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サイエンスを楽しむコミュニティ『サイエンスを遊ぼうの会』@ヒューストン

更新日:2022年11月19日

テキサス大学MDアンダーソンがんセンター

西田有毅

イントロダクション

   私は米国テキサス州ヒューストンにある、MDアンダーソンがんセンターで、博士研究員をしている、西田有毅と申します。今回はGazette誌に、ヒューストンの研究者コミュニティを紹介させて頂く機会を頂き大変感謝しています。 私は日本で腫瘍内科・血液内科のトレーニングを積んだ後に血液内科の臨床に従事し、その後日本の大学院を経て現在のラボに移り主に急性骨髄性白血病の分子標的治療に関する研究に従事しています。 私達サイエンスを遊ぼうの会は、2018年12月に設立された、ヒューストンで研究に従事する人々の集まりで、2022年1月現在65名の方に登録頂いています。ほぼ月1回の頻度でテーマを決めて勉強会を行っています。この記事で、研究拠点としてのヒューストンを知って頂き、我々のサイエンスコミュニティ、またコミュニティそのものの立ち上げや維持などに関して興味を持って頂けましたら幸いです。


それではまず、ヒューストン及びテキサスの場所について簡単に紹介します。 テキサス州は米国南部のほぼ中央に位置する、全米でも広さ2位(1位はアラスカ州)の大きな州です。

テキサス州は過去10年間の人口増加が400万人と全米最多で、最近ではトヨタ(ダラス市)やテスラ(オースティン市)などの大企業が本拠地を構えるなど、とても勢いがあります。ヒューストンはそのテキサス州の南東部に位置する都市で、人口規模で全米4位を誇ります。テキサスでは冗談交じりで(時に自嘲気味で)よく言われる “Everything is bigger in Texas”という表現にある通り、ヒューストンは人口の多さもさることながら、市街地面積がとても大きく、そして車でどこまで走っても平地で、「だだっ広い」という言葉が似合います。市街地の開発もどんどん進んでいますが、市街地が拡大するのにインフラ補修が追いつかず、いつもどこかで大規模な道路工事が行われていて渋滞が酷かったり、道路のコンディションがすこぶる良くない(悪すぎて車で走っていると時にタイヤが破損する事もある)、という欠点もあったりします。


さて、ヒューストン、と聞くと、NASAを始めとする航空宇宙産業、そして石油関連企業の集積地を想像される方も多いと思いますが、実は米国屈指の医療そして生命科学の研究拠点としても知られています(写真1)。

(写真1)テキサスメディカルセンターの夜景 左奥にダウンタウンをのぞむ (筆者撮影)

私が研究に従事するテキサス大学MDアンダーソンがんセンターは、テキサスメディカルセンター(通称TMC)にあります。このTMCには、60以上の医療・研究施設が集積し、10万人以上の雇用、毎年1000万人以上の患者数、2.7兆円のGDPを誇る、世界でも最大規模の医療・研究センターです(写真2)。ベイラー医科大学、小児病院として全米一の規模を誇るテキサス小児病院、テキサス大学医学校(UT McGovern)、ヒューストンメソジスト、がん研究で世界をリードするMDアンダーソンがんセンターといった有名な研究施設もTMC内に林立しています。またTMC3という巨大な建設プロジェクトが進行中(https://www.youtube.com/watch?v=OntO7kdIy50)であり、米国内でも屈指の医療及び研究の拠点として、これからさらに拡大するでしょう。日本からも研究者や医師として、ヒューストンに来られる方が増え続けています。

(写真2)TMC3 構想イメージ

TMC3 構想イメージ (外部サイト)

「サイエンスを遊ぼうの会」設立の経緯

「西田くん、勉強会やってみない?」


きっかけとなったのは、UTHealth幹細胞研究所の吉本桃子先生の一言で、2018年の6月頃、ヒューストンに来て1年強が経過した時のこと。自身の研究分野に関わる講演会やレクチャーには数多く出席していたものの、同じように日本から渡米している様々な分野の日本人研究者が広く集える場はまだない状況でした。 「面白そうですね、やってみましょうか。」 と、お返事したまでは良かったものの、一体どのように始めたら良いのか、検討もつかない状況でした。私自身、日本で医学生や臨床医をしていたときに、学生向け、研修医向け、病院スタッフ向けの勉強会の設立や維持にはいくつか関わった経験がありました。ただ、あくまで一つの大学内や病院内という限られたコミュニティであったため、どのようなニーズがあるのかを割と把握しやすい背景がありました。 しかし、ここは米国。 しかも多分野の研究者が集まるオープンな環境で、どんな仕組みなら上手くいくのか、誰と、どこで、どのように始めたら良いのか皆目検討もつかず、たまに思い出しては「あのとき言われた勉強会、どうしようかなあ」とぼんやり考える程度で、中々アクションに繋がりませんでした。 ただ、仕掛けとしては、

  • 気軽に参加できること(事前の勉強など不要で、楽に聞いたり質問したりできる)

  • 参加することで、何らかのインセンティブがあること

の2つは最低必要だろうな、くらいに思っていました。


次のきっかけとなったのは、日本人を対象にした起業に関するセミナーへの参加でした。


写真3)2019年7月勉強会の様子 筆者のアパートの共有スペースにて

アパートの共有スペースを使った小さなセミナーで、終了後にBBQ(米国のアパートには、プールサイドにBBQグリルが付いていることがよくあります)で盛り上がり(2018年当時)、 「なるほど、ビールでも片手に研究の話をしながら時に雑談など交えつつ、いろんな話が聞けたら、面白いかもしれないな」と思い立ちました。

講義室などではなく、多少開かれたスペースで(気軽に参加できる)、簡単な食事付き(Uber Eatsを割り勘)+飲み物は持ち寄り(インセンティブ)で、初期のメンバーは、とりあえず「この人なら誘ったら来てくれるかな」と思われる少人数で始めてみることにしました。 話が出てから半年後の2018年12月、第1回の勉強会を開催しました。初回のメンバーは(敬称略)、吉本桃子、小林道弘、緒方大、直井智之、そして私の5名でした。試験的にというつもりで、言い出しっぺの私が大学院時代の研究テーマで話をして開催しました。 テーマについては研究手法を議論したり、今後の方向性を一緒に考えてもらったりして、それはそれで楽しかったのですが、それ以上に、テーマそっちのけで、参加メンバーのラボ裏事情や、研究生活の中での悩みなど、雑談の方が盛り上がりました。 その時気づいたのが、「なるほど、議論が脱線して関係ない話が出てきたほうが、時に楽しく盛り上がれるのだな」ということでした。この感じなら行けそう、ということになり、声を掛け頂いた吉本先生には、世話人になって頂き、私が幹事役として、毎月1回勉強会を開催する運びとなりました。 またルールと呼べるほどのものではないですが、

(写真 4)勉強会終了後にはプールサイドでBBQ(2019年7月当時)筆者左端
  • 初めての人にも分かりやすいように、自己紹介と分野紹介にしっかり時間を取る

  • アパートの共有スペースなど、集まりやすい場所を使う

  • トピック中心に話しつつも、脱線や雑談を大いに歓迎する(いつでも質問やコメントOK)

  • 途中参加、途中退出OK

これだけ決めて、2020年の3月頭まで、実際に集まって開催し、少しずつ周囲に声をかけながら参加者を増やしていきました。 写真は2019年7月、夏の企画として、ご家族同伴で勉強会をした時のもので、子供達にはプールで遊んでもらいつつ、勉強会後にBBQを行うなど、レクリエーションとしても楽しいという性格も付け加えて拡大しようとしていました(写真3, 4)。


COVID-19パンデミック後

米国では2020年3月から、COVID-19が本格的に猛威を奮いはじめました。 これを受けて、私達の会もオンライン開催に変更せざるを得ず、2022年1月現在まで、オンラインで開催しています。それでも、毎回新しいテーマに事欠かず、楽しい時間を持てていることは、プレゼンターと参加者の方々に感謝しかありません。 またバーチャル開催にして気がついたことは、勉強会に物理的な移動はもう必要なくなるかもしれない、という点です。このパンデミックを受けて、世界中の学会などのイベントがオンライン開催を余儀なくされました。しかし、有り難いのは、ラボにいても自宅にいても、最新の研究情報がオンラインでキャッチできることです。 しかも、私達の会は金曜日か土曜日の夕方から開催するため、日本に帰国された方でも、週末の朝から会に参加できるというメリットもあります。実際、毎回ほぼ必ず、日本からも参加して頂いています。また、質問やコメントもチャット機能で拾えるため、声を上げずともインタラクティブに参加できるのも、オンラインの利点だと思います。

写真5)COVID-19以後はオンライン開催に切り替え 2021年8月プレゼンターは山本慎也先生

少しずつ登録者が増えてきたため、2020年7月からは、幹事を4名体制(有村、須永、西田、山口)として、プレゼンターへの講演依頼と日程調整を順番に回しています。またこのバーチャル勉強会のプラットフォームは他にも応用され、ヒューストンで感染症診療をされている医師の先生方による、一般向けのCOVID-19のレクチャーにも役立ちました((写真5:https://www.youtube.com/watch?v=c8Iws-LNTV0&t=3s)。



これまでの勉強会内容

これまでの発表テーマと、登録者の所属先の内訳(日本帰国者は当時)をまとめました(表)。 発表テーマを見てみると、がんに関する研究発表が最も多く、神経科学がそれに続いています。登録者の所属先内訳では、MDアンダーソンがんセンターとベイラー医科大学が最も多く、TMCががんと神経科学の2分野に注力している、ということも言えるかもしれません。ただ、講演内容のタイトルを見てみると、本当に多岐に亘っていて、また単純に一つの研究分野では語れない研究テーマが多く、科学研究が発展して細分化する方向と、それに加えて分野横断的な動きが盛んになってきていることを示していると感じています。 一例を上げると、ベイラー医科大学の山本慎也先生からは、ショウジョウバエの遺伝学から始まり、遺伝子編集ツールを駆使した未診断の神経変性疾患の定義、及び病態に迫る研究の話などは、遺伝学、神経科学、臨床医学がオーバーラップしたとても学際的で刺激的な内容でした。私自身も、多くの他分野の発表から毎回刺激を受けていますし、基礎知識から最新の研究内容まで、普段自分の研究分野では触れ得ない、新鮮な驚きがいつもあります。


(表)発表テーマと参加者所属先の内訳


サイエンスを遊ぼうの会のこれから

2018年12月に発足したこの会も、3年が経過しました。これを記念して、2022年1月22日に、特別講演会として、オルガネラ臓器作成で世界的な業績をお持ちの武部貴則先生(シンシナティ小児病院)をお招きして、研究をドライブし、デザインしていく過程、そして武部先生が進められているストリートメディカルの取り組みについて、大いに語って頂き、Q&Aでも様々な角度から議論が盛り上がりました(写真6)。

(写真6)3周年記念特別講演会 武部先生による熱いレクチャーでした

これから更に会が発展するように、毎月の勉強会に加えて特別講演を定期的に開催したり、サイエンスの面白さを一般向けに伝える会なども企画したいと考えています。この文章を読んでくださった方に、少しでもヒューストンの研究者が何をやっているのか興味を持って頂き、またこれから海外留学しようと考えている若い研究者の方々に、ヒューストンを留学先の一つの選択肢として考えて頂ければ、望外の喜びです。

実際、インターンとしてヒューストンに研修に来ていた学生の方が、この勉強会にも参加してくれて、ヒューストンを留学先に決めたという嬉しいニュースもありました。ご興味を持たれた方、下記の連絡先までメール下されば、海外留学やコミュニティの設立や維持など、何か情報共有できることがあるかもしれませんので、どうぞご連絡下さい。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


謝辞

このたび貴重な執筆の機会を頂いた、ノースウェスタン大学日本人研究者の会(NUJRA)の田中仁啓さんに感謝申し上げます。またサイエンスを遊ぼうの会のコミュニティ世話人の吉本桃子先生、幹事役を引き受けて下さっている有村純暢さん、須永佳紀さん、山口藍子さん、そしてこれまでプレゼンターを引き受けて下さった方々にこの場を借りて感謝申し上げます。


著者略歴

西田有毅。2007年九州大学医学部医学科卒業。九州厚生年金病院、亀田総合病院で内科、腫瘍内科、血液内科のトレーニングを積み、2017年佐賀大学大学院血液・呼吸器・腫瘍内科教室にて学位取得。2017年よりテキサス大学MD Andersonがんセンター白血病科博士研究員。連絡先:funyayuki@gmail.com



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