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サイエンティストのアメリカ企業就職

Guardant Health, Inc.

Senior Bioinformatics Scientist

成相直樹


現在 Guardant Health というアメリカ企業にて、研究開発に関わっています。患者さんの血液に含まれるがん細胞由来の cell free DNA (cfDNA) を解析して、より早期にがんを発見・治療することを目的としています。


私は日本の大学院修士課程を修了した後、アメリカの大学院に留学しPh.D. を取得しました。その後、日本に帰国し民間企業に就職したものの、数年後に日本でアカデミアへ就職し、再渡米して紆余曲折を経て現在に至ります。前職を合わせると約 5 年間アメリカ企業で研究開発に関わっていることになります。本稿では私がどういう経緯でアメリカ企業に就職することになったのか、そしてサイエンティストがアメリカの企業で働くことがどういう感じなのか、読者の皆様にお伝えできればと思っています。



バイオインフォマティクスを学ぶためにアメリカ留学


日本の学部と修士課程ではコンピュータ科学を専攻し、バイオインフォマティクスの研究室に所属していたのですが、バイオインフォマティクスの本場であるアメリカで博士号を取りたいと考えBoston Universityに大学院留学しました。


大学院の授業は最初の1年間はとても忙しく、同級生と一緒に宿題をしたり、夜遅くまで図書館でテスト勉強したのは良い思い出です。アメリカの理系大学院博士課程では、通常1年目は奨学金から学費と給料が出ますが、2年目以降はティーチングアシスタント(TA)をやるか教授のリサーチアシスタント(RA)として雇用されることで学費と給料をもらいます。


私の場合、幸運にも日本での指導教官と知り合いだった教授からRAをもらえることになり、大学院生を続けることが出来ました。博士課程の研究はとても楽しく、成果も順調だったのですが、アカデミアの世界で生きて行くほどの自信が持てず、また英語への苦手意識もあり日本での民間企業就職を選びました。



日本での企業就職、そしてアカデミアに戻る


日本での就職先として、外資系金融機関を選びました。中学生の頃から日本経済新聞を読んでいて、金融マーケットがどのように動いているかに興味があったためです。仕事内容は顧客が取りたいリスクとリターンに合わせて債券、為替、金利、デリバティブ等を組み合わせた金融商品を作ることでした。就職するまでは全く金融の知識が無かったため、日々新しい知識や経験が得られることがとても新鮮でした。


この頃、ゲノムの世界では革新的な変化が起こっていました。次世代シークエンサー(NGS)により、ゲノム解析の費用が急激に下がり、個人、さらには集団レベルのゲノム解析が現実的になりました。それに伴って、NGSから産出される膨大なデータを効率よく解析するバイオインフォマティクスの需要が高まってきていました。ちょうど大学時代の友人から科学技術計算を専門とするスタートアップ企業に誘われたため、思い切って外資系金融機関を退職しました。金融の世界は刺激的で楽しかったものの、サイエンスにもう一度関わりたくなったのです。


勤務の合間に、大学時代に所属していた研究室にも顔を出して、NGSデータの解析方法を学びました。しばらくして、その研究室の先輩が東北大学に異動することになり、数ヶ月後には私も助教として移籍することになりました。東北大学には3年間在籍し、日本人1,000人の全ゲノム解析を行って日本人に特有なゲノム変異を明らかにするプロジェクトなどに関わりました。



再渡米して、アカデミアからアメリカの企業へ

イルミナ本社キャンパス。昼休み時間にビーチバレーをやったり、社内のジムに行く社員もいる。

東北大学のプロジェクトが落ち着いてきて、もう1度アメリカでサイエンティストとしてチャレンジしようと考えました。そこで公募が出ているポジションにいくつか応募して、3箇所から内定をもらうことが出来ました。


家族のためにも住みやすい環境と給料を考慮に入れて、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のポジションに決めました。UCSDではそれなりに論文は出ていたものの、自分がアカデミアで続けていきたい研究テーマというものがなかなか定まらず、アカデミアでPIとして生きていくという覚悟が決まらない状況でした。



UCSDに来てから1年半くらい経った頃、Illuminaのサイエンティストから突然連絡があり、「空きポジションがあるので、応募しないか。」と誘われました。


彼は過去に偶然、私が東北大学時代に出版した論文を読んだことがあり、何度かメールでやりとりをしたことがありました。ちょうどタイミングも良く、その前年から進めていたグリーンカード申請によって労働許可証(EAD)を受け取った所で、アメリカ企業、特に Illuminaでサイエンティストとして働く事にも興味があったので、応募することにしました。そこから電話面接、本社での面接に進み、無事に内定をもらうことが出来ました。



アメリカ企業への入社と転職


Illuminaに入社した当時、バイオインフォマティクス部門には合計で 30人以上のサイエンティストが所属していました。私たちのチームは変異コールのアルゴリズムの設計及び C++ による実装がメインの仕事でしたが、ソフトウェアが設計通りに動作しているかどうか検証するテストチーム、マーケティングチーム、顧客対応を行うチーム等とも協力して働いていました。さすがは大企業、製品開発を効率良く行う体制が整っているなと感じました。


入社から約4年間が経った所で、そろそろ別のテーマに取り組みたいと考えるようになりました。ちょうどその頃、入社以来ずっと一緒に働いてきた上司が別の部署に異動することになったので、これをきっかけに転職活動をスタートしました。

現在は自宅からリモートワークをしている。他にもリモートワークする同僚は多い。

転職活動では自分が興味がある会社のウェブサイトを調べたり、Indeedなどの情報サイトを使って空きポジションを調べました。いくつかのポジションについては知り合いが働いていたので、内部推薦をしてもらいました。LinkedInで私の履歴書を見た社内人事担当者から連絡が来て、そこから応募したこともありました。


選考の過程は、最初はhiring managerとの電話面接があり、次にZoomにて数人との最終面接が行われました。転職活動を開始してから約1ヶ月後、2社から内定をもらうことが出来ました。待遇などの交渉をした後、仕事内容が一番面白そうな Guardant Health に決めて、2021年8月に転職しました。


私が所属するチームは、会社が持っている10,000以上の血液検体を利用して、cfDNAデータからがんを検出する機械学習のモデルを開発しています。関連するチームで集まってジャーナルクラブで論文紹介をしたり、学会に参加する機会もあります。チームの同僚は本社があるベイエリア在住が多いですが、私と同様にリモートワークをしている同僚も居ます。



就労可能なビザを持っているか?


アメリカ企業に応募する際には「就労可能なビザを持っているか?」と必ず聞かれます。通常、内定を承諾してから2-3週間以内に働き始めることが求められるので、就労可能なビザを持っていない場合はその時点で選考対象から外れる事が多いです。


ビザの問題をクリアする最も一般的な方法は、アメリカで大学院を修了してから1年以内に就職することです。この場合、OPTという身分で2-3年間、採用された企業で働くことが出来て、会社はこの間にH-1Bビザかグリーンカードを提供してくれます。


次に多いパターンは、私の様にアメリカ留学中に自分でグリーンカードを申請して取得することです。もしあなたが J-1かH-1Bビザで米国留学をしていて、将来もしかしたらアメリカ企業で働く可能性がある、という場合はなるべく早くグリーンカード申請の準備を開始することをお勧めします。



アカデミアと企業の研究職の違い


アカデミアでは研究室主催者(PI)が獲得した研究費によって、その研究テーマに沿った研究を行い、研究成果を論文という形で発表することが主な成果となります。それがPIにとっては次の研究のための研究費に、サイエンティストにとっては次のポストの獲得につながります。この好循環が続く限り、PIの研究テーマの選択や、サイエンティストの日々の研究業務は比較的自由度が高いと言えます。その代わり、PIは研究費を獲得し続けなければならず、その下で働くサイエンティストは、PIの研究費が切れた場合は別の場所でPI職に応募するか、別のポジションを探す必要があります。


企業の研究職は、企業の製品(薬、機器、ソフトウェアなど)開発、あるいは将来の製品につながる研究を行うことで、現在もしくは将来の会社の収益に貢献することが求められます。従って、サイエンティストが行う研究は会社(経営陣)の方針に沿ったものである必要があり、仕事の成果は、論文よりは特許、製品、チームへの貢献度が評価されることが多いと感じます。


個人による研究テーマ選択の自由度はアカデミアよりは低いと言えますが、日々の研究活動により、世の中に出る製品やサービスに貢献できる、というやりがいがあります。キャリアパスとしては、Ph.D.新卒、もしくはポスドク後にindividual contributor (IC)として入社し、その後、昇進して管理職として部下を監督するようになるケースが多いですが、ICのまま専門家として部下をもたないまま昇進していくケースもあります。



企業サイエンティストの待遇


アメリカ企業におけるサイエンティストの待遇は、会社にもよりますが、基本給、ボーナス(現金)、株(RSU)によって構成されています。面接が終了し、内定通知が出る段階で、待遇が提示されます。


職種、職位、勤務地などにより会社の基準はありますが、応募者が現在もらっている給料、他社からの提示内容を基に、交渉する事が可能です。ボーナスは例えば基本給の 10%、などとあらかじめ役職によりターゲットレベルが決まっています。


RSUは入社時と、本人の業績によって毎年1回、まとまった額が支給されますが、すぐに株として売却できるわけではなくて、支給された時点から毎年25%ずつ、4年間に渡って株として譲渡される、という形になっています。福利厚生としては、医療保険などに加えて、確定拠出型年金(401k)のマッチ制度があり、例えば基本給の6%以上を従業員が401kに拠出すれば、会社が3%追加で拠出してくれる、という制度があります。


上記の様に、ボーナスや福利厚生は基本給の金額が基本になっていることが多いので、就職や転職の際にはなるべく高い基本給を出してもらえるように交渉するのが良いと思います。


バイオインフォマティクスのポジションは、基本給で、Ph.D.新卒で$110,000以上、ポスドク経験ありで$130,000以上、といったところだと思います。これに加えて、入社時と毎年1回、ボーナスとRSUが支給されます。会社によってはボーナスや株の支給が無い場合があるので、内定通知をもらった際に良く確認するべきです。



ワークライフバランス

会社のイースターのイベントにて。長女は日本で生まれ、長男はアメリカで生まれた。

私はアメリカ企業は働きやすいと感じています。勤務時間は大体、朝9時から夕方4時までで、夕方5時にはほとんどの人が居なくなります。仕事が終わってから会社の人と飲みに行ったり、会社のイベントを休日にやったりすることはほぼありません。プライベートの時間、家族との時間を、お互いに尊重しあっている印象があります。


看護師の妻とは日本の企業で働いている時期に結婚したのですが、当時はお互い仕事が忙しく、平日はほとんど顔を合わせる時間がありませんでした。


私が転職して東北大学で働いている時に第1子が誕生したのですが、私は仙台に単身赴任しており、育休を取ることもなく、東京に居る家族になかなか会えない日々を送っていました。再渡米後、当初は単身赴任だったのですが、1年後に妻が仕事を辞めて、やっと家族がサンディエゴに集合しました。



Illuminaで働いていた時に第2子が誕生し、この時は6週間の育児休暇を取り、ゆっくり家族と時間を過ごすことが出来ました。長男が2才になったところで妻はこちらで看護師としてフルタイム勤務に復帰しました。


しばらく毎日が順調に回っていましたが、2020年3月、コロナの影響によりオフィスが閉鎖され、在宅でリモートワークとなりました。こどもたちの学校と保育園も閉鎖されたため、家でこどもたちの勉強を見たり、食事を作ったりする時間が必要になりました。この時は幸いにも理解のある会社と上司に恵まれて、仕事と家庭のバランスに葛藤しつつも何とかコロナ禍を乗り切ることが出来ました。



終わりに


私は日米でアカデミアと企業を行ったり来たりしてきましたが、それぞれの就職、転職のタイミングにおいて、自分や妻のキャリア、居住地、時間の使い方など、選択に悩む時期がありました。これまでの自分の選択がベストだったのかどうかは分かりませんが、過去のキャリアそれぞれにおいて、新しく学べることがありました。進路に悩むことがあっても、その時に自分がベストだと思う選択をして、新しい環境で学び続ければ、次のキャリアにつながると考えています。


今は気候に恵まれたサンディエゴで家族が一緒に暮らしながら、私と妻はそれぞれやりがいのある仕事が出来ているので、とても幸せです。私はしばらくは企業のサイエンティストとして働き続けると思いますが、また将来、何らかの形でアカデミアで研究と教育に関わることができたら良いなと思っています。



著者略歴


2003年、東京大学理学部情報科学科卒業。2005年、東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修士課程修了。2010年、Boston University博士課程修了(バイオインフォマティクス)。民間企業を経て、2012年から2015年まで東北大学助教。2015年から2017年まで University of California, San DiegoにてAssistant Project Scientist。2017年から2021年までIlluminaにてBioinformatics Scientistとして勤務。2021年8月より現職。


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