アカデミアから企業へ: 米国での就職と転職

Corteva Agriscience (旧・DowDuPont)

松浦 まりこ

キャリアの多様性を特集する「海外就職のすゝめ」では、特にアカデミアから企業への転職についてフォーカスしています。米国でご活躍中の松浦さんからの就職・転職のポイントをお見逃しなく!(UJA 編集部 森岡 和仁)

私は日本の学部在学中に良い友人や先輩方・先生方に恵まれ、沢山学び、多くの機会を頂きました。その恩返しの意味も込め、UJA Gazetteにて、若い方々や留学・海外就職に興味のある方々へ情報提供したいと思います。一例として参考にして頂ければ幸いです。



アカデミアから企業に移った経緯


高校時代から研究者を目指し、学部の早い段階からアカデミアで研究に従事することを目標としていました。そのため、企業研究者という選択を考えたことは全くありませんでした。一方、学部時代に一からチームを立ち上げiGEM(international Genetically Engineered Machine)という合成生物学の大会へ参加しました。リーダーとしてのチーム運営をきっかけに、ビジネスや起業にも興味を持ちました。それでも、主軸は変わらず、大学教員として研究に従事する事が私の目標でした。

(写真1、写真2) illumina本社と周辺の環境

ビル間の移動にはillumina専用の無料シャトルバスが運行しています。本社内と本社周辺には美しい散歩道があり、小川が流れています

米国での学生・ポスドク時代もアカデミアを目指すことは変わらず、ポスドク2年目にポスドクと大学教員のキャリアの懸け橋となるHHMI Hanna H. Gray Fellows Programに応募をしました。その結果を待っている間に、IlluminaのR&D社員(後の私のマネージャー)から私の研究室宛にscientistの人材募集の連絡が入りました。企業就職など全く考えていませんでしたが、探している人材がまさに私の経験やスキルと合致し、またIlluminaという企業やビジネスへの興味、自分の研究が商品に直接結びつくという事、そして面接の良い経験になるという理由から、まずは面接に臨みました。すると思いのほかトントン拍子に事が進み、最初の連絡から1ヶ月以内に内定を頂きました。自分が選ばれるとは思わず、またここまで早く決まるとも思っておらず驚きました。他大学の教員から共同研究のお誘いを頂いていたのですが、悩んだ末、Illuminaへの就職を選びました。


最終的に企業への就職を選んだ大きな理由の一つは、自分がアカデミアで理想とするペースで成果が出ていなかった点です。アカデミア時代は自分の時間を全て研究に費やし、出来る限りの勉強と実験を行った自負があります。通勤時間の節約のため、大学の駐車場に止めた車で2-3時間の睡眠をとっていた時期もありました。それでも自分で定めた期限内には結果が残せませんでした。科学が好きで興味がある事実は変わりませんが、私はアカデミアでは科学や社会に思うように貢献出来ないのだと痛感しました。幸いにもIlluminaの面接の雰囲気が良く、直ぐに内定を頂けたことから、企業では自分のような人材が必要とされていると感じることが出来ました。企業に舞台を移せば、私の能力や経験を活かして、思ったように、もしくは理想以上に科学や社会に貢献できるのではという期待を持ってIlluminaに就職しました。



長年希望していた進路を一旦諦めるというのは大きな決断でした。しかし、企業へ入職後に後悔しても、再びアカデミアに挑戦すればよいと考えました。決断後は、今までと変わらず科学に携われる上に、自分が必要とされている新しい場所に行ける事で、希望に胸を膨らませていました。


もし企業就職を選んでいなかったら、おそらく未だに自分の研究成果と理想の差に苦しんでいたと思います。昨今のアカデミアの就職事情を考えると、ポスドク以降、アカデミアのポストを得られたかも定かではありません。私の選択は結果的には良かったと感じています(写真1、写真2)。



IlluminaからCortevaへ


Illumina本社ではprotein engineeringグループに所属し、シーケンシングの酵素開発に携わりました。パンデミック以降は、COVIDSeqの開発に関与し、2年目には昇進を経験しました。 優秀な同僚に囲まれ、沢山の事を学び、充実した2年間でした。IlluminaのR&Dには博士を持つ社員(元ポスドク・大学教員等)が多く、常に楽しく研究・刺激のある議論が出来ました。


一方で、違う分野に触れてみたい、今以上にリーダーシップを発揮できる機会が欲しいと思うようになりました。米国でパンデミックが始まる前後(2020年3月頃)から、私は他社でprotein engineeringに関与可能なポジションを探し始めました。各会社のHPやLinkedIn等の募集を見て、スタートアップから大企業まで15社弱に応募しました。幸い複数の会社からご連絡いただき、Amgen、Merck、Sanofiを含む4社は2次面接まで進みました。その後パンデミックの影響でしばらく音沙汰がなく、7月頃になってCortevaから面接の連絡を受けました。CortevaもIllumina同様に面接がスムーズに進み、1ヵ月ほどでオファーを頂きました。現在はマネージャーとして部下と共に、リーダーシップを発揮しつつ充実して働いています。



アカデミアと企業の比較(研究)


研究遂行はアカデミアの方が自由度が高いです。企業での研究はその戦略に応じて、研究対象やゴール、タイムライン等が定められます。R&Dのどの段階の研究かにもよりますが、アカデミアに比べると締め切りにはシビアです。

さらに企業では一貫性や効率を重視するため、試薬やキット等は購入し、締め切りまでの時間を試薬作りやそれらに付随するトラブルシューティング等に費やさず、より高度な作業(実験のデザインや調査等)に充てるよう工夫されています。


また、アカデミアは研究結果を論文等として発表しますが、企業の場合はその一部しか論文として公開されません。多くの研究成果は特許・トレードシークレットとして保護され、会社の成果や製品の宣伝となる場合のみ論文発表します。私も企業に移ってからは論文に関わったことは一度もありません。


企業での研究は基本的にチーム制で、各人が複数のプロジェクトに所属し、様々な人と役割分担をして共同で研究推進します。アカデミアも共同研究は多いですが、個人の研究がプロジェクトの大半を占める場合も多く、その点は企業とは対照的だと思います(写真3、写真4)。

(左:写真3) Corteva。R&Dの社員以外は大部分が未だに自宅勤務なので社内外は閑散としています。

(右:写真4) 自宅周辺。アイオワ州は自然豊かで時間がゆっくりと流れているように感じます。自宅前には池があり、春から秋にかけて様々な鳥を見ることができます。冬には雪が積もり美しい雪景色が楽しめます。



アカデミアと企業の比較(労働環境)


給与面は、企業に異動した当初は約2倍に増えました。その後約3年経過した今は、大学のassociate professorクラスと同等です。


生活面は、企業勤務の方が健康的な生活が送れています。企業では安全面から土日など周りに人がいない状況での実験は推奨されていないので、勤務時間は9時―17時で、それ以降は帰宅します。個人的には科学が好きで、よりよい仕事をしたいので、家では論文読解や計画立案など平日夜や土日も自宅で仕事はしています。それでもなお、企業勤務では十分な休息と気分転換が可能です。アカデミアにいた頃も自分で仕事量は制限出来たのですが、研究を推進したいという気持ちが強く常に働いてしまいました。

企業の福利厚生は充実していることが多いです。保険、年金、休暇に加え、会社によっては株が譲渡されたり、スキルアップの講座や学費の支援(私の会社は年に50~80万円程度)、そして様々な社内外のサービスの割引があります。

ビザ手続きは時間とお金がかかりますが、大企業であれば弁護士費用も含めほぼ全て企業側で準備・負担してくれるはずです。私の会社はH-1BやO-1、グリーンカード等をサポートしています。ただし、サポート対象は勤続年数に依存する場合もあるので、入社前後に確認が必要です。私はF-1ビザで博士課程に在籍し、その後STEM OPTを用いてIlluminaで勤務しました。幸いIlluminaがH-1Bのスポンサーとなり、H-1B抽選も通ったので、入社2年目にはH-1Bビザとなりました。アメリカで就職先を選ぶ際、ビザの支援状況を念頭に置いて選ぶのも一つの方法かもしれません。

就職・転職のポイント

IlluminaとCortevaでの採用経験と私自身の就職・転職経験の範囲で、重要と思うポイントを6つ挙げました。こちらのポイントは、UJA Noteに以前掲載させて頂いております。ぜひご一読ください。

転職の影響

転職をしたことは全く後悔しておらず、むしろして良かったと思っています。転職によって異なる分野・ビジネスの知識を得たことに加え、新しい経験・体験、そして様々な環境への適応力を養うことが出来たのが大きな収穫でした。SNSの発達した現在、他の環境(国、大学、職場等)の情報入手は簡単ですが、実際にその環境に飛び込んでみないとわからない・身につかないことが沢山あります。そのような機会を頂けたことに感謝しています。


米国企業就職・転職で苦労している点は家族の事です。外国に住む方には共通の悩みですが、家族に頻繁に会うことが出来ず、いざという時にすぐに家族の元へ駆け付けることが出来ません。私は渡米して最初の5年間は一度も帰国出来ず、祖父母をはじめ家族の葬儀には全て出席できませんでした。また、日本で行われた妹の結婚式にもパンデミックとビザの影響で参加出来ませんでした。


さらにキャリアと家庭の両立も厳しいと感じています。私には博士課程時代からお付き合いをしている男性がいますが、私のポスドク開始から約5年間ずっと米国内で遠距離(車または飛行機で6-12時間)を続けています。その理由は同じ場所でお互いの希望の叶う仕事を見つけるのが困難だからです。これはアカデミアではtwo-body problemとして知られていますが、アカデミアでなくとも、両者が納得のいく仕事を地理的に近い場所で見つけるのは難しいです。これまでの私の同僚たちを見てみても、両者が100%納得のいく仕事をしているという例は多くはありません。有難いことに私のパートナーは私が納得のいくキャリアを続けられるよう行動してくれていますが、今のところはまだ同じ地域に住めるめどが立っていません。企業やアカデミアには配偶者の仕事探しのサポートがありますが、私の場合はまだ結婚していないのでそのサポートも受けることが出来ません。



最後に


肩書きだけみると、苦労なくキャリアを積んできたように思われがちです。しかし、米国に移ってからの私の研究や進路、生活は自分で思い描いた通りには必ずしも進まない事の方が多く、自分の理想と現実との違いに常に苦しんでいました。


しかしながら、ふとしたきっかけで企業に移ってからは、自分の能力が常に必要とされ、感謝され、昇進をし、アカデミアにいた頃よりも短い就業時間で沢山の人の役に立つことが出来ました。私にとって自分が行った仕事が周りの人や社会の役に立つということ、そしてそれが目に見えてわかるという事はとても大切な事だったので、企業に移ってからは自信と幸福感がより高まりました。


若い方には肩書きや職業、他人の価値観や言動に惑わされず、自分にとって今一番大切で必要なものは何なのかを考え、自分の希望の叶う進路を選んでほしいと思います。


私も今の仕事では勿論、将来、叶えたい目標がまだまだあります。その第一歩として昨年から母校であるUniversity of FloridaのMBAプログラムに通っています。平日はCortevaでマネージャーとしての通常業務をこなし週末はMBAの勉強と忙しくしていますが、ずっと希望していたことなので毎日楽しく充実して過ごしています。


最後になりましたが、読者の皆様が希望する留学・キャリアを叶えられるように心から祈っております。質問等があれば下記の連絡先に遠慮なくご連絡ください。


著者略歴

松浦まりこ。2011年に首都大学東京 生命科学コース(現・東京都立大学 生命科学科)を首席卒業。2017年にUniversity of Florida化学科 博士課程を修了。Georgia Institute of Technology/Georgia State University にてポスドク後、IlluminaのR&D scientistを経て、2020年より現職。2021年よりUniversity of Florida MBAプログラムへ進学。

連絡先: marikomatsuura.jp.contact@gmail.com


松浦さんへもっと詳しく聞きたいことなどありましたら、ぜひ『海外就職のすゝめ』専用質問フォームより、お気軽にお問合せください、必ずご返事いたします。