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一輪車に魅せられて

シルク・ドゥ・ソレイユ 一輪車パフォーマー

西澤 春佳(にしざわ はるか

シルク・ドゥ・ソレイユ「Drawn to life」

はじめに


読者の皆さま、初めまして。アメリカ・フロリダ州オーランドのシルク・ドゥ・ソレイユ「Drawn to life」で一輪車パフォーマーとして働いている西澤春佳と申します。


「Drawn to life」は2021年11月にオープンしたばかりの新しいショー。独特な世界観が持ち味のシルク・ドゥ・ソレイユがディズニーと初めてコラボレーションした作品で、フロリダで今一番ホットなエンターテインメントです。


幼い頃、シルク・ドゥ・ソレイユが日本に来る度に必ずショーを見に行き、いつか出たいと思っていた舞台に立つことが実現でき夢の様に思います。


一輪車は非常にマイナーな競技ですが, マイナー競技ならではの面白さ、そして可能性があります。今回は一輪車に乗って人生の冒険をしている私のストーリーをお話しします。この記事がこれから海外挑戦しようと思う皆様の勇気や自信に少しでもなれば幸いです。

一輪車に惹かれて


一輪車との出会いは4歳の時。通っていた地元の保育園でその歳になると体を動かすため毎日1時間、必ず一輪車に乗る時間がありました。そこで初めて乗った一輪車。「怖い」という感覚はなく、初めからただ「楽しい」という気分だけが私の足を前に動かしていました。小学生になっても一輪車に乗り続け, 気が付くと競技大会にも出場する様にもなりましたが、辛い練習というよりも日々上達することを楽しみ、玩具で遊ぶ感覚で継続していました。


そもそも「一輪車」には走る速さを競うレース部門とフィギュアスケートのように音楽に合わせながら技術点・芸術点を競う演技部門があります。私は後者の演技部門に引き込まれました。一輪車はマイナー競技で競技人口が1万人弱ということもあり, 練習を続けているうちに地区大会、全国大会に出場するようになりました。


大きな大会に出場していく毎に、大会で負けたくない、もっと上手くなりたいという思いから真剣に練習に取り組む様になり、中学生で初めて全日本大会で優勝することが出来ました。その頃にはもう「玩具」ではなく「競技」としての一輪車の魅力の虜となります。練習で新しいテクニックを次々と習得し、それを自分なりの表現と組み合わせながら本番で披露。するとわき起こる観客からの拍手、歓声。たった数分間の演技ですが、会場が自分のものになっている、そんな感覚にやみつきになっていました。


一輪車の可能性

一輪車に乗り始めた保育園時代(2000年)とイタリアでの世界大会(2012年)

一輪車が私を想像もしない場所に連れて行ってくれるかもしれない、と思った2つの出来事があります。1つは世界大会です。日本大会での成績が認められ、中学生、高校生の頃ニュージーランド、イタリアで開催された一輪車の世界大会に出場しました。これまで外国のことなど考えたことも無かった私ですが、同じ競技を通じて世界中の人達と交流し, 競い合うことに大きな驚きと喜びを感じました。そして日本人の一輪車の技術は世界的に見てもレベルが高く、幸いなことに私はその両大会で優勝することが出来ました。サッカーや野球、バスケットボールなどメジャーなスポーツと比べると遥かに小さな大会ではありますが、一生懸命練習して世界で一番になれたこと、一輪車を通じて様々な国の友達が出来たことは私の財産です。


もう一つは2012年に国民的パフォーマンスグループ「EXILE」のバックダンサーに選出され全国ツアーに同行したことです。この経験が今の私の考えに大きくつながったと思っています。「競技」としての枠を超えて「エンターテインメント」としての一輪車の魅力、そして無限の可能性を感じるようになりました。大きなショーに出演して、それを見て観客が喜んでいる(当然私たちを見ていた訳ではありませんが笑)姿を見ているうちに競うことなく演技だけで人を魅了させることは出来ないだろうかと考える様になりました。


マイナー競技としての葛藤


大学に進学すると、それまでの人生の殆どを一輪車にかけてきた私は良い意味でのショックを受けました。プロスポーツ選手、世界的なトロンボーン奏者、若手起業家など何かに長けている人がそこにはごまんといたのです。

ニューススタジオで原稿読み

一輪車にある程度誇りを持っていた私ですが、世界はとても広いということを実感しました。プロとして生きる覚悟を持った彼らとの交流、活躍を見て、一輪車走者としての自信を少し失ってしまったのです。


何か一輪車を使った仕事が出来ればと思い芸能事務所に所属したこともありましたが、実際にはそのような仕事は殆ど何もありませんでした。一輪車を仕事とするビジョンや覚悟が当時の私には足りず、自分の道を貫く勇気がありませんでした。


大きな怪我が契機となり、プロの一輪車走者として生活することを一度諦めてしまいました。


しかし、「たくさんの人に一輪車の魅力を知ってもらいたい」という思いは変わらず、メディアに出て、言葉でその魅力を伝える仕事に就きたいと思い、アナウンサーになりました。


社会人、そして夢のシルク・ドゥ・ソレイユへ


アナウンサーの就職先として地元の秋田県を選び、テレビ業界の忙しい日々を楽しく過ごしていました。番組で私を一輪車走者として起用して頂いたこともありましたが、そんな中でもやはり「直接観客の笑顔を見たい」「歓声が恋しい」という思いが心の片隅にありました。


仕事の合間に体育館を借りて1人で練習したり、子どもたちを指導したり細々と一輪車の活動を継続していました。しかし、満足な練習が出来なかったため、納得のいくパフォーマンスができなくなり、一輪車への情熱が次第に薄れていくことを実感していました。


3年が過ぎ結婚を機に関東地方に再び移り住むことになり、今後どのように一輪車に取り組もうかと悩みましたが、夫の「一輪車の演者としてもう一度全力で取り組んだら良いことが起こるかもしれないよ」という言葉を支えに心機一転、真剣に一輪車の練習を再開することにしました。すると、2ヶ月後にこの言葉が現実のものとなりました。フロリダ州の常設ショー「シルク・ドゥ・ソレイユ:Drawn to life」の参加メンバーを探している方からスカウトされたのです。


実は大学4年生の時にその方と一輪車の大会審査員で一緒になった際、進路について聞かれました。世界大会で優勝した経歴からシルク・ドゥ・ソレイユへの挑戦を勧められましたが、その時点ではまだ具体的な契約が提示されなかったこと、また就職活動を終えて進路が既に決まっていたこともあり、「一度就職して社会に出てから、もし再び機会があれば是非チャレンジしたい」という返事をしました。幸運なことにその方は当時の会話を覚えていてくれ、関東に戻ったタイミングで再び声をかけてくださったのです。


シルク・ドゥ・ソレイユとの巡り合わせは偶然から必然となり、タイミングと運、そして人脈に恵まれたということに尽きると思います。また、これまで私の一輪車を誰よりも応援し、そして可能性を信じ続けてくれた夫がいなければ叶うことのない夢でした。遠距離での生活になるにも関わらず迷うことなく背中を押し、素直に喜んでくれた彼には感謝しかありません。その後、彼も渡米してカリフォルニア州サンフランシスコのUCSFで働き始めてくれました。


アメリカ国内とはいえまだ距離はありますが毎月お互いの地を行き来できるようになり、時差も減ったことで少しずつ夫婦の時間が作れるようになっています。まさに2人で人生の冒険をしており、私の夢の実現は本当に夫からの全力サポートなくして成し得なかったことです。


充実した毎日


シルク・ドゥ・ソレイユでの日々は非常に刺激的で何百回、何千回と同じ演技をしても全く飽きることはありません。なぜなら、リアルな観客の表情や歓声、そして会場の空気感は毎回全く違うものだからです。それを直に感じられる空間にいられることが毎日本当に幸せです。


また、私が出演しているショー「Drawn to life」は名前の通り「人生の道標」がテーマです。ディズニーのアニメーターであった父を亡くした主人公が、父の背中を追いかけて葛藤しながらも周囲に助けをもらってアニメーションを完成させる物語で、自分探しの旅や人生の冒険を描いているので私と大きく重なる部分があります。ですから自身の表現にも力が入りますし、ショーの一員として堂々と踊ることができていると思っています。

本番中の様子。ブルーフェアリー役としてショーを盛り上げます。

しかし、パフォーマーとして働くのは時には厳しいこともあります。会社側は様々なアクロバットに魅了されて世界中から演者を集めますが、実際ショーに入れ込み一つの作品として見ると、他のアクトとの兼ね合いもあって見方が変わってくることがあるそうです。盛り上がりに欠けたり、怪我などで長期間出演できなかったりするアクトは突然、契約を打ち切られることもあります。現に私がショーで働き始めてから1年もしないうちに2グループが解雇を通告されました。それを伝えられた時には既に代わりの人員の準備が進められていて、パフォーマーにはどうすることもできません。


観客や会社の期待に応えなければいけない非常にシビアな世界なので常にプレッシャーを感じています。しかし、そんな中でも毎日舞台に立てているということ、一輪車演技を見て喜んでもらえているということは大きなやりがいと充実感に繋がっています。


いつまでもフレッシュに


こうして私の一輪車人生を振り返ってみるととても道のりが長いように感じますが、本当にあっという間でした。この記事の執筆時私は27歳ですが、まだ20歳程度の気分で毎日を過ごしています。ゴールはまだない、ゴールは自分で決めない、という思いが大きいのです。しかし、自分が置かれている状況がどうであろうと、「フレッシュに、自分の心に素直なマインドでいること」がとても重要だと思っています。自分の道を貫くことは大変なことです。時に信念や目標を無くしてしまうこともあるかと思います。そんな時は一度寄り道して、本当に自分がしたいことを確かめることも良いと思います。私は一度一輪車から離れかけましたが、紆余曲折を経て今は幼い頃からの夢を叶えています。今後、一輪車の演者としていつまで継続できるかは分かりませんが、これからも自分に制限をかけず心に従い、日々の意欲と情熱を一輪車に向けていきます。


世界なんて広くて遠い存在だと思う方がいるかもしれません。私もそうでした。しかし、時には思っているよりずっと小さく、すぐ側にあるものです。人とのつながりを大事にしながら自分のやりたい道を信じ続けているとどこかで誰かが見てくれている、そんな時代だと思います。未来のことは誰にも分かりません。皆さんの将来にも、想像できないような可能性があると思います。今したいことを一生懸命やり、勇気を持って一歩踏み出してみることが新たな出会いに通ずるかもしれません。ぜひ自分だけのオリジナルな人生を冒険してみてください。


おわりに


皆さま、最後まで長文の私の記事を読んでくださってありがとうございます。また、今回このような執筆の機会を与えてくださったUCSFの森岡和仁先生にこの場をお借りして感謝の意を申し上げます。そして皆さまがもしフロリダ州にいらっしゃることがありましたらぜひ私のショーを見て頂けたら嬉しいです。お待ちしています!


著者略歴


西澤 春佳(にしざわ はるか)。1995年秋田県生まれ。4歳から一輪車に乗り始め、これまで2度の世界チャンピオンを経験。慶應義塾大学SFC出身、元秋田テレビアナウンサー。結婚を機に局を退社後、渡米し2021年から世界的サーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ:Drawn to life」の一輪車パフォーマーとなる。フロリダ州オーランド在住。ミズ株式会社所属。


Instagram:@haruka.nishizaw


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