京都府立医科大学 眼科
Buck Institute for Research on Aging
北澤 耕司
はじめに
2019年4月から2022年3月までアメリカ、サンフランシスコのノースベイにある、Buck Institute for Research on Agingに留学していました。ノースベイにあるMarin Countyはサンフランシスコ市内、またバークレーの方面にも車で20分ほどなので大変便利なベッドタウンです。ここには広い公園や山、湾などがたくさんあり、生活や子育てをするには最適な環境です。家賃は市内ほどで高くはないですが、オートロックのマンションだと2ベッドで4300ドル/月くらいとなり、やはり高額です。家にはアメリカらしく、共有のプールやテニスコート、BBQ設備などがあり、豊かさを感じます。
コロナの前から留学し、パンデミック開始からオミクロン株のピークアウトまで、まさにコロナ留学といえるのではないとかという経験をしました。留学が1年経とうとして、さあこれから、という時にShelter-in-place order(いわゆるロックダウン)によって、essential business worker以外は自宅生活となりました。スーパーに行くにしても長蛇の列でした。研究所は数ヶ月間、完全にストップとなりました。
今回、そんな中でも海外留学を楽しむための秘訣 ”4S(Salary, Survive, Science, Social)” について、寄稿させていただきます。
海外留学を楽しむための4S:必要不可欠なSalary
留学を志す人にとって一番の不安材料は“Salary”ではないでしょうか。
他国の経済成長に押されて日本の物価が相対的に下がり、昔よりも金銭的に厳しくなっているのが現状です。米国ではマクドナルドは1000円を裕に超え、ラーメン一杯でも2000円ほどです。そのため、日本政府また多くの一般企業や公益団体が海外留学奨学金を用意しており、それを全力で獲得していくことが良いのではないでしょうか。もちろん留学先から給料を用意してもらうこともありますが、自分で資金を獲得できると、行きたい場所を自ら選択できるので自由度は上がりますし、留学先からも信頼を得ることができます。私は日本学術振興会から支援をいただき海外特別研究員として留学しました。海外特別研究員は日本でも高額の海外助成金の1つで、コロナ禍においても色々と配慮していただき大変助けていただきました。また眼科医を対象とする助成金などもいただくことができ、経済的に大変助かりました。ここでのポイントは、自分が所属する団体にも目を向けて海外助成支援がないかを探すことです。例えば所属している大学、学会、地元の支援などです。申請対象者が異なれば、助成金獲得の競争相手が変わり、獲得できる確率が上がります。もちろんそれまでの業績が審査過程においてとても重要であるため、助成金獲得に向けた準備を前もって計画的に進めておくことが重要です。
海外留学を楽しむための4S:有意義に過ごすためのSurvive
次に、“Survive”です。言語、食事などあらゆる点において生活を変化させる海外留学はとてもストレスがかかります。そのため、いかにして自分にとってストレスが少なくかつモチベーションが上がるような環境に身を置けるかが重要になります。私は寒いのが苦手であることから米国カリフォルニア州を留学先として選択しました。研究施設は小高い丘の上にあり雲海のような幻想的な風景を見ることができます。アメリカの広大な自然を見ることで毎日テンションが上がり仕事が捗ります。またサンフランシスコにも近いため日本食材もすぐ手に入り、日常生活で困ることは一切ありませんでした。気温は夏でも25度くらいと過ごしやすく、汗はほとんどかきません。家にはプールがあって、暑い日は子供とプールに入りながら論文を読んだりしていました。
またコロナ禍では、生活地域の選択の重要性を痛感しました。私が住んでいたMarin Countyではワクチン接種が2021年1月から始まり、4月には一般住民にも開始されました。そして3ヶ月後である2021年7月時点で既にワクチン接種率は、65歳以上で98%、50-64歳で91%、35-49歳で91%、18-34歳で98%、12-17歳で88%と驚くほどの接種率の高さになりました。もちろんみんなマスクをしてCDCのガイドラインにしっかり従っています。5-12歳に対するワクチンも2021年12月から開始し、現在(2022年3月時点)78%の接種率となっています。学校や地域のマスク着用のルールなども常に地域の保険局が住民とZoomなどで対話しながら感染者数に応じて迅速に変更していくため安心して生活できました。
私は、この “Salary”や“Survive”がとても重要であると考えています。衣食住が安心また安定しないと、本来の目的である研究にも集中できなくなります。自分また家族(妻、子供など)が納得できる環境を手に入れることが留学生活を充実したものにできるの近道ではないかと考えています。
海外留学を楽しむための4S:Scienceの眼を養う そして次に”Science”です。少し私が所属している研究所についてお話ししたいと思います。私が所属するBuck Institute for Research on Agingは老化研究に特化した、米国唯一の老化研究施設です。様々な研究室が老化についてアプローチしています。
約300人の組織で大学ほど大きくありません。施設全体が一つのコミュニティで、研究所全体でのクリスマスパーティーを始め、多くのイベントが頻繁に開催されていることもあり、ほぼ全員の顔と名前が一致し、カフェテリアではいつもいろんなラボの人と一緒になってランチを食べます。また、ジャーナルクラブや研究発表会は研究所全体で行われており、お互いの研究内容を知る機会が多く、そのため施設内共同研究も盛んです。最近では、研究所の複数のPIが共同でN I Hから数十億もの研究費をいくつも獲得しており、研究の加速化に繋がっています。
私の研究室では、細胞老化のメカニズムや様々な老化細胞の性質解析、また老化細胞をターゲットとした新規バイオマーカーや治療薬の開発など、細胞老化に関わる本質的なことから臨床応用に近いことまで幅広く手掛けています。私は眼科医であるため、眼の様々な細胞を用いて老化細胞の性質を解析しています。老化研究の分野において、”眼”はかなり注目されている臓器で、眼科医であるということがとてつもなく専門性の高いことであり、自分の武器であることを改めて感じています。
海外留学を楽しむための4S:留学最大の成果のためのSocial
そして最後に”Social”です。個人的にはこれが”4S”の中で最も大切なことであると考えています。留学はゴールでなく始まりにしかすぎません。特に日本人の場合、数年間の留学後に帰国することが多いため、帰国後を見据えて留学先、また留学生活を送る必要があると常々感じています。
例えば、高額な機械やその研究室でしか使えないメソッドやマテリアルがあったとします。それを日本でも継続して使用できなければ、そのプロジェクトを続けることはできず、留学中と留学後のプロジェクトがうまくリンクしません。そうなると留学先で得た業績がその後のキャリアにうまく繋がりません。そして当然、日本でキャリアを積む場合は留学時の業績よりも留学後の業績が重要視されます。
そうなると、留学中に何をするかより、留学後に何をするか考え、そのために留学中にするべきことをすることが重要ということになります。 私の場合は、ボスは細胞老化の世界的な権威でありますが、眼科医ではなく眼科の研究はこれまでにしてきておりません。いわば私の持ち込み企画でスタートした留学でした。
帰国直前にボスの家で家族と一緒に食事をした時に「なぜ、面識がなかった、しかもただの眼科医であった、私を研究室に受け入れたのか?」と興味本位で聞きました。世界中から研究室への受け入れ依頼がひっきりなしに来るのに、なぜ私を?という疑問がずっとあったからです。返ってきた返事は次の通りでした。
1:“眼”という分野がボスにとって新しく興味があった
2:履歴書と推薦書
3:情熱
1についてはこれまでも様々な議論をしてきている中、ボスが”眼”に興味を持ってくれているのはわかっていましたが、2の履歴書や推薦書を意外に細かくみていたことに驚きました。ただもっと驚いたのは3の情熱が最終的な決め手であったこと。これを聞いた時に、これまでの留学の苦しかったことを走馬灯のように思い出して、一気に報われた気がしました。
留学当初、眼の研究について拙い英語で必死にプレゼンテーションをして、ちゃんと伝わっているのかどうか不安に思う日々が続いていました。それでもデータを見せれば伝わるんだ、という必死の思いで実験を重ね、論文を読み、様々な提案をし、研究所内の他のPIとも独自に共同研究をしてみるなどアピールをし続けたことは間違っていなかった、と感じた瞬間でした。言語の壁は自分が思っていたよりは低く、日本でこれまで学んできたことをそのまま出すだけで良い、ということを再認識できました。
また、これまでの他のPIとの共同研究のおかげで、研究所内での私のポジションが確立し、帰国後も客員研究員として一緒に研究を続けることができることになりました。特に、コロナ禍で進んだオンライン会議の標準化のため、研究する場所の制限は大幅に改善されました。実際にミーティングは毎回Zoomのみもしくはハイブリッドになり、研究室に一切こなくなったPIもいます。例えば、研究室がカナダにありボスはサンフランシスコにいるとか、またその逆など。そしてそのおかげで、日本とこれまでの研究を継続することもできましたし、またオンラインによる多くの共同研究ミーティングに参加することによってコラボレーションの枠が広がり、今後にもつながる友人や仲間がたくさんできました。これこそが留学の最も大切なことであり、一番得るべきことだと強く思います。
また強い絆を得るためには、やはり自分らしさが重要で、自分の研究に対する考えや方向性をきちんと提示することが大切になります。そうすることで、留学中の一時的な繋がりではなく、帰国後も見据えた繋がりができます。これがまさに”Social”ということになるのではないでしょうか。
また、1年ほど前からPodcast・Spotifyで最新の眼科論文の紹介を始めました。”朝まで勝手に勉強会”というタイトルで、友人と2人で週3回配信しています。最近では、論文紹介だけでなく、海外留学の現状や研究の進め方、キャリア形成など様々な話題を取り上げて議論しています。自分が得た経験や研究の面白さをできるだけ若い人にも伝えて、なんとか日本全体を盛り上げることに貢献できればと考えて活動しています。
最後に
海外留学、特に米国留学では、英語の面でのハンディによって多くの苦労がありました。しかし、それ以上に留学の成功には言語以外の問題が大きいように感じます。基本的なルールやシステムがわかれば、あとは日本でやっていたことを実行すれば問題ありません。“自分で考え、問題があればそれを解決するためにあらゆる方法を考える”。当たり前のことを当たり前としてやっていくことが必要であり十分でもあると思いました。
日本人は概してpositiveな印象を持たれています。Japanといえば、clean、diligentなどと表現され、語学面で不利になることが多い中、日本人の存在が大きいことを痛感します。これは多くの日本人がこれまでに世界で活躍してきたからだと思いますし、自分の中にもそのような日本人としての文化が根付いているからだと思います。挑戦していくことは最大の武器で今後も挑戦を続けていきたいと思います。
謝辞
本留学に際し、日本学術振興会、日本アルコン株式会社、日本アイバンク協会、京都府立医科大学眼科学教室の先生方に多大なご支援をいただき、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
著者履歴
北澤耕司。2004年京都府立医科大学卒業し、初期臨床研修医を経て眼科学教室に入局。数多くの眼科手術を執刀する一方、京都大学iPS細胞研究所に国内留学し、角膜上皮細胞のダイレクトリプログラミングに成功。その後、バプテスト眼科クリニック診療部長、京都府立北部医療センター眼科医長を経て、2019年より米国Buck Institute for Research on Agingに留学。2022年4月より京都府立医科大学眼科学教室特任助教。
Twitter: @kojikitazawaeye
E-mail: kkitazaw [at] koto.kpu-m.ac.jp
Podcast/Spotify: ”朝まで勝手に勉強会”
2021年より坪井孝太郎とPodcast/Spotifyで眼科の最新論文や留学・研究・キャリアに関する話題などをテーマに「朝まで勝手に勉強会」を週3回配信中。
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