インディアナ大学
ハリス 田川泉
2020年に私は被爆者の声を聞く機会を2回得ました。広島で被爆し、その後アメリカで教育を受け、80歳を超えた今でも日本語と英語で講演活動をしている被爆者の話に私は心を揺さぶられました。全力で自分の経験を話し、平和の尊さを伝え、生きていることの尊さ、愛情の大切さを伝える素晴らしい講演でした。お礼を言いに行くと、逆に「あなたに会えて良かった。科学者の皆さんに日本と世界の未来を頼みますとお伝えしてください。」深々と頭を下げてお願いされたのです。この講演をオーガナイズしたのは、インディアナ大学インディアナポリス校の栗山先生とハリス先生でした。お二人の日本とアメリカを結ぶ素晴らしい活動をぜひ紹介して頂きたいと思い、UJAガゼットへの寄稿を依頼させて頂きました。素晴らしい記事を寄稿してくださったお二人にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。また、お二人の活動を通してアメリカの若者に日米の友好と平和の輪が広がって行くことを心から願っています。
インディアナ大学
河野 龍義
2020年は広島と長崎に原爆が投下された1945年から75年という節目の年にあたり、日本語プログラムでは春と秋に2回の被爆証言会を開催しました。なぜ被爆者の方々をお招きして直接お話して頂こうと思うようになったのかと申しますと、そのきっかけは私の大学院時代にさかのぼります。
私は大学院時代を広島で過ごしました。広島に引っ越して間もなく乗った路面電車が、たまたま被爆電車だったのです。広島に原子爆弾が落とされた1945年8月6日、路面電車も全線不通となりましたが、わずか3日後には運転を再開したそうです。その後の路面電車の活躍は広島の復興の象徴ともなり、現在でも3両の被爆電車が運行されています。広島に住むようになり、平和記念公園にも足を運び、原爆投下の被害は理解しているつもりでした。しかし被爆車両で初めて、ここに乗り合わせている年配の方々はもしかしたらあの惨禍を生き抜かれたのかもしれないと想像した時、原爆投下が急に身に迫るものとして感じられるようになったのです。過去を知るだけではなく感じとったことによって、原爆投下が自分の記憶の一部となったように思いました。
その後アメリカ合衆国に住むようになり、日本語補習校の生徒や本学の学生に話を聞いてみると、現地の高校での世界史の授業では、原爆投下のことはあまり勉強しなかった、あるいは投下の是非をクラスで討論したが、やはり投下は正しかったという結論に達したなど、日本での歴史の授業とは全く異なる状況がみられました。このことに違和感や疎外感を感じる日本人の生徒もいます。日本人が原爆投下をどのように考えているのか、そもそも原爆投下とはどのような被害をもたらしたのかなど、アメリカの学生にはあまり考える機会がなかったようです。
そのような経緯で、2009年と2020年に広島平和記念資料館をスポンサーとして海外原爆ポスター展を開催し、それにあわせて被爆証言会を開催しました。2009年は広島平和記念資料館とIUPUIを繋いでTV会議を行い、寺本和男さんに証言して頂きました。その時の「人生観が変わった」という学生のコメントは今も忘れられません。2020年に再び証言会を計画した時には、ぜひ被爆者の方に本学まで足を運んでいただき、学生の目の前でお話しして頂きたいと思うようになりました。しかし広島から来て頂くのはかなり困難です。そこで、広島平和記念資料館の運営母体である広島平和文化センターの元理事スティーブン・リーパーさんにご紹介頂き、オレゴン州在住で広島平和大使を務められていた田村秀子さんにお願いしました。
3月5日の被爆証言会では、当時の生々しい状況や辛い家族との死別の話に涙する学生もみられました。ともに苦しみを分かち合い慈しむ心(compassion)を学生が見せてくれたことが、私にとっては大きな糧となりました。証言会後の交流会では、学生たちは田村さんから「これからの世界はあなたたち若い人にかかっている」という期待と励ましの言葉をかけられ、大いに勇気づけられていました。
この証言会・シンポジウムでは学生ボランティアが大活躍し、被爆証言会とその後のシンポジウムが無事に進行できたことに、学生もとても満足していました。この頼もしい様子に、秋に企画したもう1つの被爆証言会は学生主導でお願いすることにしました。
秋の証言会はコロナ禍の中で、オンラインでの開催となりました。この証言会では、カリフォルニア在住の笹森恵子(しげこ)さんをお招きし、パデュー大学の畑佐一味先生によるインタビュー形式で進めました。その後、本学の日本文化のクラスと、インディアナ州内4大学から募った学生たち、インディアナ日本語学校の高校生が代表して笹森さんにさらに質問をさせて頂きました。これは笹森さんの経験やお考えを深く共有する貴重な機会となりました。平和を希求する秘訣として「あなたの笑顔はとってもきれい、そう、その笑顔ですよ!」と声をかけられた学生の笑顔がまた一段とパッと輝きました。ウェビナーの最後には、本学の学生が「インディアナ学生平和宣言2020」を発表し、今後の平和構築への誓いを宣言しました。
この証言会では学生たちがまた一層力を発揮してくれました。学生運営委員会をつくり、それぞれの得意なところを出し合ってウェビナーの設定から運営、広報、司会、討論など、会の準備から開催まで学生が責任を負って見事にやり遂げてくれたのです。そして会が無事に終了した時、全員が全員に感謝し、誰もが達成感でいっぱいでした。この経験が学生たちのこれからの自信につながってくれればと願っています。
被爆証言を聞いた学生から必ず出てくるのが、被爆者がアメリカやアメリカ人を恨んでいないということに驚いたという感想です。9月に起きたオレゴン州での森林火災で、自宅から避難された田村さんは、広島のあの日の火の海を恐ろしく思い出されたそうです。記憶に焼き付いて決して消えない光景、このようなことが2度と繰り返されてはいけません。日米間で起こった様々な被害と加害を軸とした関係を超え、平和のメッセージを伝えていく、そのような活動をこれからも続けていきたいと思っています。
付記
謝辞
上記の証言会のための広島調査は、インディアナ大学Hamilton Lugar School of Global and International Studies の21st Century Japan Politics and Society Initiativeから、そして春の証言会”Hibakusha Testimony: Hiroshima 21945 to the U.S. 2020” はJapan Foundation New Yorkから、秋の証言会“A discussion with Ms. Shigeko Sasamori, A-bomb survivor: engaging in peacebuilding“は、広島平和創造基金のご支援を受けて行いました。ここに厚くお礼申し上げます。
著者略歴
ハリス 田川泉。2003年広島大学社会科学研究科博士課程(文化人類学)修了。国立歴史民俗博物館外来研究員、フランクリン・カレッジ非常勤講師、南京大学非常勤講師を経て、2014年よりIUPUI非常勤講師。