土肥 栄祐
UJA編集部ViceChair、コミュ連ViceChair 国立精神神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第三部・室長
UJAは10つのWG(ワーキンググループ)が協働し、海外に向けまた海外で挑戦をする日本人の方をサポートする団体です。初期の運営メンバーは医学系研究者の方が多かったと聞いていますが、今では幅広い分野や、研究でなく企業や学生、また産学連携やエコシステム作りなど社会課題に取り組まれる方も参画されています。UJAのSDGs活動、とのお題を頂いておりますが、所属してきた中でいくつかの可能性を感じておりまして、折角ですので普段書けないことを書きたいと思います。
私がこのUJAガジェットの編集をお手伝いする様になって、これまでの枠や境界線を超えてチャレンジをしている様々な方に出会う機会に恵まれてきました。執筆依頼をする時は、出来るだけ事前にZoomでインタビューをして、その方のストーリーや今の活動に至ったきっかけを伺うのですが、著者の方々から毎回刺激を頂いております。共通しているのは、”『自分ごと』の課題”、これに突き動かされている方々ばかりなのです。分かりやすく数字で測定可能な指標、”勝ち負け”といった外的な価値観、こういったものは出てこないのですね。当然ですがそこには”人”が居りまして、”その人のストーリー”、があるのです。
さて、SDGs(Sustainable Developmental Goals:持続可能な開発目標)やESG(Environmet, Social, Governance)というものが最近注目を集めております。持続可能とはそもそも何でしょうか?環境問題ですと、森を拓き、海を埋め立て、当初は見えていなかった(もしくはスルーしていた?)環境への汚染・破壊、これらも含めて考えに入れて、トータルで持続的にしよう、とする姿勢の様です。生存に必要な衣食住、これが維持されることは次の世代の存続にも必要です。また、気付かれて来なかった(もしくはスルーしていた?)少数派やマイノリティと言われている方の人権や不利益、これに関しても、きちんと向き合って行きましょう、とする活動、私はその様に理解しています。
そもそもこのSDGs的な営み・考え方は、ずっと以前から自然との共生や集団生活の中で培われてきたものが、世界の各所にありました。しかし何故、最近になって広く叫ばれる様になったのでしょうか?本当に自然が限界を超えそうだからでしょうか?人の在り方の多様性や、紛争問題など、これらも限界を超えそうになったからでしょうか?私はそれだけとは思えません。この背景には、情報の発信源が増加し多様化し、さらに容易に広くゆき渡る様になったことで、”重要な課題を、だれも無視できなくなった”、これが一因では無いかと、私は考えています。情報量の増加とその多様化は爆発的な勢いで、そのスピードで涙も乾いちゃうくらいです。
ここで語られる情報・データというものには注意すべき点があります。それは、情報・データは表にでた際に、量が多いものに引っ張られて、少ない情報・小さなデータは、表に現れず埋もれてしまうことです。多様な情報発信が可能になったとはいえ、分かり易く大きな声(多くの情報・データ)に埋もれてしまい、超個人的な、大切なエピソードなどは、表に出ず、多くの人に気付かれないままになってしまいます。こういった状況に、気付くにはどうしたら良いか?また、こういった状況を看過し続けるとどの様なものが失われ得るか?この事に、私たちはある程度敏感である必要があるかと思います。
一例として、医学領域では、1991年にカナダで、EBM(Evidence based medicine)という『科学的に根拠のある医療』というものが提唱され、臨床試験などからの科学的に根拠を置く医療が、広く導入され現場で実践されるようになりました。一方でここから抜け落ちてしまう『患者の個人的な経験』を、2001年にNBM(Narrative based medicine)発祥の地の英国オックスフォードで、2人の医師が自身の手術体験から始めた個々の患者の体験のデータベースDIPEXというものがあります。『患者主体の医療の実現』を目指し、個々の患者さん自身の『健康と病いの語り』を構造的なインタビューを通して記録・共有し、同じ経験をする方への一助に役立ててゆく取り組みです。いくら大切であっても、個人的な経験や少数派の意見は、つぶさに拾い上げて行かなければ表に出てこないという事を教えてくれていると思います。
この編集後記に目を通して下さる方には、自分の価値観が変わった経験や、変えなければならないと感じた経験された方が多いのでは無いかと思います。価値観が変わる・変える際に起きていることは、無意識に思い込んでいることも含め、”気付いていない大切なことに気付くこと”で、そしてそれは、気付きが得られる様な、”異なる価値観・文化・モチベーション”、の方と接したり、そのような環境に身を投じた時では無いかと私は考えています。
前置きが長くなりましたが、UJAのSDGs活動に戻りましょう。”誰も無視できない、重要な課題”、これは大切です。とはいえ個人的な経験やマイノリティの意見は、大きな声に押しつぶされ易い。ただ、こういった自分とは”異なる価値観・文化・モチベーション”を持つ方との交流や、そのような環境は、自分が”気付いていない大切なことへの気付き”を与えてくれて、”自分の価値観が変わるチャンス”、という事に他ならないでは無いでしょうか?
UJAでは留学がキーワードの一つですが、私の経験した留学は、新しい価値観や文化に触れ、無意識に当たり前だと感じていたものの”違い”を知ると同時に、他の国や文化の中でも共通して”大切とされるもの”、これに気付かされる素晴らしいものでした。留学がきっかけで出会ったUJAですが、研究者の枠を超えて様々な方が共通の理念のもと幅広く協働しており、この取り組みを通して、予想を超えた多くの出会いと繋がりが生まれています。このUJAの活動自体も、実は”異なる価値観・文化・モチベーション”、の方と接したり、そのような環境に身を投じていることに他ならない状況である、と改めて考え感じました。
SDGs活動は、その対象が非常に広く根源的なものであるため、”誰も無視できない、重要な課題”に多くの異なる人たちと協業して取り組む必要があります。しかしそのためには、多様な価値観を受け入れて、自分自身が腹落ちした形まで落とし込む必要があります。つまり、”異なる価値観・文化・モチベーション”から気付きを得て、自分の価値観をアップデートしてゆく事が必要ということです。そして、新たな気付きと価値観のアップデートを続ける中で、自分自身も持続可能な成長をするための、”『自分ごと』の課題”、がみつかること、これが本当にみんなにとってのSDGs活動では無いでしょうか?昨今の人工知能・AIブームよって、さらに忙しくなってしまうかの様に、SDG活動という大義名分のもとに、個人が不利益を被ってしまっては、そもそも本末転倒かと。
この寄稿の機会を頂いたことを通して、また新しい気付きを得る事ができました。普段の活動を通してもですが、UJAでの活動は、予想外の出会いを通して、新しい発見と気付きに満ちています。実は、一つ一つのSDGs活動というよりも、こういった価値観のアップデートが参画される方々の中で自然になされている・なされやすい環境を提供している点が、UJAの一番のSDGs活動では無いかな?と、私なりに振り返ってみました。
ここまで目を通して頂きまして、有り難う御座います。ご寄稿の機会を頂きましたUJAガジェットの編集部の皆さん、いつもUJAの皆さん、またUJAを応援して下さる方々に御礼申し上げます。
著者略歴
土肥 栄祐(どひ えいすけ)
2005年広島大学医学部卒業。2012年広島大学大学院博士課程修了。呉医療センターにて初期研修。広島市民病院、広島大学病院、県立広島病院にて脳神経内科医として勤務。2015年ジョンズホプキンス大学ポスドク、アラバマ大学バーミンハム校ポスドク、2020年新潟大学脳研究所 助教を経て2022年3月より現職。
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