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博士留学という選択肢

カリフォルニア大学バークレー校

苅田 裕也


はじめに

仕事終わりに同僚とビール。筆者中央。

留学とひとくちに言っても、手段や時期はさまざまです。語学留学に研究留学、ワーキングホリデーという方法もあります。高校生と社会人の留学では目的も効果も違ってくるでしょう。いずれにせよ、海外で挑戦する経験は何ものにも代えがたく、あなたの考え方やキャリアに大きく影響を与えること請負です。一方で、日本を離れる不安や資金面で躊躇している人も少なくないと思います。


博士課程への進学も、キャリア上の大きな選択です。学部4年、修士2年のあと、さらに3年ほどかけて研究に従事します(アメリカの場合、修士+博士で約5年)。集中して研究と勉学に没頭できる時間は貴重ですが、収入や学費、就職の遅れを不安に感じる人もいるでしょう。


留学と博士進学のいずれも人生の大きな転機になり得ます。そのぶん、迷い、吟味すべき選択です。この寄稿では、博士号取得のための学位留学について、そのメリットや苦労をお話します。博士留学を迷っている方々の一助になれば幸いです。また、UJAのnoteにて、アメリカの博士課程への出願準備についても寄稿しました。特に、準備不足を理由に悩んでいる方に読んでもらえると嬉しいです。



博士留学のメリット


博士留学のメリットを論じるために、博士・留学・博士留学の3つの利点をそれぞれ分けて考えてみます。まず手始めに、博士と留学のメリットはなんでしょうか。


①博士


博士号は研究能力と専門性の証明になります。研究職に就くためには必須になることが多く、海外でその傾向はより顕著です。修士と博士では明確に待遇が異なり、給料やポジションに影響します。一方、日本では企業内で新卒から教育する傾向があるため、博士号のメリットは比較的小さいかもしれません。ただそれでも、海外のクライアントとやり取りする上で肩書の威力は大きいと聞きます。日本企業に就職する場合であっても、研究部門やグローバルな職種を希望するのであれば、博士号はプラスに働くでしょう。


②留学


留学のメリットは人それぞれですが、語学能力と考え方(価値観)への影響が特徴的だと思います。語学に関しては言わずもがなです。特に、会話や議論の能力は留学で大きく伸びるでしょう。考え方への影響は人に依ります。少なくとも自分には、日本というほぼ単一民族の島国から海外に出てマイノリティとなる経験は大きな衝撃でした。海外の文化を肌で感じることで、日本の社会や文化を相対的に見ることができ、視点が拡がります。また、アウェイな環境で生活することで精神的に鍛えられる面もあります。


③博士留学


では、博士留学するメリットはなんでしょうか。ひとつは、単純に研究室の選択肢が拡がることです。日本の大学の地位は近年低下しており、アジア内に限っても中国・シンガポールに水をあけられています。また、日本の研究室が得意でない分野もあります。海外に目を向けることで、自分の興味に適した研究室に進学でき、よりよい研究環境に身を置くことができます。


次に、海外での(ポスドクを含めた)就職のしやすさです。多くの国では卒業後に就労ビザが手に入ります。また、就学中のインターンやネットワーキングによって人や企業との繋がりを得ることができます。特にEUやアメリカではコミュニティ内の交流が盛んで、現地で多くのセミナーや会食の機会に遭遇できるでしょう。


最後に金銭面でのサポートです。国や大学にもよりますが、多くの場合、博士学生には授業料と健康保険料に加えて給料が支払われます。日本で就職する場合と比べても遜色ない金額で、金銭面での不安はだいぶ解消されます。


以上が私が考える博士留学のメリットになります。「博士留学」は「博士」と「留学」のメリットを一挙に享受できるところがミソです。もちろん、日本の博士課程に進学して、短期留学やポスドク留学をする手もあり、そちらも素晴らしい選択です。自分にあった選択肢を吟味するなかで、ぜひ博士留学も一考してみてください。



つらいよ、博士留学

大学のアメフト試合前のマーチング。

博士留学も良いことばかりではありません。そもそも博士課程自体に、半人前のまま手探りでもがき苦しむ辛さがあります。そこに、留学の困難が上乗せされるわけです。


そのストレスは独特で、学部留学やポスドク留学とはまた違った辛さがあるように感じます。現地の学生でさえ中退する人は少なからずいますし、留学生となると、精神的に落ち込んで鬱になってしまう事例も聞きます。



まず私がつらかったのが、語学の壁です。母語のように議論することは当然できませんし、学習や研究効率も下がります。自分は「もっとできるはずだ」という気持ちとは裏腹に、考えをアウトプットできないもどかしさは大きなストレスでした。


語学の壁は人間関係にも影響します。機微を表現できないために会話が表層的になりがちで、深い人間関係が築きにくいように感じます。また、アメリカの博士課程は5〜6年(日本の修士+博士)の長丁場であり、日本の友達や恋人と疎遠になることもあります。



研究成果や成績のストレスに関してはqualifying exam という試験が顕著です。これは落第すると退学になる一大試験です。私の学科では、研究計画を板書(chalk talk)で1時間発表したあと、関連知識の質問を受ける形式でした。


試験直前は夜も休日もなく、発表練習に関連知識の勉強にと苦しんだ記憶が今も生々しいです。重要な試験であるため、学生が合格するとパーティーでお祝いするのが慣例になっていました。



博士留学のお金事情⁉


海外(アメリカ)の博士学生は授業料と健康保険料に加えて給料がもらえます。給料は(しばしば高額な)家賃や生活費をまかなっても余裕があるくらいにはもらえます。ただし、注意が必要です。これらの支出は所属する研究室のPIが賄うのですが、研究室の懐次第では、学科が定める給料を払えない事があります。この場合、学生は授業を担当(Teaching assistant, TA)することで、自分でお金を稼がなければなりません。ここで、貯金があるから給料はいらない、という選択肢はありません。


TAの頻度は分野や大学で大きく異なりますが、一般に理論系や公立大学では多めにTAをやる必要があり、実験系や私立大学では財源に余裕がある印象です。TAの時間拘束は厳しく、週に20時間ほどを準備・授業・採点などに費やす必要があります。つまり、自分の研究・勉強時間の50%ほどを割かなければなりません。


TAの経験はアカデミアに就職するうえでは重要ですが、可能な限り減らして研究に集中したいところです。そこで重要なのが、自分で奨学金を獲得できるかということになります。留学生を給付型奨学金で支援する財団は多くあります。奨学金の獲得はTAの減少=研究時間の増加につながるとともに、自分の業績にもなります。UJAのwebsiteでは奨学金についてのデータベースが公開されています。ぜひ活用して応募してみてください。



最後に

大学の図書館前の芝生と息子。

博士留学はポスドク留学や学部留学とは違った経験ができます。よく言われることですが、短期の留学では「お客さま」として扱われがちです。


博士学生は指導教官にとって直属の弟子になり教育の業績としても評価されるため、より緊密な指導を受けることができます。また、海外大学院の授業やTA、入試などの状況を内部から知ることができるのも貴重な経験です。



留学は短期的には日本の頭脳の流出と称されることもあります。ですが、長期的には知見や経験が還元され日本の社会にとってプラスになるはずです。


そのためには、UJAが目指している在外日本人研究者の縦横のつながりが不可欠だと考えます。周りの支援があって実現した留学ですので、私も微力ながら経験を後輩に伝えていければと思います。




著者履歴

苅田裕也。2016年東京大学物理学科卒。2022年にカリフォルニア大学バークレー校にて生物物理学PhD。同年冬より、ドイツのマックスプランク進化生物学研究所(プレーン)にて研究員。専門は微生物の集団ダイナミクス、進化、共生、流路実験。





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