フィラデルフィア勉強会”今昔物語”

武部 学, ラトガース大学

前野 浩巳, ペンシルバニア大学


設立の経緯

勉強会 “ゲーム理論” 講義後の記念撮影(2012年10月)

私(武部)は、2010年から2011年までフィラデルフィアで研究留学をし、現在はラトガース大学で心臓外科医として働いています。フィラデルフィア日本人勉強会(以下、フィラ勉強会)の設立メンバーとして、会の成り立ちなどをお話ししたいと思います。フィラデルフィアは地理的にニューヨーク市とワシントンD.C.のほぼ中間地に位置し、ペンシルバニア大学、フィラデルフィア小児病院など多くの大学、医療研究機関があります。しかしながら、日本人同士の結びつきはどうしても小さくなりがちで、個人的に知り合う以外にネットワークを広げることは簡単ではありませんでした。医学生物学系にフォーカスした勉強会はありましたが、留学したての私が簡単に入っていける雰囲気ではありませんでした。遺伝子やたんぱく質の専門的な話になってしまうと、私のような臨床医にとっては臨床の現実と離れてしまい、敷居が高いと感じていました。医学生物研究が専門ではない方には、なおさらそう感じられたのではないかと思います。


そんな中、当時フィラデルフィア小児病院で研究をしていた渡邊美穂さんを中心に、若手研究者や研究者以外の若者が集まり情報を交換する場となるべく、Facebookをプラットフォームに「フィラデルフィア日本人勉強会」を立ち上げました。勉強会では、宗教家や中央官庁・企業からのMBA留学生の方々など、医学生物学以外の多様な分野のみなさんに講演してもらいました。勉強会後の食事会やクリスマス会などの親睦会を通して、メンバーの交流が活発になっていきました。またFacebookを利用しネットワークを広げることに努めました。その効果があり、医学生物学以外の分野のみなさんが気軽に参加できる雰囲気になりました。このように始まった勉強会は講師による先端研究発表の場というよりも、むしろフィラデルフィアの若い世代が集まり、刺激し合う場となりました。アメリカ留学生活を楽しむという点では、メンバーとともにフットボール観戦に行くなど、一人ではできないことができたのではないかと思います。


勉強会から得たもの


勉強会発足前後の私の生活の変化を振り返ってみます。留学当初は、インフラのセットアップに苦労しました。息する以外に日本と同じことはほとんどないと感じた日々でした。研究留学の成果を少しでも上げようと前のめりになり、いつの間にか“研究留学引きこもり”になっていました。毎日同じ時間に出勤し、同じ時間に同じ場所で食事し、同じ時間に帰宅する日々です。閉じた狭い世界から外に出ることは容易ではありませんでした。私にとって勉強会は引きこもりから抜け出す唯一の機会となっていました。バックグラウンドが違っても生活や仕事で同じような問題に直面することが多々あり、問題を共有し、フィードバックを得ることで、お互いのキャリア形成につながったと思っています。


フィラ勉強会の現在

ペンシルバニアバレエ団プリンシパルの伊勢谷さんご講演案内。腕のライン、指と手の織りなす形状や方向、足の甲の反り具合がいかに見えるかも、バレエ観劇の楽しみの一つとのこと。この写真は伊勢さんの演目「ジゼル」の舞台スナップ。この仕草は「誰かが私の家のドアをノックする音がしたわ、大好きなあの人かしら」と耳の横に手を持っていって、聞き耳を立てる幸福感を表現との解説をもらいました(本写真の本稿への利用は、著作権者Arian Molina Soca氏、肖像権者の伊勢谷由香氏から了解済みです)。

共同幹事の前野が、現在のフィラ勉強会の様子をお伝えします。現在登録メンバーは約700名で、ペンシルバニア州東南部地域在住もしくはゆかりのあるみなさんです。勉強会への参加、コメントポストなど、アクティブなメンバーは50名程度です。活動内容は設立当初のスタイルを継承し、講師によるレクチャー形式の勉強会とその後の食事会の構成で、月1回を目途に開催しています。会の設立当初からの問題であった勉強会会場の確保は、ペンシルベニア大学の親日家教授の協力のもと、学内の会議室を利用しています。コロナ禍の影響で、対面での勉強会は2020年2月が最後になり、その後はオンライン形式で開催しています。


過去20回の講演は、約3分の2が医学生物系、その他が非医学生物系の内容です。フィラ勉強会の特色を幾つか紹介します。ペンシルバニアバレエ団プリンシパルの伊勢田由香さんによる、バレエの歴史、楽しみ方、世界で活躍するバレリーナとしてのキャリアの講演は、私が経験した講演会では最も盛況な会の一つでした。定員25名の会議室が一杯になり、立ち見の参加をお願いすることになりました。

伊勢田由香さんご講演後のスナップ

バッハ音楽、その時代背景、思想的背景等について初心者にも平易に解説してもらいました。今までとは違うバッハの聴き方ができるような、世界が一つ広がった思いがした講演でした。

バッハ研究家の大槻カール晃士さんの講演は、バロック時代の古楽器の解説、対位法によるバッハ楽曲構成について解説していただきました。興味深いことに、バッハ楽曲自体が啓蒙主義の影響で歴史の中から完全に忘却され、その後の演奏ならびに解釈が今でも研究対象であることに音楽ファンとして驚きました。普段はなかなか芸術分野の講演を聞く機会が少ないだけに、ともに大変興味深く芸術への興味がますますわいてくる内容でした。

コロナ禍前の遠隔ICUの講義案内

コロナ禍の現状では中西さんの先見の明に脱帽するばかりです

医療ベンチャー「遠隔ICU㈱T-ICU」を設立、運営されている中西智之さんから、会社設立の背景として日本における高齢化社会や集中治療(ICU)専門医不足における遠隔の利点や必要性をイントロとして解説してもらいました。次に遠隔ICU先端をいくアメリカの現状や日本における遠隔ICUを取り巻く規制などにつて紹介していただきました。ご講演はコロナ禍前に行われたもので、ご講演メモを振り返ってみると、中西さんが抱かれた個人の小さなICUへの疑問や問題点が仲間の間で共有され、コンピュータネットワーク技術と融合し、コロナ禍における目下の社会ニーズに大きく貢献するに至ったことに驚嘆せずにはいられません。


フィラ勉強会は、設立メンバーの共通の思い—異分野の融合に新たな分野や価値の創造がある—を胸に、だれでも気軽に異分野に触れ合い、刺激を受けられる場になることを目指しています。


謝辞


この度貴重な執筆の機会を頂くとともに、校正の労をいただきましたUJA理事の川上聡経さんとUJAコミュニティ連絡会Vice Chairの土肥栄祐さんに心より感謝を申し上げます。


著者経歴


武部 学

慶應義塾大学医学部を2006年に卒業後、済生会宇都宮病院で初期研修、自治医科大学さいたま医療センターにて心臓血管外科研修、2011年-2012年ペンシルバニア大学にて研究に従事。ニューヨーク大学、ランケノーメディカルセンター臨床フェローの後、フロリダ大学助教。2021年よりラトガース大学医学部心臓外科助教。


前野 浩巳

鹿児島大学卒業後、大阪大学にて博士号を取得。国立精神・神経センター神経研究所疾病研究での研究を経て、2004年よりCase Western Reserve University、2014年よりUniversity of Pennsylvaniaにて研究に従事。

連絡先:hiroupenn@gmail.com