


博士号取得者が省庁を就職先として選ぶ理由は、十人十色ですが、私の場合は、「自分が大学院で研究をする中で感じた日本のアカデミアの理想と現実のギャップ(研究環境、キャリアパス、など)をどうにかしたい」「そのためには大学や研究費といった仕組みや大学を取り巻く社会を変えていかないといけないのではないか」という理由からでした。



行政の世界


そのような思いを持って私は文部科学省に入省したわけですが、研究しかやっていなかった人間が突然政策立案の場に放り込まれ、ひたすらOJT(On the job training)で「政策立案」を学ぶことになりました。幸いなことに、私の場合、文部科学省だけでなく内閣官房という立場で政策立案に携わったり、科学技術政策だけではなく、教育政策や文化政策といった様々な政策分野に携わることにより、省庁や政策分野によって異なる行政手法を学ぶことができました。


こういうとあたかも私が「科学技術と政策の両方が分かるπ型人間」であるかのような誤解を生みそうですが、「行政官になって数年の人間が政策を分かっているのか?」というモヤモヤ感を感じ、とにかく行政官になって学んできたことを整理するとともに、「政策形成やマネジメント面での体系的な何かをインプットしたい」という思いが強くなってきました。また、「OJT的に今の政策立案を学ぶだけでは限界があるのではないか」という不安感、そして、「アカデミアの世界はグローバルなのに、そのような政策分野を扱う自分が海外に暮らしたことすらない」という危機感を感じるようになりました。


というタイミングで(そもそも海外への憧れもあり、以前から留学希望を出していたこともあり)、課長補佐(*1)になる一歩手前のタイミングで人事院長期在外研究員(*2)に選ばれました。

(*1)省庁にもよるが、政策の実務的な企画・調整を行うため、裁量権がそこそこ大きい。

(*2)各府省の行政官を2年間諸外国の大学院に派遣し、研究に従事させる制度。修士(または博士)の学位を取得する必要がある。



そしてMITへ


留学に際しては、「科学技術×○○」といった分野を学びたいと考えていたので、科学技術政策や技術経営などを学ぶことができる大学・専攻を中心に出願しました。その結果、マサチューセッツ工科大学(MIT)のSystem Design and Management Program(SDM、修士課程)に合格し、入学することにしました。このプログラムは、MITのSloan School(経営学(MBA))とEngineering Schoolが共同設置しているプログラムで、技術者がリーダーになるために、システム思考をベースにプロジェクトマネジメントやMBAの学生と一緒に経営学を学ぶコースです。ほぼ全員が理系バックグラウンドで、ミッドキャリア(就職後4年〜)、留学生が多いコースになります。また、専門職学位ではなくacademic degreeなので修士論文を書く必要があります。



MITの生活


というわけで、2017年8月からMIT・ボストンでの生活が始まりました。


写真1:クラスメイトと必修授業で

まずMITの授業が始まって早々に驚いたのが、大学と企業の近さです。MITのすぐ横にGoogle、Microsoft、Pfizer、Novartis、Takeda…と名だたる企業(研究所含む)がある、という物理的な近さだけではなく、大学の中に企業がどんどん入ってきて、人材育成に協力している印象を受けました。例えば、奨学金やインターンシップは日本でも想像がつくと思いますが、私が驚いたのは、企業などが抱える課題について、学生が授業の素材として取り組み、解決策を学期末までに提案する授業が、修士課程の授業(学部生も取れる場合もある)のあちこちで行われていたことでした。


このような授業は「Lab」と言われることが多いのですが、医療機器のLabでは、病院や医者、メーカーが抱える課題について、興味がある学生がチームを組んでメンター(企業のエンジニアなどの専門家)と一緒に取り組み、1学期中にプロトタイプまで作り上げていました(出来がいいと、それを元に起業したり機器メーカーに提供したりするそうです)。私も同様の授業を、MBAのAnalytics Labという経営データ分析の授業やSDMの必修授業で経験しました。有名企業が参加していることが多い(ここはさすがMIT)ので、「プロジェクトで良い成果を出して、その企業への就職につなげよう」と考える学生もいます。


なお、アメリカの大学院の授業は大変です。課題提出・試験・学期を通じたプロジェクト(学期末に発表)と、とにかく学生に勉強させます。忙しさで言えば、仕事と変わらないかそれ以上… 自分がしたいことをしている結果(選んだ結果)の忙しさであることが、唯一の違いでしょうか。ちなみに、学部生と合同の授業では、30歳半ばを超えて10数年ぶりに(生物系なので大学の教養以来の)行列を使った計算(と証明)が出てきて、英語とのダブルパンチで気が遠くなっている私の横で、20歳ちょっとの若者がスラスラと解いていくのです… これが社会人留学の現実です。



MITを取り巻くエコシステム


もう一つ、MITに留学して刺激的だったことは、ピッチイベントと起業を支える学内外の仕組み・環境です。


「MIT100K」や「Sloan Healthcare Innovation Prize」など、学生(例示はMITですが、ハーバード にもあります)が主催するピッチイベント(学生主催と侮るなかれ、投資家が審査し、賞金が出て、プロトタイプ作成やデータも提示するなど起業の準備万端でピッチするグループもいます)や、大学近くの企業やCIC(Cambridge Innovation Center)やMass Challengeなどで行われるピッチイベント(こちらも賞を取ったら賞金や実験スペースなどを得ることができる)、そしてネットワーキングが行われます。


そういう環境で、チャンスを掴み、自分の夢の実現・会社の拡大を成し遂げていく人たちがウヨウヨいるのが、ボストン・ケンブリッジでもあります。そして、そのような優秀で野心あふれる若者を雇用するために、GoogleやAmazonといった企業がMITとハーバード周辺には集まってきています。(ただ、MITで一番優秀な学生は、起業やスタートアップというキャリアを選び、Googleなどに就職するのは次の層…と言われています。)


また、MITでは起業を支えるサービス・仕組みもふんだんに備えています。授業内外で行われるアントレプレナーシップ教育や起業プロジェクト、メンタリングはもちろん、起業に必要となる法務的手続きをサポートするボストン大学法科大学院(MITには法科大学院がない)と提携したサービス、簡単なプロトタイプを作るための設備などなど… 様々な組織で多くの支援が展開されているので、それらをまとめたパンフレットを読まないと全体像が掴めません。


MITの外でも、例えばMITの隣のCICで、毎週木曜日にVenture Caféが開催する「Thursday Gathering」では、メンターがオフィスアワーを開催しています。また、CICやLabCentralなど、スタートアップ企業にオフィススペースやラボスペースを提供している施設は、その場所自体がInnovation Hubとして、若いスタートアップ の成長を支援する場所となっています(起業経験豊富な先輩(シリアルアントレプレナー) が、若い起業家をメンタリングするようなことも起きます)。



インターン、そして修論…


写真2:チャールズリバーとバックベイを望みながらMIT図書館で修論を書く日々・・・

このような感じで始まった、ボストン・ケンブリッジ生活ですが、あっという間に1年経ち、夏休みを迎えました。せっかくのチャンスなのでインターンでもやろうかと考えていた頃、バイオ系スタートアップ企業にシェアラボを提供しているBioLabsのCEOとGrobal business担当の方に会うチャンスがありました。先方のビジネスについて話を聞いていたところ、面白そうだったので夏にインターンできないかとその場で聞いたら、するするとインターンが決まりました。


この頃からなんとなく、修士論文では日米のスタートアップ・エコシステム(できればバイオテック分野)を比較分析するようなことをしたいと考えていたので、インターンで海外の都市のエコシステム分析(企業や大学の数などのデータを集めて分析する)を行ったことは、とても役立ちました。


その後、2年目の学生生活が始まり、紆余曲折を経て(鬼のように忙しい秋学期からの修論追い込みの春学期になり)super visorをマイケル・クスマノ教授に頼むことができ、彼のエコシステムや日本の大学に関する鋭い指摘を受けながら、「日米のバイオテック・スタートアップエコシステムの比較分析」というテーマで修士論文をまとめました。参考文献をひたすら読みあさり、公開データを集めて分析し(日本の公開データの不足感を感じ…)、という毎日は、久しぶりに知的で刺激的な日々でした。そして、改めて、論文を書く大変さ(テーマ選定や仮説検証のプロセスを含め)を感じ、懐かしさ・楽しさ・苦しさを感じた日々でした。


論文を書き上げたときは、達成感と同時にまだまだ深堀りが足りないという思いから、一瞬、今回のテーマの研究を続けるために、Sloan SchoolのPh.D.コースに入り直そうかと思いましたが、同級生に「アカデミアに戻るのでなければ2つのPh.D.はtoo muchだ」と諭されたのもいい思い出です。


というわけで、この修士論文のテーマは今後の私の社会人人生のテーマにしていこうという気持ちを心に秘めて、帰国の途に着きました。


おわりに&その後


私にとって留学は、社会人からまた学生という立場に戻り、改めて一歩引いた立場から物事を見る良い機会となりました。これぞ「社会人の学び直し」でしょうか。このようなチャンスを下さった、役所にはとても感謝しています。また、現地で会った日本人の皆さんには刺激を受け、いろいろと勉強させてもらい、そして旧交を温める出会いもあり、本当にボストンに行ってよかったと思いました。


一方で、ボストンで出会ったエコシステムは、国や行政があーだこーだというものではなく、現場レベルが有機的につながって作り出しているものでした。もちろん、ボストン・ケブリッジのエコスシステムは初期のマサチューセッツ州の投資なしにはできなかったかもしれません。しかしながら、「基礎研究の成果をどうやったら社会実装に繋げられるのか」「そのため に必要なアカデミアを取り巻く環境をどうやって良くしていくのか」と常々考えていた私にとって、ボストン・ケンブリッジはとても魅力的な場所でした。


というわけで、日本でのエコシステム作りに正面から取り組みたいと思った私は、帰国後2年間努めていた文部科学省をつい先日退職し、ボストンで通っていたCICの日本オフィス(CIC Japan)に転職しました。官から民へと立場は変わりましたが、引き続き、基礎研究の成果を社会へ橋渡しする仕組みづくりや、科学技術の楽しさ・素晴らしさを社会に伝えることで、「研究者になりたい!」という子供や学生が、そのまま研究者を目指すことができる社会づくりに微力ながらも貢献していきたいと思います。



著者略歴


加々美 綾乃。

2005年東京大学理学部生物化学科卒業。

2011年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程単位取得退学。博士(理学)。

2012年文部科学省入省。ライフサイエンス 課や内閣官房健康・医療戦略室を経たのち、情報教育や文化政策に携わる。

2017年よりマサチューセッツ工科大学System Design and Management Program(修士課程)に留学。プロジェクトマネジメントや、スタートアップエコシステムの研究に取り組む傍ら、バイオ系スタートアップ企業にシェアラボを提供するBioLabsにてインターンを経験。

2019年に帰国後は内閣府にて科学技術・イノベーション政策に携わったのち、文部科学省にて核融合分野の研究開発政策に従事。

2021年7月よりCIC Japan合同会社。

連絡先:k83ayano@gmail.com