海外でNGOを一人で立ち上げてみた (第1回)

更新日:11月18日

認定NPO法人テラ・ルネッサンス

創設者・理事 鬼丸昌也

はじめに


2001年、大学4年生だった私はテラ・ルネッサンスというNGOを設立しました。設立するきっかけは、カンボジアの地雷除去現場を訪れ、地雷で手足を失った人たちとの出会いを通じて「いったい自分に何ができるのだろう」と考え、その体験や経験を多くの人々に伝えたいと考えたことでした。それから20年が経ち、カンボジアでの地雷除去支援にとどまらず、地雷埋設地域での村落開発や、ラオスにおけるクラスター爆弾の不発弾処理支援、ウガンダやコンゴ、ブルンジでは元子ども兵の社会復帰支援を行うなど、様々な支援活動を行えるようになりました。こちらの記事では全3回に渡って、私のこれまでの活動やこれからの活動について紹介してゆきたいと思います。



高校3年生の時のスリランカでの出会い


テラ・ルネッサンス創設の原点は、高校3年生の夏にスタディツアーに参加し、初めての海外旅行先として訪れたスリランカでの運命の出会いでした。それは、スリランカ最大のNGO「サルボダヤ運動」創設者、A.T.アリヤラトネ博士との出会いです。


サルボダヤ運動は、貧しい人々を支援をするだけではなく、住民自らの「可能性」を引き出すために、住民自身に自らの村の課題を討議させます。その上で、課題に対して自分たちに何ができるのか決めさせるのです。

(写真1)アリヤラトネ博士(左)と筆者(中央) 

主体性を持って自らのコミュニティを成長させていく。その理念と手法が共感を呼び、多くの村やコミュニティで実践されるようになりました。



サルボダヤとは「すべての人の目覚め」を意味します。団体の名称が、まさに理念そのものをあらわしているのです。


スタディツアーの最終日、アリヤラトネ博士を迎えてのフェアウェルパーティーで、思い切っていろいろな質問を投げかけました。その中で、アリヤラトネ博士が、次のような言葉を述べられました。



これからの社会は君たちのような若い人たちがつくりあげていくんだ。もし、君が何かを始めようとするときに、特別な知識や、特別な財産などはいらないんだよ。ただ、次の言葉を覚えていてほしいんだ。すべての人に未来をつくる能力があるんだよ。だから、どんな人にでも可能性に満ちているんだ。”


この言葉が僕の運命を決めることになります。誰にでも、つまり、私にも未来をつくる能力がある。「僕も世界を変えることができる」という気づきは、何に変えても大きなものでした。



大学4年生で訪れたカンボジア


大学4年生のときに、所属していたNGOの活動でカンボジアを訪れました。当時の私には長い内戦の影響で疲弊した国だというイメージしかなかったカンボジアですが、実際に訪れてみると、人々の笑顔に力強さを感じました。たくさんの観光客を貪欲に受け入れようとする意欲、たくましく商売に取り組む人の姿や、購入を呼びかける人々の声が市場に溢れかえっていました。その力強さに惹かれていたのですが、その後に訪れた地雷原での体験が、その後の僕の人生を変えることとなります。


初めて訪れた地雷原は不思議なぐらい静かな空間でした。


通常、私たちが生活している空間にはさまざまな「音」があるはずです。 食事をする音、家族や友人、恋人と語らう楽しい声など多様な「音」が響きあい、人の営みを実感することができます。しかし、地雷原にはその「音」がなかったのです。その静寂の中で鳴り響くのは、金属探知機の「ピィー」という甲高い音と地雷除去要員の息遣い、そして発見した地雷を爆破するときの乾いた音だけです。人間が生きているという実感がまったくしない空間に私はすっかり驚いてしまいました。数々の地雷が、子どもを含む多くの人たちの手足そして命さえも奪っていく現状を見た時「自分に何ができるのだろう」と考えてみたのです。けれども、何も思い浮かびません。



義足ランナーの言葉


心の中でぐるぐると答えを求めて「問い」をめぐらせているとふっと心の中に言葉が浮かびました。

(写真2)クリス・ムーン(右)と筆者(左)

変えられないものなんてない。なんだって可能だ。僕たちはいつだって、自分のやれる限りのことをめいっぱいすればいい。”



地雷廃絶運動家であり、義足のランナーとして長野冬季オリンピックの聖火の最終ランナーを務めたことで有名なクリス・ムーンさんの言葉でした。


不幸なことに、彼は地雷除去団体で勤務しているときに、地雷に触れ右手足を失いました。しかし彼はその状況を嘆くのではなく、地雷で手足を失った自分だからこそ「地雷問題」に立ち向かえると決心するのです。彼にとっての「地雷問題」と立ち向かう方法とは「走ること」でした。懸命にリハビリに励み、1年後には母国イギリスで開催されるロンドンマラソンに出場して、義足でありながらフルマラソンを5時間29分で完走する偉業を成し遂げます。その後も、地雷廃絶と人間の可能性について、世界の各地で走りながら訴えていました。

(写真3) カンボジアでの地雷除去支援の様子。

クリス・ムーンの優しくも強い言葉は、僕に呼びかけるのです。


「今の自分に何ができるのだろう?」



多額の寄付ができるような資産家でもなければ、地雷除去の特殊な技術を習得しているわけでない。しかも英語を話すことができないという、致命的な弱点を抱えているそんな私に何ができるのか。


心のなかでぐるぐると思いを巡らせていると、再びアリヤラトネ博士の「すべての人に未来をつくる能力がある」という言葉が浮かんできました。


私も未来をつくることができる


そう。私にも未来をつくる能力があるのです。私にも、地雷問題の解決のためにできることがあるはず。

(写真4) 設立初期の鬼丸の講演の様子。当時はOHPを利用しての講演だった。

できないことではなく、できることを探そうと考え方を変えた時に思いついたのが「伝えること」でした。


まずは「地雷が人々にどれだけ恐ろしい被害をもたらしているか」を多くの人たちに知ってもらわないといけません。問題を問題だと、認識してもらわないと、その問題を解決しようとする「力」が生まれてこないのです。だからこそ、私の見てきたカンボジアでの地雷原の様子、地雷被害者の悲しみにあふれた声を伝えたいと思ったのです。たとえ上手ではなくても、自分にでも話をする力はあるはずと信じて。


(写真5) 創設20年で約20万人に平和に関する講演を実施。

当時ボランティアとして関わっていたNGOやNPOで知り合った方々にお願いをして、私が見てきたカンボジアの様子を紹介するための報告会を開催してもらいました。わずか10名ほどの報告会でしたが、2001年中に90回を講演をすることができました。聴衆の方の中から「活動を応援したい」、「一緒に活動したい」と仲間が増えて、2001年10月にテラ・ルネッサンスを設立することになりました。アリヤラトネ博士の言葉が私の背中を押し、世界に向き合う勇気を育んでくれたのでした。(第2回へ続く)




著者略歴 


鬼丸昌也(おにまるまさや)。認定NPO法人テラ・ルネッサンス理事・創設者。1979年、福岡県生まれ。立命館大学法学部卒。2001年10月、大学在学中に「全ての生命が安心して生活できる社会の実現」をめざす「テラ・ルネッサンス」設立。2002年、(社)日本青年会議所人間力大賞受賞。地雷、子ども兵や平和問題を伝える講演活動は、学校、企業、行政などで年100回以上。遠い国の話を身近に感じさせ、一人ひとりに未来をつくる能力があると訴えかける講演に共感が広がっている。