コミュニティー運営の秘訣

アラバマ大学バーミンガム校

大須賀 覚


こんにちは。現在、アメリカ南部で脳腫瘍の研究をしております大須賀覚と申します。 アメリカに来て7年になる私ですが、この間に日本人研究者コミュニティーを2回も作るという貴重な経験をすることができました。今回、UJA Gazetteの紙面をおかりして、成功や失敗が混ざり合った私の経験を共有したいと思います。今後、日本人研究者コミュニティーを作りたい、運営したいという方のご参考になれば幸いです。


アトランタ日本人研究者の会

私は2014年に渡米して、アトランタにあるエモリー大学でポスドクを開始しました。 アトランタにはエモリー大学以外に、ジョージア工科大学、ジョージア州立大学、公衆衛生の拠点であるアメリカ疾病管理予防センター(CDC)など多数の大学・研究機関が存在しています。また、少数ですが日本企業の研究施設も存在しています。日本人研究者の総数も合計で100名を越すくらいと、他の大都市にはかないませんが、結構いるという状況でした。ただ、アトランタに行ってわかったのは、これらの日本人研究者を組織的に束ねるネットワークは存在していないということでした。


実は渡米前から米国の各都市には日本人研究者の会が存在していることを知っていました。 それが新たなネットワーク作りに有効であると先輩に伺っていたので、ぜひ参加したいと思っていました。しかし、アトランタには存在しておらず、大変残念だと思っていました。 そこで、渡米後のセットアップも終わり生活に慣れてきた頃に、自分で作ることができないかと調べ始めました。 当時、ニューヨークで働かれていた園下将大先生(現:北海道大学遺伝子病制御研究所教授)にもお伺いして、どのように運営したら良いかも考えました。また、エモリー大学の大先輩である平野雅之先生(エモリー大学ワクチンセンター)にもご協力をお願いして、「アトランタ日本人研究者の会(現:ジョージア州日本人研究者の会)」を設立することとなりました。


2015年度末に最初の会合を開催し、その後も1-2ヶ月に1回の頻度で会を運営していきました(写真)。

写真)「アトランタ日本人研究者の会」(コロナ前)

会は、講演会を中心として各回1人の研究者に1時間程度の講演をしていただき、終了後には懇親会というスタイルで行っていきました。もちろん、ただ集まって飲むだけでも楽しいのですが、さらにそれぞれの研究の話も聞ければ、新たなアイデアも得られ、コラボレーションなどにも発展できる可能性が高くなるのではと思い、このスタイルにしました。


最初の壁

会を始めた当初は10-15名ほどの参加者で、多くがエモリー大学のみからの参加でした。最初の頃の運営はなかなか難しく、参加者もあまり増えていきませんでした。 特に運営を難しくしていたのが、参加者の背景が大きく違うことでした。 それぞれの専門分野があまりに異なっていて、立場も学生・ポスドク・教員と様々でした。何かの分野に特化した専門的な話だと、多くの人は楽しめないという問題がありました。


そこで、回を重ねるごとに少しずつ会のスタイルを変化させていきました。 特に重視したのが、誰でも楽しめる会を運営することでした。学会のような深掘りした会ではなく、市民公開講座のように、専門知識がなくても、誰でも理解して楽しめる会を目指しました。 講演者には専門外の方でもわかるように丁寧な解説をお願いしました。司会進行では、みんなが置いて行かれないように、難しいところでは止めて講演者に解説をお願いするなど、とにかく誰でもわかるスタイルを目指しました。そうすることで、みんなが楽しめる会へと変化をしていきました。


市民公開講座のようなスタイルだと専門的な話はできません。しかし、研究の要点はよく整理されて、大事なことが凝縮された話を聞けることができます。そのため、研究の目的や方法などの概要を得るには最適でした。 他分野で働く人も理解でき、新たな研究のアイデアを他分野の人からもらえることも多々ありました。もっと専門的なことを知りたい人もいますが、それは会の後に直接質問してもらうようにしました。 そのような形式で進めることで、一気に参加者が増えていきました。また、面白い変化は、研究者以外の方がたくさん来るようになった点です。ビジネスマン・弁護士・会計士・裁判官・バイオリニストなど、誰でも参加してくれるようになり、一気に多様で面白い会へと変貌していきました。 会は毎回30-40名近くの参加者が集まるまでに成長していき、メーリングリストの登録者は100名を超えました。西海岸や東海岸などと比べると日本人の数が少ない都市にしてはかなりの参加者数となりました。


参加者のバラエティーの高さのおかげで、講演会のトピックも多岐に渡って、がん・免疫・ロボット・体内時計・数理モデル・ワクチン・日本酒・居合・音楽と豊富でした。時にはNatureの論文を連発する有名研究者の話であったり、エボラ出血熱の対策でアフリカに行っていた医師の話、アメリカで成功している研究者にキャリアアップの方法の話など、本当に多岐に渡り、普段は得られない新知識やインスピレーション、時には実践的な知識を得ることができました。また、研究への熱いパッションや、普段の学会では得られない方向性の話も出てきて、人としても成長できる話を聞くことができました。


その後には、ジョージア日本人商工会とのコラボレーションも行うようになりました。 共同企画として日本語学校で、がんやワクチンに関する市民講座を開き、日本語学校の生徒さんの教育や、地域にお住いの日本人への健康に関した啓発活動も行うことができました。本当に多くの方のご協力のおかげで地域の日本人を支える団体へと成長することができました。


アラバマ州日本人研究者の会



2019年に私はアラバマ大学バーミンガム校に移ることとなりました。志半ばではありましたが、続けてきた会の運営から退くことになり、後任者に運営をお願いしました。そして、バーミンガムに移りました。異動後に地域の日本人の方とお話しする機会を持ったところ、この都市にもセミナーなどをやる日本人研究者の会は存在していないことがわかりました。アトランタに比べると日本人研究者の数もかなり少ないのですが、新たなネットワーク作りがしたいと思い、こちらでも研究者の会を立ち上げることにしました。


異動後に新型コロナウイルスの騒動もあり、立ち上げには時間がかかりましたが、2021年3月に「レッドマウンテンの会(アラバマ州日本人研究者の会)」を設立しました。 この会もアトランタの時とほとんど同じプラットフォームで、1-2ヶ月に1回の頻度でセミナーと懇親会を行っています(写真)。 2回目の研究者コミュニティーを作ってみて感じたのは、地域によって住んでいる日本人研究者の構成が異なることです。アトランタに比べるとバーミンガムは若い日本人研究者が少なく、長年米国にいる方が多い傾向にあります。そのため、彼らが求める情報も異なりました。その点がバーミンガムで会を運営する上で難しいことだと感じました。以前と同様に市民公開講座のようなスタイルで続けつつ、この地域ならではの会に変えていければと思い、スタイルを変化させつつ運営を続けています。


日本人研究者の会を運営する上で感じたこと

1.専門外の人に合わせてデザインする 参加者は本当に多様な背景を持っています。学生だと知識も少ないです。誰もが楽しめるようにデザインすると、会はうまくいっていくのではと感じています。 2.参加者に合わせてスタイルを変えていく 地域によって参加者の年齢層・立場も変わります。それに合わせて微調整することが大事だと思います。同じスタイルのフォーマットが全ての都市に使えるわけではないと思っています。おそらく、私が作ったフォーマットは日本人が多い大都市には向かないと思います。 3.参加型にする

出来るだけ参加者には発表をしてもらうことが大事だと思っています。聞きに来るだけではなく、発表をしてもらうことで、その人は他の人に認知され、関係も深くなります。発表する機会をできるだけ与えることが大事です。ただ、全ての人が1時間の講演をできるわけではありません。学生や研究者以外の方のために、10分ほどのショートトークセッション(TED形式)を組み合わせた会を設けるなどして、講演の敷居を下げる努力も必要です。多くの人に真の意味での参加をしてもらうと良いです。

4.参加者の制限をしない 研究者のみでなく、誰でも参加可能としたことが成功した鍵でした。もちろん、これには都市にいる日本人の数にもよるのですが、可能な範囲で門戸を広げた方が盛り上がる会になるかと思います。

5.継続が大事

開始当初はそれほど集まらないものです。しかし、そこで諦めずに継続的に運営を行なうと、人が人を呼んで行きます。渡米する若者もホームページなどで会を見つけて入ってきてくれます。継続が大事な鍵だと思います。

6.地域の日本人社会を支える立場を目指す 日本人研究者のコミュニティーというだけでなく、地域の日本人会と一緒に活動するなどして、地域の日本人社会を支える立場になると良いと思います。それができると研究者には普段は接することができないものも見えてきて、お互いにとって素晴らしいと感じています。


最後に、読者のみなさんの留学生活やキャリアパスがより実りあるものとなるよう祈りつつ、終わりにさせてもらいたいと思います。最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。


謝辞

アトランタでの会の設立・運営にご尽力してくださったエモリー大学の平野雅之先生・斧正一郎先生・小野原大介先生、アラバマの会の設立・運営にご尽力してくださった原田秀子先生・三枝孝充先生・外村宗達先生(アラバマ大学バーミンガム校)に感謝をいたします。また、2つの会を支えてきてくれた多くの方に改めて感謝致します。


著者略歴

2003年筑波大学医学専門学群卒業。2009年日本脳神経外科学会専門医取得。2013年筑波大学大学院人間総合科学研究科修了(医学博士)。日本学術振興会特別研究員DC1、同PD。2014年Emory大学脳神経外科博士研究員。2019年アラバマ大学バーミンガム校脳神経外科助教授。 連絡先:sosuka@uabmc.edu Twitter: @SatoruO