研究室紹介-新しいコンセプトによる革新的な疾患治療法の開発を目指す研究-

千葉大学国際高等研究基幹/大学院イノベーション医学

倉島洋介

はじめに


「免疫・アレルギー疾患の未来にイノベーションを」というモットーを掲げる研究室を主催する現在の私から少し時間を戻して、私自身が研究者を目指すことになった経緯をご紹介したいと思います。


今から20年近く前の2001年、私は、アメリカ・メリーランド州の大学でMedical Technology/Animal Scienceを学んでいました。


9月11日、いつものように朝の授業に出席するため登校すると、休講になっていることに気が付きました。普段なら行列ができている図書館の共通PCにも誰も並んでおらず、館内に人がいないのです。それどころか、大学構内に人がいないと気が付くまで、今思うと時間がかかりすぎていた気がします。無人の図書館のPCで読んだ日本にいる友人からのメールで私はその日の朝、「アメリカ同時多発テロ」が起こったことを知ったのでした。


その後、1か月以上に渡り自宅待機や休校が続き、さらにアメリカ炭疽菌事件、ワシントンD.C.エリア連続狙撃事件と、住んでいる地域で連続して起こった想定外の出来事に翻弄され、私の留学生活は一変しました。将来の見えない混沌とした状況の中、私は大学中退という形で、志半ばで帰国の途に着くことになりました。しかしアメリカでのこの経験により、私は自分がこの社会の未来にどう貢献すべきかを現実的に真剣に考えるようになったのです。



帰国後、私は慢性の腎臓疾患を患う親類が身近にいたことから、移植医療や拒絶反応に関心を持つようになり、免疫について学ぶうち、食べ物や腸内細菌など本来私たちにとっての異物に対して免疫反応を起こさないようにプログラムされている「粘膜免疫」の存在を知りました。


大学図書館に置かれていた科学雑誌『Newton(ニュートン)』で、粘膜免疫学の第一人者である清野宏先生(現東大医科研/千葉大学)の研究グループの記事を読み、ピペットマンもほとんど握ったこともありませんでしたが、「研究」が切り開く未来への可能性に惹かれ、研究者の道を意識するようになりました。異物との「共生」と「排除」を巧みに調整している「粘膜免疫」システムの解明に携わりたいという思いから清野研の門戸を叩き、今も続く私の粘膜免疫研究が始まったのです。



新しいコンセプトによる革新的な疾患治療法の開発を目指す研究


ここからは、私たちの研究室で現在取り組んでいる粘膜免疫の研究について、いくつか紹介したいと思います。



(1)線維芽細胞による「免疫末梢教育」


千葉大学と東京大学医科学研究所の研究基盤を活用し、10x ChromiumとスーパーコンピューターSHIROKANE5のwet/dryのシングルセル解析プラットフォームを用いた解析実施システムを用いて、組織の骨組みに働く「線維芽細胞」集団を細分化し、組織修復や炎症の遷延化ならびに発がんに関わる線維芽細胞亜群の解析を行っています。


これまで、細胞外マトリックスの産生などによって単に組織や臓器の骨組みとして機能すると考えられてきた線維芽細胞が、それぞれの臓器・組織に適した免疫応答を修飾(分化や成熟制御)しているという、新しい仕組みを2014年に見出し、このメカニズムを「免疫末梢教育/Peripheral Immune Education」と名づけました(図1)。

(図1)線維芽細胞による免疫細胞の末梢組織での教育機構

この線維芽細胞による「免疫末梢教育」がきちんと行われないと、例えば本来なら腸にいるべき性質をもった免疫細胞が皮膚で増殖してしまいい、これが慢性的な炎症を起こすことがわかりました。つまり、免疫細胞の「教育係」の役割をする線維芽細胞の働きの解明が大切と考えるようになり、このプロジェクトを進めています。線維芽細胞を標的とした、免疫賦活化・抑制を目指した研究を展開し、線維芽細胞を標的とした慢性的な炎症に対する創薬について特許出願(米国登録済み)し、米国ベーリンガーインゲルハイム社との共同研究グループの形成、腸管線維化の治療を目的とした研究を進めてきました(Immunity 2014, 実験医学 2017, Sci Trans Med 2018, Annu Rev Immunol 2017, Front Immunol 2017, 2019, Sci Rep 2020)。



(2)「経口免疫療法」のモデル動物樹立による「抗アレルギー細胞」の発見

(図2)抗アレルギー細胞への切り替えスイッチの探索

食物アレルギーの臨床研究段階の治療法の一つに「経口免疫療法」があります。治療効果は大きく成功率も高まっていますが、なぜこの治療法が有効なのか、その治療の仕組みの詳細は実は解明されていません。


そこで、「経口免疫療法」のモデル動物を樹立、解析をすることで、これまで不明であったアレルギー治療機序を調べ、そこからアレルギーの完治を目的とした研究へと発展できないかと考えました。


これまでわかってきたこととしては、本来はヒスタミンなどのアレルギー物質の放出などでアレルギー反応を起こすマスト細胞が、アレルギー治療時にはアレルゲンに対して無反応になるだけでなく、IL-2やIL-10などの免疫応答を抑制するサイトカインや制御性T細胞を誘導する因子を産生し、逆に「抗アレルギー細胞」として働いていることを見出しました (Mucosal Immunol 2020) (図2)。


つまり、マスト細胞を効率的に抗アレルギー細胞に転換することで、アレルギー治療につながることが期待できるのです。現在はその仕組みについてさらなる研究を進めています。


(図3)感染防御臓器としての膵臓

(3)「感染防御臓器としての膵臓」の新たな役割発見


炎症性腸疾患の患者さんでは、なぜか膵(すい)臓に対する自己抗体ができてしまうことが知られています。


この自己抗体のターゲットはGlycoprotein2と呼ばれる膵臓の糖タンパクであることが知られています。このGlycoprotein2について調べてみると、炎症性腸疾患患者の粘膜で増える接着性や粘膜侵入性が高まった大腸菌に対して感染防御に働いていることがわかってきました(Nat Commun 2021, Eur J Immunol 2022)(図3)。



(図4)嫌気性菌の分離と培養

外分泌・内分泌機能を有する重要な臓器である膵臓が、「感染防御臓器」としても働いており、腸管を起点とした生体防御に働く「臓器連関」の1つであることがわかりました。また、実は大腸菌以外にも様々な微生物が膵臓からの抗菌物質の標的になっていることがわかってきました。


この研究プロジェクトでは、この標的微生物を明らかにすることで、「共生と排除」の仕組みを明らかにしようとしています(図4)。



このように、食べ物や腸内細菌などの「異物」に対して免疫応答が起こらない特殊な「粘膜組織の微小環境の複雑系」を紐解くことは、感染症に対する防御応答の誘導や様々な免疫疾患等に対する新たな制御法の確立において極めて重要です。


今後は、粘膜組織での「免疫末梢教育」の理解を深め、創薬への活用を目指した取り組みから、創薬シーズの早期実用化を図りたいと思っています。さらに、「感染防御臓器としての膵臓」の研究の深化は、次世代創薬技術の開発という観点から、千葉大学附属病院との連携を深めたトランスレーショナルリサーチを推進し腸管外合併症をコントロールする創薬開発を通じて実臨床に貢献できることを目指しています。また、次世代の免疫研究基盤の構築に向けた融合領域の創成にも貢献し、今後一層、医科学研究の新たな潮流の形成を進め、細菌学・ウイルス学・神経科学・生理学といった異分野との連携を図ることで、社会への迅速かつ着実な研究成果の還元を目指していきたいと思っています。



エピローグ


科研費の国際共同研究強化支援の獲得を契機に、2019年より再びアメリカを訪れることになりました。場所は、スペイン語で「宝石」を意味するラ・ホヤの街があるサンディエゴです。渡米後半年経った頃に、コロナウイルスのパンデミックによるロックダウンで、人生で2度目のアメリカでの自宅待機生活を余儀なくされました。先日、COVID19の注射型ワクチンの接種をしましたが、体内に侵入したウィルスだけではなく、侵入そのものを阻止する粘膜免疫を利用した「粘膜ワクチン」が開発されることを期待し、これまで培ってきた粘膜免疫研究が「粘膜ワクチン」開発に貢献できないかと考えているところです。



イノベーション医学の研究室では、1つの小さなデータを大切にして、トランスレーショナル&リバース・トランスレーショナルリサーチを推進しています。医学領域、そして、社会に役立つ成果につながるよう、想いと願いを込めて研究を進めています。



宣伝ですが、本学には修士・博士課程を対象とした「千葉大学卓越大学院プログラム」と博士課程を対象とした「全方位イノベーション創発博士人材養成プロジェクト」という2つのプログラムがあり、在学期間を通して、生活費相当の研究奨励費に加え、研究費の支給があります。また、「千葉大学卓越大学院プログラム」ではサンディエゴのカリフォルニア大学等への研究留学支援もあります。

私たちの研究室では、研究生、大学院生、特任助教(急募)を募集していますので、興味がある方はご連絡ください。



謝辞


執筆の機会を与えてくださった赤木紀之先生(福岡工業大学)に深く感謝申し上げます。



著者略歴


倉島洋介。2005年明治大学農学部農学科動物生産学専攻卒業。東京大学大学院医学系研究科修士・博士課程を経て、日本学術振興会特別研究員DC1・PD。2013年 東京大学 助教、2016年11月より東京大学医科学研究所 感染免疫部門 炎症免疫学分野/国際粘膜ワクチン開発研究センター 特任准教授。2016年12月より、千葉大学大学院 イノベーション医学/粘膜免疫学/グローバルプロミネント研究基幹 准教授、文部科学省 卓越研究員。2022年4月~現在 千葉大学 国際高等研究基幹 准教授/東京大学医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター 特任准教授


連絡先:yosukek [at] chiba-u.jp

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