メタバースによる研究領域の越境

慶應義塾大学医学部精神神経科学教室

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科

早野 元詞


メタバースってなに?

Facebookの社名がMetaに変更されたことで、メタバースという言葉を耳にする機会が増えているのではないだろうか。メタ=超、バース=宇宙を組み合わせた造語であり、Metaのホームページを覗いて見ると「つながりと共に進化する」という言葉が目に入る。COVID-19感染症によって、人とのつながりの形、方法、質について考える機会になった人も多いのではないだろうか。オンサイトでの会議からウェブ会議に移行し、在宅でも出来ることが増えると、「これは楽じゃないか!?」と思うことも多々経験している。しかしウェブ会議を2年近くやっていくにつれて、新しい人との出会い、人間関係の密度、楽しみのようなものに違和感を覚える(筆者だけかもしれない)。 メタバースは「没入感」、「体感」、「共感」と言った2次元のウェブ会議では表現しにくい感覚を、仮想現実空間を用いて共有することが出来る。「脳の中の神経細胞で転写因子が核内に移行して、タンパク質のリジン残基のアミノ酸部分で転写共役因子に結合してDNAの3次構造を変換させることで遺伝子発現を行う」といった、一部の研究者しか理解できない単語を、脳神経の中に入って見て、体験することによって研究者以外の人でも理解できるように翻訳が可能である。


XRCCを使った学会の紹介

UJAでは、MPUF(Microsoft Project Users Forum)が開発したMPUF XR Conference Cloud(MPUF XRCC)を活用して血管の中や、皮膚の中で集まって議論するという試みも行っている。 下記の写真はJapan XR forumで用いられた実際のVR空間の写真である(写真1)。

(写真1)XRCC内部の様子。青梅駅や、血管内部、皮膚組織の中などで会議が出来る。

XRCCの場合は、ヘッドマウントディスプレイのような装着型の高価な機器が必要ないように、パソコンからVR空間へ接続し、パソコンの画面を通して仮想現実空間で仮想の人物やロボットになって参加することができる仕様になっている。

第80回日本癌学会学術総会は大会長である佐谷秀行先生にも仮想空間を体験いただき、若手研究者の新しいコミュニケーションについて議論する機会となった。(「最新のXR(クロス・リアリティ)がつなぐ若手がん研究者の近未来」、足立剛也、北原秀治、早野元詞、松居彩、本間耕平、黒田垂歩、2021.10.2、パシフィコ横浜)。


また、一般社団法人ASG-Keio(代表理事:早野元詞)では、2021年2月にVR「仮想現実」技術を用いて仮想空間上で研究プロジェクトを分野、年齢、所属(高校、研究所、企業など)の違うメンバーで作るハッカソンイベント「Scienc-ome XR Innovation Hub:SXR」をUJAと共に開催している。

(写真2)The 1st SXRの様子。XRCCの仮想空間中で3Dホワイトボードなどを使いながら議論し、世界的に有名なVTuberであるRIN ASOBI(アソビリン)さんと実況中継をしている。

登録者数866名、ハッカソン参加者64名(研究者50名、高校生10名、大学生4名)、そして共催、協賛として京都府、京都府立医科大学、慶應義塾大学イノベーション推進本部、慶應義塾大学病院臨床研究推進センター、CIC Tokyo、在アメリカ合衆国日本国大使館、東京都、つくば市、科学技術振興機構(JST)、研究大学コンソーシアム(RUC)、異分野融合タスクフォース、世界トップレベル拠点形成推進センター(WPI)、京都大学学術研究支援室(KURA)、厚生労働省政策研究班免疫アレルギー疾患研究10か年戦略次世代タスクフォース(ENGAGE-TF)等のコンソーシアムによって実施した。


国内外の研究者、製薬企業、高校生、大学生など多様な参加者によって「2050年に生じる課題」に対するイノベーションを題材にハッカソンを行ない、事業性、研究応用への展開が議論された。本ハッカソンイベントによって5つの共同研究が開始されている。

また、2020年5月15日、16日に「The 2st Scinec-ome XR(SXR) Innovation Hub」を同様にXR空間を活用して開催した(https://jp.cic.com/news/event/sxr-2/)。

(写真3)SXRでは東京、京都、つくば、アメリカのLA、Midwest、Bostonの6つの地域拠点を現場と仮想空間で結ぶXRシステムを採用している。

登録者数951名、ハッカソン参加者112名、うち研究者48名、大学生14名、高校生25名、会社員10名であった。前回に引き続き上記のコンソーシアムにて開催している。12チームに分かれて「アレルギー撲滅」「ビヨンドフェムテック」「20年後と100年後の食」などの12のテーマにて研究、イノベーションについて議論した。ベンチャーキャピタル、弁理士、製薬企業のメンバーによって審査を行ない、SDGsを含む多様なアイデアに関する4つの共同研究が現在も継続している。


市民を巻き込んだ反分野的研究の必要性とメタバースの活用

SXR後のアンケート結果から、垣根を感じずに議論できたなど仮想空間ならでは効果が感じられる回答が得られている。 Japan XR forumやSXRでは多様な社会課題について議論されてきたが、地球規模の課題解決のためには社会課題を抽出し、具体的ニーズの探索が必要である。例えば、mRNAワクチンの事例のように、将来予想される課題を深く議論し、市民、企業を巻き込んだ次世代型Well-beingについて議論し、創造的「バックキャスト型」の研究、開発を推進する。 現在、企業で行われている研究開発は短期的な収益を目指しており、大学で実施されている研究は市民との対話が十分ではないため社会ニーズを織り込んでいない。さらに、SDGsなど国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた16の目標について、議論されるフォーラムなどが多く存在するものの、研究者が参加していないため、実現に向けた計画まで落とし込めていない。 一方でメタバースの利用は個人の属性、空間を超えた新しいコミュニティ、イノベーションを推進し、実際に研究者、高校生、企業を巻き込んで多くの共同研究、連携事例が生まれている。大学、企業などの属性、研究分野に固執することなく、市民が同じ空間でミライの課題について議論し、破壊的研究開発に対して手を取り合って進めることで、COVID-19のような世界的危機に対して堅牢な社会を構築することが可能となる。 このような市民、企業に研究者を巻き込んだ議論の場をメタバースを活用して構築し、国内から海外へ展開していくことで、長期的な地球規模の課題に対して、具体的ソリューションを含むプロジェクト促進が必要である。


メタバースを活用してSXRは何を目指しているのか

SDGsを含む長期的な社会課題に対する議論を行うだけでなく、実際の技術、研究シーズを持つ研究者が、市民や企業と長期的ニーズについて議論し、共同プロジェクトを立ち上げ共同で推進したい。研究開発の進捗、新しい課題について定期的に議論する。 例えば、「認知症予防」「歩行機能増加」といったライフサイエンスの研究内容だけでなく、「認知症の人を理解するシステム」「歩行が困難でも楽しんで移動できるシステム」「認知症の高齢者を持つ家族をロボットを駆使して支えあう街づくり」など、最先端の研究へデザイン思考を取り入れることで、次世代型Well-beingを実現する研究開発を推進するのはどうだろうか。 また、市民、企業との交流は、住居地区、国、性別などに依存せず、メタバースを活用して仮想空間で常に集まり議論できる場を提供する。心臓の中に集まって、心臓をみながら心筋梗塞の新しい研究とともに、心臓の悪い患者、介護する家族、社会、街づくりに思いをはせる。時には、大学などに集まり直接議論する機会を提供することで、現実と仮想空間の長所を活用したCross-Reality(XR)イノベーションを実現する。

(写真4)The 2nd SXRにて月の前で議論する様子

新しい開発において市民、民間、研究者、そして行政の参加が重要であり、開始されるプロジェクトの定量的評価が必要となる。そのため、インパクト解析と呼ばれる論文、補助金、民間開発の動向など複合的指標によって経時的評価を行う。

ミライ共創型研究開発を国内だけでなく、将来的に海外へ展開することで世界規模の課題に対しても具体的連携、プロジェクト推進を実施する基盤となる。

SXRの中で一緒に月の前で、高校生、大学生、研究者、企業人などを交えて話をしてみてはどうだろうか。 著者略歴


早野 元詞(はやの もとし)。慶應義塾大学医学部精神神経科学教室および慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科特任講師。Scienc-omeを主催する一般社団法人ASG-Keio代表理事。一般社団法人海外研究者ネットワーク理事、NPOケイロンイニシアチブ理事。