海外のワクワクを日本でも

東北大学

鈴木 杏奈


はじめに

はじめまして。私は2012年に3ヶ月ほど短期留学として、また、 2014-2016年に2年半ポスドク(海外特別研究員・学振PD)として、スタンフォード大学の資源工学科地熱グループに滞在しました。複雑な岩石構造内の流れや持続的な資源開発のための設計を専門としています。日本に帰ってから、温泉地域の地域づくりも考えはじめ、自然と共生できる社会のあり方を模索しています。私にとって海外での留学生活、特にシリコンバレーでの生活は、研究活動以上に、感じること、考えさせられることが多く、自分の問題意識や価値観を大きく揺さぶるものでした.このような執筆の機会をいただいたので,今回は研究生活の話というよりも,海外で感じたこと,考えたことから,今の自分の活動にどのようにつながっているのかを紹介したいと思います。


新たなものが湧き出る感じ


スタンフォード大学のあるシリコンバレーと言えば、Apple、Google、Facebookなど、世界規模のインターネット関連企業が本社を構えるだけでなく、世の中を変えるスタートアップが次々と生まれています。大学内で出会う人々も非常に幅広かったですが、その地域全体での出会いがとても胸が高鳴るものでした。例えば、道端で友達が友達と出会い、私も自己紹介をすると、彼は「Twitterを辞めてタクシーみたいなUberって会社で働いているんだよね」と紹介してくれました。当時はまだUberがまだ出始めの頃でUberを知らなかった私は、イケイケそうなTwitterを辞めてタクシー会社に行くなんて何でだろう…と不思議に思いましたが、そう思った1年後には、Uberは世界中でタクシーのあり方を変えるビックカンパニーになっていました。シリコンバレーでは、道端で出会う人が世界を変えている、新しい価値がそこら中で湧き出ている、そう肌身で感じることのできる場所でした。


マイノリティが生み出す共創


シリコンバレーが世界規模のサービスを生み出す理由の一つとして、多様性が挙げられます。様々な人種、国籍、職種の人が集まるため、アメリカ人ですら自分がマイノリティと感じるのです。海外生活を経験している人は、少なからずマイノリティだと感じた時があるのではないでしょうか?人種的・国籍的に差別をされるというあからさまなものだけでなく、例えば、スーパーに醤油がおいていない…とか、アマゾンの宅配が玄関に乱雑に置かれていた…とか、些細な生活習慣や常識、問題意識、価値観、自分が大切にしているものと社会にずれがあると思ったことがあるのではないでしょうか?その時に、悲しくなったり、イライラしたり、不愉快な思いをした人も少なくないはずです。日本であれば、醤油が欲しいという意見はマジョリティの意見であり、自分にとって都合がよくなるように自分の意見を店側に主張するかもしれません。それに対し、海外では、醤油が欲しいのは自分だけかもしれない、そうすると業者も取り寄せるのも大変だしな、と相手側の立場を考えるようになる、あるいは、醤油を欲しがりそうな仲間を探してみようと違う手段に出るかもしれません。もちろん、自分がマイノリティだと“感じた”とき、中には、恐怖心から対立してしまうこともあるかと思いますが、一方で、マイノリティと感じるからこそ、マイノリティ同士を仲間に思い、他の人の立場を考える、みんなにとって良いものをみんなで考えてみる、そこからみんなに受け入れられるサービスが生まれてくるとも考えられます。もちろん他にもいろんな要因はあると思いますが、シリコンバレーでは多様な人々が集まっているからこそ、一人ひとりがマイノリティを感じながら他の人の立場を考え、みんなにとって価値あるものは何かを探求し、その中で世界規模の共創(Co-Creation)が生まれているのではないかと思います。


共感し合う日本人コミュニティ

みんなの仕事&研究を知ろうの会

留学当初は、せっかく海外にいるのに日本人とつるんじゃもったいないと日本人コミュニティを避けていましたが、文化の壁、言語の壁の二重の壁を前にして、同じ分野や、同じポスドク、同じ留学生という自分と同じ共通点を持った人とでないとまともに話せないと気づきました。言語の壁が自分の力を発揮できないことを認めるのは非常に悔しかったですが、多様な分野、業種の日本人と、日本人というだけで友達になれることに対して、その価値を無駄にしてはいけないと思いも芽生えました。日本人コミュニティの一つに、スタンフォード大に客員研究員として駐在していた人たちが、「みんなの仕事&研究を知ろうの会(通称みんしろ)」を立ち上げ、私も幹事としてお手伝いをしました。当時は2ヶ月に1回、帰国者もスカイプなどでつなぎながら、ただただお酒を飲むだけでなく、みんなの仕事内容や研究内容をみんなでワイガヤ発表し合う会でした。海外で集まる日本人たちは、マイノリティだと感じながら生きている同士、互いに共有できる部分を互いに探し、海外で思い通りに生活できないという苦労や、海外で見えてくる新しい発見を共感できるからこそ、仲間になれるんだと思います。そして、分野や業種、立場を超えてみんなでワイガヤ友達になり、世の中を変えそうな最先端の話にみんなでワクワクを共有することで、一人ひとりの感性や価値観や知識がアップデートされていくことに、私自身、とても刺激を受けました。


一人なんだけど一人じゃない


私にとって、日本では「頑張っている」と言うのが言いにくい雰囲気が少なからずありました。それは、私が女だからなのか、ドクターまで進学しているからなのか、努力を見せるのはカッコ悪いのか、「意識高い系(笑)」に括られてしまうからなのか、何なのかは一重に言えません。ただ、友達に線引きされてしまう、孤独になる、そんな感じがしていました。留学中は敢えて孤独を選び、週末は誰とも予定を立てず、よく一人でカフェに行って仕事をしていました。スタンフォード、シリコンバレー界隈では、カフェにいけば、勉強する人、プログラムを書く人、ディスカッションをするグループなど、ワーカホリックたちがそこら中に集まっていて、みんな頑張っている姿を全開に見せてくれていました。自分を高めることが好きで、意識の高いアスリートのようで、みんながみんな己と戦っているようでした。「孤高」という言葉がよく合っているような人たちの中に自分も溶け込み、孤独なんだけど同士がいる、そんな風に思える空間が好きでした。


電源とwifi


世界中から人が集まる魅力的な場所ですが、裏を返せば、人が集まりすぎて地価が高騰し、とにかくお金のかかる場所でした。私も最終的には友達のソファベッドで暮らすほど生活水準を下げないと生活できませんでした。これだけ人々が必死に働いていながら、稼いではお金はドブに捨てるかのように、家賃に消えていく。そして、生活水準を下げてまで私たちがやっているのは、カフェで電源とwifi を探し、パソコンを繋ぎながら、インターネットで世界中とつながること。そこに何か違和感なのか、ヒントなのかが隠されている気がしました。


日本の温泉地域

コロラド州リコにあるフリーの温泉

海外で挑戦し続けることも考えていましたが、結局日本に戻ることにしました。日本に戻り、改めて自分の研究対象である地熱エネルギーについて見直してみると、日本では、温泉地域が地熱発電をなかなか受け入れてくれないため、地熱開発の技術を社会に浸透させることに苦労しています。海外では、温泉利用も地熱発電も同じ地熱利用として扱われるのに、本来は仲間になれるはずなのに、そこで対立してしまうことに勿体なさを感じました。一方で、地熱ポテンシャルの高い温泉地域では、過疎化、観光産業の衰退により、温泉地域の衰退が起こっています。このままでは、発電としても温泉としても利用できない地域がどんどんと増えてしまう。そこで動き始めたのが、エネルギー自給率の向上と温泉地域の活性化を目的として、温泉ワクワク人もワクワクwaku2 as lifeというライフスタイルの提唱です(http://waku2life.jp/)。


waku2 as life

海外の行き来に慣れ、ワーカホリックに仕事をする私は、電源、wifiさえあればどこでも働くことができます。シリコンバレーで朝から晩までパソコンに向き合って働いていた人たちは、温泉地域で集中して仕事ができる環境や、世の中を変えそうな最先端の話、多様な仲間が集まれば、そこに価値が生まれるのではないかと考えました。温泉地域では、シリコンバレーのような水準の低い環境ではなく、オアシスとなる温泉、自然が待っています。これまでに都会の働き手向けリモートワーク合宿や(コロナ禍の前から!)、仕事をしている親の子供たちが自然で遊ぶサマーキャンプ、また温泉地域でワクワクする話をする企画を進めてきて、反響を呼んでいます。(写真左上より時計回りに、リモートワーク合宿、サマーキャンプ、ワク湧くworkの集い、チームビルディング合宿)


おわりに


とりあえず、「温泉」はパワーがあります。温泉でワクワクしよう!というだけで輪が広がり、海外で知り合う日本人と同じような吸引力を持っていると思います。そしてそこにワイガヤなゆるい学びの場を用意することによって、楽しさを“感じ”ながら、異分野・異業種さらには異地域・異世代を集めることができると期待しています。一人ひとりが他の人の立場を考え、みんなにとって価値あるものは何かを探求し、共創を生み出すこと。それは、シリコンバレーだけでなく、日本の地域でもそのような場を作り出すことができると考えています。その共創の連鎖が、地球全体の持続性につながると考え、日本の温泉地をベースに、今後も活動を展開していきたいと思います。


筆者略歴


2011年東北大学工学部機械知能・航空工学科卒。2014年同大学大学院環境科学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC1。2014-2016年米国スタンフォード大学エネルギー資源工学科ポスドク(日本学術振興会特別研究員、日本学術振興会特別研究員PD(東京大学大学院数理科学研究科))を経て、2016年11月より現職(東北大学流体科学研究所助教)。