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ケンブリッジ大学への博士課程留学/石田光南

更新日:2021年3月1日

執筆者 :石田光南

情報時期:2020年10月~終了時期未定

留学先 :University of Cambridge, Department of Biochemistry

身分  :Ph.D. student (University of Cambridge, Department of Biochemistry)

doi  : 10.34536/finding_our_way_004


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 2020年の分子生物学会にて、UJAが主催する「留学のすゝめ」での講演をさせて頂き、学会に参加されなかった方にもその内容をより広く伝える目的で本記事の依頼を受けました。学会講演では時間の都合で、大学院のシステム的な面を中心にお話ししましたが、よりパーソナルな内容の方が読む人にとって役に立つと思いましたので、日々の苦労など恥を忍んで文章に残そうと思います。


1. 分子生物学会での講演内容

 分子生物学会での講演資料をスライドシェアにアップロードしましたので、講演内容の詳細はそちらをご覧ください(https://www2.slideshare.net/KonanIshida/2020-240005825)。メインメッセージとしては、「イギリスの大学は資金の工面さえできれば非常に魅力的な環境」という点です。アメリカのように政治情勢の不安定さに気を揉むことはないですし、研究成果に対する過度なプレッシャーを感じることもありません。EU離脱後も研究資金は比較的安定しているので、そこまで急に研究がしにくくなったという状況ではないようです。現在では日本国内の奨学金財団も増えてきていますし、イギリスのプログラムに自分でアプライすることも十分に可能なので、しっかりと準備をすればイギリスの大学院は現実的な選択肢になるはずです。


2. 海外大学院を受験するきっかけ

 海外の大学院で博士を取るという決意は学部4年生の頃に固まりましたが、そこまでには大きく3つの出来事が関係しています。


 1つ目には琉球大学で木島真志先生の講義を受けたことです。木島先生は森林経済学に数理モデルをいち早く取り入れた方で、博士課程は妻子を連れてアメリカで過ごされていたそうです。講義の中でアメリカ留学の話題が度々出て、まるで冒険のようなその経験の数々に強い憧れを抱きました。農学部の中でも別の学科の教員だったので、私のことを覚えておられないかもしれませんが、ほんの数コマの授業にも関わらず、私の中には鮮烈な印象を残しました。


 2つ目にはアメリカへ交換留学をしたことです。学部3年の8月から学部4年の5月まで、ミシガン州立大学に交換留学生として留学しました。現地の学生と同じように授業を受け、インターンという形で研究室でのお手伝いもさせてもらいました。大した英語力はありませんでしたが、専門の授業はそこまで苦労することもなく、「意外と通用するな」というのが正直な感想でした。また、自由なカリキュラムや優れた研究環境に感動し、海外大学院を選択肢の1つと考えるようになっていきました。しかし、研究の基礎がまだまだ身についていなかったので、まず修士課程の2年間は日本の大学院で修行をしようという思いもありました。


 3つ目には孫正義育英財団に採択され、その奨学生達から刺激を受けたことです。交換留学から帰国した後、海外大学院へ行くために奨学金財団に応募し、孫正義育英財団に1期生として採用されました。この財団では5年間の学費・生活費を全て支給していただけるので、ファンディングという点では海外大学院進学の大きな武器になりました。同じ奨学生にはハーバード大学やスタンフォード大学といった名門校の学生も多数在籍しており、彼らから研究の話を聞くたびに大きな刺激を受けました。それと同時に「彼らにできるなら自分にもできる」という負けず嫌いの血が騒ぎ、これまで漠然としていた海外大学院への思いが、形を持って現れ始めました。具体的には、私の分野で最先端の研究をしているケンブリッジ大学のPaul Dupree教授の下で博士課程を過ごすと、半ば決意のような想いになったため、ケンブリッジ大学だけに出願し、運よくメンバーに加えていただくことができました。今思えば、1校だけの出願はリスキーなので他の人にはオススメしませんが、私は現地へ会いに行ったり、過去の論文を全て読んで猛烈にアピールをしたので、どうしても行きたいラボという場合には戦略としてはありかもしれません。


3. 実際に研究を始めて、ケンブリッジの何が良かったのか

 講演資料の最後のスライドにもありますが、どの大学にいようと、やるべきことは変わりません。研究は地道な試行錯誤の連続なので、その大変さはどこでも全く変わらないのです。むしろ東北大学にいた時の方が研究機器が充実していたんじゃないかと思う瞬間があるほどです。ただし、ケンブリッジに来て良かったと思うこともいくらでもあります。最大のメリットは「一流の研究者の目線で研究ができる」という点です。日本にいると、予算の都合で挑戦的な研究に踏み出しづらく、どうしても成功確率の高い研究に流れてしまうことがあります。しかし、ケンブリッジでは、それがいかに難しいことであろうと、本質的に重要な問題に挑戦することが求められます。そうでなければ我々学生が博士号を与えられることはないでしょう。すると、自ずと研究に対する要求が一流になり、トップジャーナルと呼ばれる雑誌に掲載可能な高いクオリティの研究ができるようになるのです。これはもはや空気のようなものなので、ケンブリッジに来てそれに染まれたことは、私の後の人生に大きな影響を与えるだろうと思います。


 また、制度の面で言えば、研究を推進するための環境整備が良くされていることです。例えばガラス器具の洗浄は専門のスタッフが一括で行いますし、各学部には売店のような形で一般試薬などをすぐに購入できるストアが設けられています。また、ラボにはラボマネージャーという職種の方がいて、機器のメンテナンスや書類作業のアシスタントなどをしてくれます。博士課程の学生の場合は、supervisor(指導教員)の他に、Postgraduate Thesis Panel (PTP)と呼ばれる博士課程のメンターとなるチームが付いています。PTPは近い分野の教員3名からなり、折をみて彼らと研究の進捗を共有します。研究そのもののアドバイスだけでなく、博士課程を乗り切る方法やキャリアに対するアドバイスももらえるので、本気で研究をしている人には刺激的な機会だと思います。多くの大学でもこのような制度はありますが、有名無実化している場合が多いのが実態と聞きます。しかし、ケンブリッジではある程度の強制力を持ってPTP meetingを課しているので、結果として学生の研究推進にとてもポジティブに働いています。


4. 研究者としてのキャリア

 「ケンブリッジで研究をしている」というと、多くの方は「将来は研究者として活躍するんだね」といった反応をします。しかし、私たちはそんな雲の上の存在ではなく、日本の学生と同じように将来への不安を抱え、自分がアカデミアで通用するのだろうかと日々自問自答を繰り返しています。私は現在のラボを含めて5つの研究室を経験しました。なぜこんなに点々としているのでしょうか。それは、以前の3つの研究室が解体/分裂したために、別のラボへ移ることを余儀なくされたからです。これには教員同士の不仲や、定年退職など様々な理由がありますが、一番の原因はそれを見抜けなかった自分の目にあります。結果として、1つ1つの在籍期間が短くなり、博士1年目の現在、未だに研究成果を論文としてまとめられていません。このことが、私が焦りを感じる要因になっています。ケンブリッジでは驚くほど優秀な友人も沢山いるので、語学と研究能力で劣る自分が、果たしてPIになれるのだろうかと感じることもしばしばあります。ただ、これから日本の植物科学のポストはより少なくなり、実力だけではPIになれないということも予想できます。私は昨年から、海外でPIになるという方向に努力の舵を切っており(だからといって別に何をしているわけではないですが)、ドイツをはじめとした若手研究者の独立制度に関心を持っています。研究者のキャリアは本当に見通しが立てづらく、家族にも心労を負わせてしまっていますが、研究させてもらえることを自分の使命と捉え、社会のために研究を続けたいと考えています。


5. 家族との博士課程留学

 私は冒頭でお話しした木島先生と同様、妻子を連れての博士課程留学をしています。結婚2年目、娘は8ヶ月です。幸いにもなんとか生活が成り立つだけの生活費を奨学金としていただくことができているので、質素に暮らす限りは3,4年間の収支は合いそうです。経済的な面で驚いたのはビザ取得の際の保険料です。イギリスではビザ申請時に、滞在期間分の国民保険料を前もって一括で支払うのですが、私の場合は3人x4年間で合計90万円ほど(ビザ代込み)になりました。貯金を貯めておいたのでなんとかなりましたが、貯金していなければ留学そのものが取りやめになっていた可能性は高いです。

家族は渡英後間もないので、これといった問題には巻き込まれていませんが、慣れない海外生活なのでこの先多くの不便を強いてしまうかもしれません。周りには子育てをしている日本人がほとんどいないため、病院や学校の情報も今の所ほとんど入手できておらず、子供が学校に行きだしてからの生活はますます大変なものになると思います。しかし、家族と来るからこそ頑張れるのも事実ですし、家族にとってもかけがえのない経験になるとも感じています。


 これまでの体感としては、イギリスの博士課程に子供連れで来るのは全く問題ないので、子育てと留学を両立されたい方にはいいかもしれません。ただし、フランスやドイツの方が、児童手当などが充実しているので、子育て環境だけを見たらそちらの方がオススメです。


まとめ

 日本の大学で学部・修士を過ごした方でも、現在は英語がそこまで出来なくても、イギリスの大学院で学ぶチャンスはあると思います。そのためには人一倍の努力が求められますが、その過程で身につけたスキルと留学中に受ける薫陶はあなたを大きく飛躍させてくれるでしょう。学びたいことがあるのならぜひ思い切って行動を起こしてみてください。



【プロフィール】

 琉球大学農学部(学士)、東北大学生命科学研究科(修士)を修了。学部時代から一貫して植物の細胞壁の合成・分解・制御に関する研究をしています。博士課程では、マンナンと呼ばれる多糖が、植物の進化の中でどのように役割を変化させてきたのかや、構造の違いを生み出すメカニズムを蛋白質の機能の観点から研究しています。

写真:大好きな沖縄での一枚です。美ら海水族館こと海洋博公園の付属施設「熱帯ドリームセンター」で撮影しました。


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