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『血液1滴でがん診断』をめざして

慶應義塾大学

松﨑 潤太郎

早期の臨床応用が期待される血清中マイクロRNAによる悪性腫瘍の早期診断技術開発に携わる松﨑先生のコロナ禍での留学奮闘記をご覧ください。
                         UJA Operating Committee・アイデア部・財務部 森岡 和仁

私は2019年9月から2020年12月までUCSFで博士研究員として仕事させていただきました。この期間の大半をCOVID-19による制約がある中で過ごすことになってしまい心残りも多々ございますが、多くの学びを得て、今に活かすことができています。ここでは留学に至る経緯と、UCSFで感じたことなどを中心に、自分の研究愛をご紹介させていただきます。これがどなたかのお役に立つという展開はイマイチ想像し難いですが、もしコラボレーションのきっかけにでもなれば大変ありがたく思います。拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。



医師から研究者へ


自分がまともに研究活動を始めたのは、医学部を卒業し初期研修も終えて大学院に入学した27歳の時でしたので、理工学系や薬学系の方々に比べるとかなり遅いスタートでした。それもなんとなく学位は持っておいたほうがいいだろう、学費のかかる類のものはさっさと済ませておきたい、といった平凡な動機で、ひとまず研究なるものを体験してみようということで大学院に進学しました。当時の大学院生といえば大学病院の臨床を運用していく主力メンバーであり、自分としても内視鏡など診療スキルの向上に最も意欲的な時期でありましたので、決して研究に全身全霊を注ぐような大学院生活ではありませんでした。


臨床の片手間の研究生活ではありましたが、疾患発症に関わる新たな機序を自分で予想して、それを裏付けるための研究をデザインし、その結果がポジティブに出たりネガティブに出たりするたびに同僚や上司と一喜一憂する日々がとても刺激的で、やみつきになっていく自分がいました。またありがたいことに、その研究の進捗を小さな研究会から国際学会までいろいろな場で発表する機会を大変多く頂戴しました。全く同じ内容のリピートとはならないように心がけていたので、毎回その準備は大変でしたが、国内外の多くの先生方と知り合う機会を得ることができ、貴重なご指摘を受け、それによって新たな学びを得たり研究の完成度を高めていけたりすることがまた楽しく刺激的でした。発表のためにいろいろな場所に出かけられることも、旅行好きの自分にはとても楽しみでした。そんなド派手な研究生活を経験したおかげで、今後もぜひ研究を続けたいという気持ちを強くして大学院を修了しました。


大学院での自分のメインプロジェクトは、食道腺がんの発がん過程における組織中のマイクロRNA (miRNA)の発現変化から新たな発がん機序を見出すというもので、細胞内のシグナル伝達を追うような基礎的なテーマでしたが、大学院修了後、また臨床の現場に戻ったときに感じたことは、自分の研究と実臨床との遠さでした。やはり道のりは険しくとも、実用化という出口が明確に見えるようなトランスレーショナルリサーチに取り組みたいと考え、血液中miRNAバイオマーカーの研究を志しました。自施設で研究立案し、予算を獲得して細々と検体収集を開始したその矢先に、「13種類のがんを1回の採血で発見できる次世代診断システム開発が始動『体液中マイクロRNA測定技術基盤開発』プロジェクト」での特任研究員の公募を目にします。個人で細々と研究するよりも、大型プロジェクトに参画するほうがより視野が開けるのではないかと思い、思い切ってプロジェクトを総括していた国立がん研究センターの落谷研究室にポスドクとして飛び込むことにしました。



国内留学 (国立がん研究センター)


参画したプロジェクトのタスクは、国立がん研究センターのバイオバンクに収められた血清検体を数万検体分、一斉にマイクロアレイ解析するというものでした。それによって垂涎モノのデータが得られることは自明ですが、実務としては極めて単調な作業が待ち受けていました。作業工程は、標準作業手順書に従って工場のように見事に組織化されており、自分を含む4人の研究員が手分けして1日80検体ずつ、マイクロアレイ解析を進めていくことで、1年で15,000検体が処理できる体制です。単純な工程とはいえ、時にはヒューマンエラーや予期せぬトラブルが発生するなどいろいろなドラマがありましたが、われわれは予定よりも早いスピードで検体処理を完了させ、そのデータを解析し、数多くの成果を世に出すことができました。


データ解析にあたっては、臨床のニーズの把握のために多くの診療科の先生方とのディスカッションの機会をいただきました。多くの医療統計解析の専門家の方々からも知識や技術を提供していただきました。またありがたくも日本癌学会やGordon Research Conferenceなどで登壇させていただくことで興味領域の近い研究者と意見交換をでき、更にはNHKスペシャル「人体」をはじめとして各メディアにもプロジェクトをとりあげていただき、大変充実感のある、一層ド派手な研究生活を過ごさせていただきました。


プロジェクトを通じて、様々な悪性腫瘍の診断用途として、血中miRNAプロファイルの解析が有用であるという証拠は臨床検体を用いて得られましたが、そのような血中プロファイルの変化がなぜ起こるのか、という疑問を解決するのが容易ではないということもまた明らかになりました。この課題を克服する糸口を探るため、また自己研鑽のためにも海外で次の突破口を見出したいという思いが強くなり、留学先を探すこととしました。



海外留学 (UCSF)


がん、そして細胞外RNAの研究をしている米国のラボを、NIHグラントの取得状況などを参考にしながら探していくなかで、UCSF McManus labのwebsiteでポスドク募集の記載をみつけ、早速PIにemailを送ったところ、幸いにもzoomでちょっと話そうという返事をいただき、自分が血中miRNAの機能解析をしたい、という旨を伝えたところ、lab meetingでプレゼンをしてくれ、ということになりました。遠隔でもいいという提案でしたが、遠隔でまともな英語のディスカッションができる自信がなかったのと、ラボの雰囲気を実際に見てみないと心配だったことから、プレゼンのために渡米したいと伝えたところ、宿泊は先方で用意してくださり、またラボ訪問日のスケジュール(午前はlab meetingでのプレゼン、午後はポスドクひとりひとりと30分ずつ懇談、夜はパーティー)があらかじめ送られてくるなど、大変キチンとしたラボだなという印象を持ちました。


2018年の12月、プレゼンの日も含めて5日間ほどサンフランシスコに滞在しましたが、ラボ訪問だけでなく、UCSF日本人医師の集いのネットワークを通じて、実際にUCSFで研究をしている日本人研究者とも何人かお話する機会を持つことができました。妻と子供を連れての留学をするにあたり、現地の治安の状況などをちゃんと知っておきたかったので、あらかじめ日本人の感想を聞けたことは非常にありがたかったです(UJAのような組織の重要性!!)。またラボには結局プレゼン日だけでなく、現地滞在中ほぼ連日出入りさせていただき、PIのProf. Michael McManusとポスドクがディスカッションしている空間に同席してどのように研究を進めていくのかを見させていただきました。その際に、自分の分子生物学の圧倒的な知識不足を思い知り、またMichaelの引き出しの多さに感銘をうけ、ここで研究する時間が持てれば自分のスキルアップに繋がることを確信して帰国しました。帰国後2週間ほどしてポスドク正式採用の連絡をいただきました。「We look forward to doing great science together.」というacceptance letterの文言がとても印象的でした。


渡米準備、そして渡米後に生活が落ち着くまでの間は、現地の日本人留学生の皆様の存在が本当に心強く、大学寮・小学校・銀行・近くのスーパー・郵便局等々、わからないことは全部教えていただきました。UCSFでの事務手続きは署名も含めてすべてがオンライン化されていて、またラボ内でのちょっとしたディスカッションもMichaelが出張中の場合はzoomが多用されていました。その後、COVID-19によってしばらくラボに出入りができなくなりますが、リモートで問題なく運用できる体制はその前からすでに構築されていたように思います。いまだに何かと手書き・印鑑の文化から抜け出せていない日本とは大きな差です。


自分の研究テーマは、細胞外RNAの細胞間伝達をリアルタイムに追跡することを想定したin vitro/in vivoモデルの構築という、極めて挑戦的ですが夢がある、そして自分の希望の完全にフィットしたものでした。自分の興味とPIの興味が一致しているラボを選ぶということは、留学体験をよりよいものにする上で極めて重要であると感じます。また研究の方向性は極力ポスドクが自分で立案して、自立して進めることが求められましたが、一方でMichaelが取得しているグラントの成果として発表できる路線に乗った研究でないと軌道修正を要求されることがあり、この点を重要視している印象をうけました。とはいえ研究の自由度はかなり高く「こっそりいろいろ試してみる」ことができたのは、研究者としての勘を養う上で貴重な経験となりました。ラボには自分以外も、シンガポール・ロシア・カナダ・スイス・オーストリアなどからポスドクや学生がきており、毎週金曜日の17時からはハッピーアワーと称してラボでビールやワインを飲むのが恒例でした。グループトークでは口を挟むタイミングが難しく最後まで苦労しましたが、親切で優しい同僚たちに恵まれたのは大変ありがたかったです。


コロナ禍でハロウィンのお菓子配りも禁止

渡米から約半年後にパンデミックが始まり、思うようなペースで実験ができない状態となりました。また小学校の授業はオンラインで、公園も閉鎖され、特に家族・子供にとっては決していい環境ではないと思っていたところで、日本での自分の次のポジションが決まったため、1年4ヶ月という留学生活ではありましたが予定より早めに帰国しました。2020年3月から5月までは完全に自宅勤務となり、バイオインフォマティクスのスキルなどを勉強する時間にあてました。5月下旬からは実験再開が許可されましたが、ラボの人数制限があったため実験時間を早朝や深夜にずらすなど工夫して、各々アクティビティーを下げない努力をしました(おかげで体力的にはかなりハードでした)。ラボメンバーでのハッピーアワーはオンラインで継続されましたが、日本人研究者とその家族との対面での再会はさすがに遠慮せざるを得ず、これは大変残念なことでした。帰国にあたっては、留学中の研究をすべて持ち帰って継続することが許容され、Michaelの心の広さに大変感謝しています。



研究者とは


このような自分の経験を振り返って、明確な目的意識がなくても飛び込んでみると開けてくる世界があること、複数の研究室を経験してそれぞれのいい部分・悪い部分をみることがいざ自分が研究室を運営する立場になった際に大変役に立つこと、人とのつながりが思いがけず人生を豊かにしてくれること、いずれもよく耳にする話ではありますが、本当にこれらは真実だと実感しています。これまでに国内外の多くの研究者と、研究のどういう時が楽しいかといった話をすることがよくありました。研究のモチベーションは人それぞれです。新発見は競争だとPIにせかされ、人に尻を叩かれて鬱々と研究するような時間も誰しも経験があることです。しかし一方で、自分が心惹かれる研究者は皆、自然に対する好奇心や興味、その一端を見出した時の興奮を熱く語ってくれます。そんな時いつも、自分の敵は学内のライバルでも、国内外の研究者でもなく、病そのもの、もしくは生命の神秘そのものであることに気づかされます。病の克服を目標とするならば、研究者は皆同志です。1人でも多くの戦友を得て、この強大な敵に立ち向かっていきたい、そのためなら自分が汗水垂らして作り上げたどんな実験系でも情報でも、喜んでシェアしよう、そういうピュアな研究者像が自分の理想です。これまでの活動が単なる自己満足で終わることなく、なんとか世の中の役に立つものにするため、これからも精進していきたいと存じます。



謝辞


執筆の機会を与えてくださった森岡和仁さんをはじめとしたUCSF日本人会/UCSF日本人医師の集いのみなさま、コロナ禍での苦労をともにしたラボメンバー、そしていつも前向きに支えてくれた家族に、心からの感謝の意を表します。



著者略歴


2005年慶應義塾大学医学部卒業。済生会横浜市南部病院にて初期臨床研修修了。2013年慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC2、東京都済生会中央病院消化器内科医員、慶應義塾大学病院予防医療センター助教、国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野(落谷グループ)特任研究員、慶應義塾大学医学部内科学(消化器)専任講師、UCSF Diabetes Center博士研究員を経て、2021年より慶應義塾大学薬学部薬物治療学准教授。 連絡先:juntaro.matsuzaki@keio.jp


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