UJA法律相談所 —第4回—

Augen Law Offices P.C.

古川 裕実


みなさま、こんにちは。新緑の季節がやってきましたね。アメリカではワクチン接種率が上がり(原稿作成時点で接種完了者が37.6%)、徐々にパンデミック収束の兆しが見えてきたと感じています。


今回は、日米の知的財産権概説と関連する最近の重要裁判例、またCOVID-19関係の特許権の無償化の是非に関する議論についてご紹介したいと思います。


知的財産権制度とは?


知的財産権制度とは、一般に、知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の財産として保護するための制度とされています。米国法では、知的財産を”any product of the human intellect that the law protects from unauthorized use by others”と理解しており、「人」の知的創作活動であることを念頭に置いています。財産権の多くは有体物に対する権利の保護を目的としますが、知的財産権は、無体物である情報のうち、財産的価値を有する情報を保護するところに特徴があります。


知的財産権の種類


知的財産権には、特許権(Patents/Utility Patents)、実用新案権(米国には対応する権利なし))、育成者権(Plant Variety Protection, Plant Patents, and Utility Patents)、意匠権(Design Patents)、著作権(Copyrights)、商標権(Trademarks)、および営業秘密(Trade Secrets)などの種類があります。今回は、知的財産権の柱とも言える特許権、意匠権、著作権、および商標権のうち、特許権について概説します。


特許権(Patents/Utility Patents)


特許権は、「発明」を保護し、特許権者は、その保護の対価としてその発明を一般に公開します。「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度もの」(日本特許法)をいい、米国特許法では、any person “who invents of discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent,” subject to the conditions and requirements of the lawと定めています。発明者は、特許権を取得したい国にそれぞれ特許出願を行い、出願申請を受理した国は、それぞれの国の基準により特許権を承認するか否かの決定をします。特許期間は20年間で、医薬品や医療機器などの承認申請に長期間を要する一部の発明については最大25年まで延長することが可能です。


特許権者は、特許権を取得した発明を独占的に使用することができます。自分でその発明を独占的に実施したり(自己実施)、第三者から対価を得ることでその発明の使用を許可したり(実施許諾・ライセンス)して、発明に対する研究・開発費を回収し、利益を得ます。第三者が特許権者に無断で発明を使用した場合には、その使用の差止めや特許権侵害に基づく損害賠償を請求することができます。


この独占的使用権の例外として、強制実施権(裁定制度)というものがあります。一定の公益的要請がある場合に、国家が特許権者に対し第三者に対する実施許諾を強制的に行わせるものです。対価を定める場合もありますが、その対価は市場価値よりもはるかに低いものとなると考えられています。また、一切の対価なく実施許諾をさせる場合もあります。


強制実施権に関する国際的な取り決めとしてパリ条約5条A(2)およびTRIPS協定第31条があります。日本における実体法として特許法にその定めがあり(83条、92条、および93条)、米国における実体法として米国特許法第202条(c)(4)に定めがあります。特許権者の経済的利益を制限または剥奪する強制実施権の発動は極めて抑制的であるべきと考えられているため、その要件は非常に厳格で、また世界的にも限定的な実例しかありません。


新型コロナウイルスワクチン関連特許への強制実施権発動についての議論


この強制実施権に関連して、バイデン大統領は、5月5日、世界貿易機構(WTO)で提案された新型コロナウイルスワクチンに関する特許権の一時放棄を支持すると表明しました。この考えには、ワクチンの入手が困難となっている低所得国からの強い指示がある一方で、米国を始めとする富裕国の製薬業界からは、このような前例を作ることにより、パンデミックに対して製薬企業が迅速に対応するインセンティブが失われることから、今後の積極的な対応が期待できず、世界的な安全性が損なわれる結果になる可能性があるとの警告もあります。なお、WTOの決定は加盟国・地域の全会一致が原則であるところ、WTOのオコンジョイウェアラ事務局長は、5月10日、加盟国が12月までに合意に至ることを期待していると表明し、11月末〜12月初めにかけてジュネーブで行われる閣僚会合での合意を目指しているものと推察されています。


今回の強制実施権発動要請について、反対派からは、WTOでは、緊急時には製薬会社が低所得国に特許をライセンス供与しなければならないとの定めが既にあり、また、多くの製薬会社が低所得国へのライセンスについては価格調整を行うなどの公益的対応を採用しているため、必ずしも強制実施権の発動が必要ではないとの意見もあります。これに対して賛成派からは、特許権者との間のライセンス契約の締結に時間がかかるため、契約締結が必要であることがワクチン増産のボトルネックとなっているとの意見があります。これについては、富裕国の製薬会社では既に自主的に低所得国にある医薬品メーカーとのライセンス契約を締結し、ワクチン生産体制の増強に努めているためこの批判は当たらず、どちらかと言えば、ライセンス契約を締結した先である医薬品メーカーの製造技術が一定の水準を満たす高品質なワクチンを生産できるほど十分に高度であることの確認や、原材料の確保がボトルネックになっているとの意見もあり、意見が分かれるところです。


新薬の開発には莫大な研究開発費の投資が必要であるため、公益を盾に権利を剥奪される(=投資の回収が困難になる)との前例ができてしまえば、今後は投資家が創薬研究に資金を投じることを差し控える結果になる可能性があることは否定できません。特に、現在接種が行われている新型コロナウイルスワクチンにはmRNAを用いた革新的な技術が使われており、この技術を基礎にした新たなワクチンや治療薬のさらなる独占的な研究開発の可能性があるところ、その基礎となる特許について強制実施権を発動され、無償で第三者に技術を譲渡することになれば、この先端技術の開発会社による今後の研究開発へのインセンティブが失われることにもなりかねないでしょう。仮に強制実施権の発動を行うのだとしても、強制実施権を発動した政府による何らかの補償が保証されるなど、創薬研究の停滞を生じさせない工夫が望まれます。


研究に携わる皆様の中には、創薬研究やそれにつながる基礎研究を行っている方々も多くおられると思います。本件に関連する研究の現場での議論などあれば、ぜひお聞かせいただければ幸いです。


ご相談をお待ちしています!


引き続き、皆様が日常生活で感じた法律に関する疑問や、興味関心のある米国の法律分野など、その他日米の法律に関することについて、随時ご質問を募集しています。また、UJAを通じた法律相談の一部は無料相談としていますので、個別の法律相談がある場合も気軽にご連絡ください。


著者略歴


古川 裕実。2004年早稲田大学法学部卒業。2006年弁護士登録(59期(現在は一時的に登録抹消中))。2012年University of Washington School of Law (LLM in Intellectual Law & Policy)卒。長島大野常松法律事務所(2006年〜2015年)、Davis Wright Tremaine LLP(Seattle Office, 2012年〜2013年)、Augen Law Offices(2015年〜2019年)を経て、2019年よりAugen Law Offices P.C.。

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