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研究室紹介―がんのRNAスプイシング異常を起点とした研究開発―

国立がん研究センター研究所 がんRNA研究分野 分野長

吉見 昭秀(よしみ あきひで)

編集部からの紹介
2020年コロナ禍での異動とラボの立ち上げは、想像を絶するほど大変です。著者の吉見先生はラボ運営を始めるにあたり、年間100件にも及ぶ研究費申請書を作成されたそうです。RNAスプライシング異常に着眼したがん細胞研究は、新たな治療法の開発に向けた新しいアプローチです。ぜひご覧ください!(UJA編集部 赤木紀之)

1.マンハッタンで霞を食べる


私は東京大学の血液・腫瘍内科で大学院を卒業してからしばらく血液内科医として臨床と研究を続けていましたが、一度研究の世界に100%身を置いてみたいと思い、留学を決意しました。自動車運転免許を日本でもとったことがないので、「車を運転しなくても暮らせるアメリカの街」という強力なフィルターを最初に設置したところ、選択肢はほぼマンハッタンに絞られました。さらに「血液のラボ」という第2のフィルターにかけて実際の留学先となったMemorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)に行きつきました。MSKCCの中でも当時まだ新しい研究室だったOmar Abdel-Wahab先生の研究室に魅力を感じて米国血液学会で彼に話しかけ、幸いにしてその場で5分立ち話をして採用が決まりました。



次に、留学生活について紹介します。留学前から覚悟はしていましたが、日常生活は日本より不便です。アマゾンは日付指定(5日幅)しても届かないし、スタバやマックは店舗によって味がまるで違い、夏場は道路が臭いです。1日に68cm雪が降る日もあれば、2日で30℃以上気温が変動することもあるのに、天気予報はまるで当たらず、Weather appは「現在」の外の天気と気温を確認するためにしか役に立ちません。地下鉄のダイヤ制御システムは未だに50年前のものなので、時間通りに来れば驚くレベルです。乗車中に行き先が変わり危うく国際線に乗り遅れそうになったこともあります。予約していた国際線が前日にキャンセルされるくらいでは動じなくなります。キャベツからは芋虫がごろごろ出てくるし、10個入りのパンの袋には9個しか入っていないことも頻回。誰もが諦めモードの(あるいは満足している)ため、これらの不便さが改善される兆しは全くありません。


一方、日本に戻ってみると、日本人は過剰なサービスを期待して、あるいはそれを享受する権利があると考えて自らの仕事を増やしているだけのように感じることがあります。しかし、快適さとその代償を天秤にかけた時の支点の位置が国や地域によってかなり異なることを日々実感できたのはなかなか面白い体験です。



留学前は大学の医局に所属し、臨床をしながら学生さんなど後輩10人前後と研究をし、週に30個の会議に出て、他人の分まで研究費の申請書を書き、医局全体の会計を切り盛りしていたため、自分の研究の時間など1%もありませんでした。しかし、留学してからは逆に自分の時間の99%を自分のために使えるという何とも恵まれた立場で、白血病の研究に妄想を膨らませながら霞を食べて生きているような感覚に、日々幸せを感じていたのを思い出します。



日本でのPIポジションのお話を頂いたのも5分の立ち話でした。国立がん研究センター研究所の間野博行先生と、2019年の日米癌学会ジョイントミーティングの懇親会でビールを飲みながらお話した際に、がんセンターにお誘いを頂きました。幸いそれまでに留学先での仕事が出ていたこともあり、研究を継続する機会を頂きました。2020年3月、WHOからのパンデミック宣言と同日に長女が産まれ、6月に予約していた帰国便が消滅したために2日間でラボとマンションの部屋を畳み、領事館に駆け込んで長女の渡航許可書を入手して、5月に何とか日本に帰国することができました。



2.分からないことだらけのスプライシング異常


がんにおけるRNAスプライシング異常は、いわば新しい研究領域です。もちろん、個々の遺伝子についてのスプライシングの変化についてはこれまでも研究が進められてきましたが、あえて表現すれば、「スプライシングがめちゃくちゃになっているがん」(グローバルなスプライシング異常を有するがん)がある、ということが分かってきたのは2011年以降のことです。スプライシングを司るスプライシング因子(SF; Splicing factor)の遺伝子変異(SF変異)ががんで高頻度に見つかるという驚くべき報告がその発端です。それ以来、約10年の間にこの分野の研究は飛躍的に進みましたが、SF変異によるグローバルなスプライシング異常がなぜがんの発症や維持につながるのか、SF変異がんをどう治療したらよいのか、いまだに答えは出ていません。私たちは、このようながんのスプライシング異常を起点にした病態解明と治療法開発を研究室の一つのテーマとして取り組んでいます。

がんRNA研究分野の愉快な仲間たち

さらに、スプライシングやRNAに関係ないテーマについても、Translational Researchや大規模コホートのMulti-Omics解析、国立がん研究センターバイオバンクの患者検体(>48万件)を使った各種スクリーニングやPDXモデル(樹立~Pre-clinical study)、国立がん研究センター中央病院で実施中の臨床試験の附随研究など、がんに関わる様々な研究に取り組んでいます。世に出せるがん治療法を一つでも確立すべく、日々研究室メンバーと努力しています。また、底の浅い理解では、がんの病態解明は到底成し得ないと考えますので、出口を意識しつつも、しっかりとした病態理解を進めていきたいと考えています。

研究室で取り組む研究内容の概要

3.研究室創世記

私の研究室が発足して約2年です。まだ歴史は浅いのですが、出来立てのラボがどんな様子で、どのように変化していくのか、という情報はあまり世にないと思いますので記してみようと思います。

がんRNA研究ユニット→分野ラボ風景

●ゼロからのスタート


研究室は「がんRNA研究ユニット」として2020年7月1日に誕生しました。初日は与えられた研究室スペースを見て「空の箱」であることを確認し(写真上)、水道の蛇口を捻ると水が出ることを確認して終わりました。幸い、帰国直前にJSPS「帰国発展研究」でスタートアップ資金を得ていたので、書いても書いても湧いてくる膨大な量の「購入すべきもの」をリストにし、見積をとり、買い進めました。特に、機器類には一体いくらかかるのか総額の見込みがさっぱりわからず、当初恐る恐る買い足していたのを覚えています。


研究分野によりますが、私の研究室の場合は立ち上げのために総額で約2,000万円程度必要だったと思います。創成期はとにかく物入りなのと、研究アイデアをまとめ、ストックするために、またそもそも実験しようにも人がいませんから、ひたすら研究費の申請書を書きました。大小を問わず年間100件申請したため、提出が集中する時期には上腕の変なところが筋肉痛になっていたのを覚えています。


まもなくAMED(SICORPカナダ)や科研費 基盤研究Aなどを含めて基盤となるような研究費が入ってくるようになり、当面の財政基盤が整いました。2-3か月したところで募集を出していた実験補助員に外国人の方から応募があり、メンバー第1号となりました。ほぼ同時期に、留学前に病棟で同じチームで働いた後輩、新規の大学院生候補、ポスドク、もう一人の実験補助員が参入し、2021年4月から少し研究室らしい体裁になってきました。


●徐々に活気づく2年目


2年目にも数人の大学院生や外国人研究者が加わり、層が厚くなりました。また、ベルギーのチームとの共同研究で当研究室の実験結果が初めて論文となりました(Nature 2021)。さらに研究室メンバーの日本学術振興会特別研究員(DC1)および外国人特別研究員への内定、大型予算(数件)の採択、優秀な秘書さんの着任など、嬉しいニュースが増えました。年度末には国立がん研究センター中央病院との架け橋となる常勤研究員も加わり、徐々に研究室の活気が増してきました。プライベートでは次女が産まれましたが、共働きのため、それ以降は仕事も家庭も落ち着く暇がありません。


●3年目に分野に昇格


研究室3年目に入り、国立がん研究センター研究所の白石友一先生らとの共同研究の結果を報告することができました(Nat Commun 2022)。また、研究室が「がんRNA研究分野」に昇格となり、私自身も分野長に昇進しました。研究室の引っ越しは想像以上に大変でしたが、昇格に伴い研究室スペースが増え、人と物でごった返していた研究室の秩序が多少回復しました(写真下)。個人的には個室がもらえたので、仕事が捗るようになりました。2023年4月からは常勤研究者として強力メンバーが2名加わり(内定)、いよいよ体制が整ってきました(2022年11月執筆時点)。これから研究室として何を生み出すことができるのか、楽しみにしています。



4.PIのすゝめ?


私自身PIになって2年と少しなので、偉そうなことはまったく言えないということをまずお断りした上で、棚に上げます。まず個人的には、日本に帰国する前に思い描いていたよりは随分と楽しんで毎日を送っています。幸か不幸か私は留学前にPI業の練習(後輩10人前後の研究指導や大きな医局全体の会計、大型予算を含めた申請書準備、多施設共同研究事務局など)をさせて頂いていたので、そこから大雑把に外挿してPI業務の何たるかがイメージできていたのがよかったと思います。研究室を運営していると悲喜交々(?!)、実にいろいろなことが日々ありますし、今のところ飽きることがありません。

一方、PIとして成功するには、様々な要素が必要かと思います。研究能力に優れることはもちろんですが、専門性や先見性を持って課題を考える力、リーダーシップ、指導力、人徳、部下のやる気や能力を上手に引き出す技、研ぎ澄まされた五感、即断・即決力、懐の深さ、金銭感覚、文章能力、語学力(英語も日本語も)、社交性・ユーモア、人を見る目、超絶高速事務処理能力、野生的勘、危機安全管理能力、忍耐力、運…書き並べていてすっかり自信がなくなってきましたが、これらすべては円滑に研究室を運営する上で必要な要素です。


駆け出しPIの私としては、もちろんこれらの要素を満たすには到底及びませんが、それぞれの技能を少しずつ高めていくことによって、将来的にはチームとしてサイエンスを楽しめるようになるのが目標です。そんなラボができたとき、本当の「PIのすゝめ」を書けるのだと思います。



5.謝辞


最後になりましたが、今回の「PIのすゝめ」(第一部)執筆の機会を下さったUJA Gazette編集長の赤木紀之先生、そしてどんぶり勘定なPIの尻ぬぐいをいつもしてくれるラボメンバーに感謝いたします。


著者略歴


2003年3月東京大学医学部医学科卒業。2009年4月日本学術振興会特別研究員、2011年東京大学大学院医学系研究科修了、博士(医学)取得。東京大学医学部附属病院無菌治療部助教を経て2015年Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC)に留学。MSKCC客員研究員、日本学術振興会海外特別研究員、MSKCC上級研究員を経て、2020年国立がん研究センター研究所で独立(がんRNA研究ユニット 独立ユニット長)、2022年9月より現職。


連絡先: ayoshimi [at] ncc.go.jp

Lab Twitter: @YoshimiLab








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