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海外日本人研究者の”prepared mind”を未来へつなぐ

UJA会長 足立剛也

「現代の文明環境は(中略)もはや分野連携というよりは、学境の撤廃、反分野的 (anti-disciplinary) な破壊活動を起こし、あるべき科学の進展を目指すべきであろう。」


これは、2001年にノーベル化学賞を受賞された野依良治先生が科学技術振興機構研究開発戦略センター (JST CRDS) のウェブサイトに書かれていた言葉です。研究フェーズ、専門領域、疾患対象を超えたアイデアや人の交流は、非常に複雑な生命現象を理解し、新奇性の高い研究を遂行・実装していくために不可欠です。しかし、もはやそれだけでは十分ではないという危機感が伝わってきます。



また、岸田首相が「スタートアップ支援強化」を強く掲げているように、スタートアップ、特に大きな成長が期待できる研究開発型スタートアップの成長は日本の将来の命運を握っています。その成功には、エコシステムを回す行政、大学、起業家、ベンチャーキャピタル、大企業、インキュベーター、アクセラレーターなど様々なステークホルダー間の連携が必須であり、“発明者”たる研究者も中心的な役割を果たします。しかし、日本ではこの横の連携が極端に欠けており、それこそが我が国のスタートアップの成長阻害要因と指摘されています(Global Startup Ecosystem Report 2021)。



専門領域だけでなく国境も越えた挑戦的提案を生み出す多様なグループの構築は、未来社会の科学・技術革新に求められます。そんなビジョンと問題意識を共有する仲間とともに、海外日本人研究者ネットワーク (UJA) は、10年前に活動を開始しました。海外に留学中、海外で研究室を主宰する、もしくは留学前後の日本人研究者を結ぶグローバルプラットフォームとして、研究者同士の大規模かつ有機的な結びつきからお互いの研究キャリアを高めあい、さらに究極的には日本の科学技術の未来を明るくしていく、そのための活動を積み重ねてきました。



しかし、2019年の文部科学省「柴山イニシアチブ」で懸念されているように、日本のサイエンスの国際的競争力は量・質ともに相対的に低下し、異分野融合、国際連携の傾向では先進国の中で最低の水準にあり、日本からの(中長期的)留学者数も2004年頃をピークに激減したまま横ばいに推移しています。研究・教育・学会運営といった多大かつ様々な業務がある中で、サステナブルな連携を行っていくことは困難でもあります。



「Serendipity favors only the ”prepared mind”(セレンディピティは備えのある心にしか恵まれない)」


科学的大発見を失敗や偶然の中から見つけ出す力−セレンディピティについて述べたのはフランスの細菌学者ルイ・パスツールですが、彼の名を冠する大学が位置するのはフランス東部のストラスブールです。ドイツとの国境に位置する小さくも美しいこの街には、EU議会をはじめ様々な国際機関があり、グローバルな基礎研究を推進し続けてきたHuman Frontier Science Program (HFSP) の事務局も、市中心部の川沿いに佇んでいます。私は、日本医療研究開発機構 (AMED) で難病・アレルギーの研究開発推進を担当した後、HFSPに赴任し、国際的な研究評価や支援の枠組み作りを学びました。



真に面白い尖った研究はどのように生まれるのでしょうか。異なる大陸 (intercontinental)、異なる領域(interdisciplinary)の革新的な(innovative)基礎研究を推進するという明確なビジョンのもと、若手研究者や新しい研究チームを支援してきたHFSPは、過去30年余りの歴史の中で実に28人ものノーベル賞受賞者を輩出しています。その成功の背景には、研究キャリアの早い段階でマインドセットを変え、そのマインドを柔軟かつ長期的に支援する土壌があります。HFSPの受賞自体極めて価値が高く、毎年世界中から素晴らしい研究提案が送られてきます。



残念ながら、このHFSPを長年主導してきた日本からは採択数も応募数も減少してしまっています。日本の研究力の相対的かつ絶対的な低下への懸念が声高に叫ばれていますが、目につく対策は柔軟性を伴わない単純な研究費の増加や、厳格な評価を伴う研究基盤・ガバナンス強化などばかりです。疲弊する研究者がセレンディピティに対して十分に備えるためにはどうしたら良いか。研究者と市民の距離を縮め、多様な人材が安心して挑戦できるエコシステムの構築はどうしたら良いか。HFSPの成功の土壌を日本に還元するにはどうしたら良いか。我々の挑戦はまだまだ続きます。



中曽根康弘元総理の頃から続く日本の先進的な取り組みが十分に活用されず、研究先進国から取り残されている「スタートアップ創出元年」。未来へ向けた”prepared mind”を共に育む新たなメンバーの出現を、UJAは待ち望んでいます。



著者略歴


足立剛也 (あだちたけや)。慶應義塾大学医学部皮膚科、京都府立医科大学大学院医療レギュラトリーサイエンス学、NPO法人ケイロン・イニシアチブ副理事長、ASG-Keio理事、皮膚科専門医・アレルギー専門医・医学博士。2015年より日本医療研究開発機構 (AMED) の創立時メンバーとして国の難病・免疫アレルギー領域の研究開発・戦略策定を主導。30年余りの歴史で28人のノーベル賞受賞者を輩出してきたヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム (HFSP) のフランス本部に赴任後、2020年よりUJA会長。厚生労働省研究班次世代タスクフォース ENGAGEの委員長として、国の「免疫アレルギー疾患研究10か年戦略」を学会・領域・年齢の垣根を越えて推進している。 www.linkedin.com/in/takeya-adachi


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