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10年越しで獲得したアメリカPIポジション

テキサス大学エルパソ校

青柳 洪作 (あおやぎ こうさく)

はじめに


私は日本で理学療法士として臨床経験を8年半積んだのち渡米し、2013年から2019年まで修士課程および博士課程学生として、2019年から2022年までポスドクとして慢性腰痛・膝痛患者における中枢性疼痛に関する研究に従事しました。そして2022年秋にTeture-Track Assistant Professorとしてテキサス大学エルパソ校への赴任が決まり、研究主宰者(Principal Investigator:PI)として自分の研究室を持ちました。


本稿ではこれまでの道程のりについて紹介したいと思います。特にPIのポジションを獲得するにあたり、ウェブ上には有用な情報が少なかったので、できるだけ具体的に紹介していきたいと思います。アメリカでPIになることにご興味のあるる方にとって多少なりとも参考になれば幸いです。



動機・人生の分岐点


今から遡ること約10年以上前の2012年、私は福岡市の総合病院で理学療法士として勤務していました。当時は毎週通院する患者さんが満足できる治療を施すことができず、不甲斐ない自分に落胆すると同時に慢性痛治療の限界を感じていました。幅広い臨床経験を積むに従い、痛みのメカニズムの複雑さと奥深さを体感するようになり、科学の進歩に伴った新しい治療方法を開発する必要性を強く認識しました。また一方で、理学療法士の地位向上の必要性も実感していました。理学療法士は、その専門性から痛みの治療において患者さんに最も近く、医療チーム内でも重要なポジションにあるにも関わらず、医師へなかなか進言できないなど影響力が低いという問題がありました。

日々の診療の中で次第に「このままではいけない」という思いが強くなり、アメリカに留学することが自分にとっての次のステップであると分かるまでにあまり時間はかかりませんでした。慢性痛の最先端研究の多くはアメリカで行われており、現地で研究トレーニングを積み博士号を取得することで信用ある立場に就き、かつ将来的にインパクトのある研究ができるかもしれないという結論に至りました。そして、最終的には慢性痛治療の発展に繋がり、患者さんへ還元できるような研究を行いたいという目的ができました。


アメリカの大学院生時代  


2013年に渡米し、イリノイ大学シカゴ校のリハビリテーション科学修士課程(Master in Rehabilitation Science)に入学しました。この大学を選んだのは、非特異的腰痛・膝痛という原因が特定できないため有効な治療がなく、慢性的な痛みを訴える患者さんを対象とした研究を積極的に行っているPIがいたからです。


コネなし、業績なしに加え、英語力なしで飛び込み、現地では授業で講師が何を言っているのかわからない、自分の英語が通じないなどの困難に直面しました。しかし、クラスメイトの助け等もあり、苦労の末、現在の研究テーマである中枢性疼痛について学ぶことができ、結果的に有意義な修士学生時代を過ごすことができました。


この中枢性疼痛は慢性痛との関連が強く、特に非特異的な痛み(明確な原因を局所に認めない慢性的な痛み)を訴える患者さんのうちかなりの割合で認められるという研究結果が数多く報告されています。例えば、変形膝関節症患者さんの慢性的な膝痛の30%、慢性腰痛に悩まされている50%近くの患者さんにおいてこの中枢性疼痛が関与していると報告されています。私が過去に治療した患者さんの所見や症状とも合致していたことから、この領域にすぐに魅了されました。



修士号獲得後、中枢性疼痛の基礎知識と研究技術を獲得するためカンザス大学メディカルセンターのリハビリテーション科学博士課程(PhD in Rehabilitation Science)に進学しました。私は日本の大学院教育については詳しく分かりませんが、カンザス大学メディカルセンターの博士課程にでは学部やアドバイザーからのサポートのもと、様々な研究トレーニングを経験をさせてもらうことができました。


アドバイザーの研究資金や学部の奨学金(返済義務のないお金)からのサポートにより学費免除と年間約$25,000の給料を入学から卒業まで貰うことができました。卒業はQualifying Exam、Proposal Exam、Dissertation Defenceという3つの大きな試験をパスする必要がありました。Qualifying examは2年目の夏に行われ、朝8時から夕方6時までの10時間におよぶ長時間の試験になり、制限時間内に先行文献一報を精読して要約を1ページ目にまとめ、2ページ目にその論文のstrengthとweaknessをまとめました。そして、3ページ目からは新しい知見とまだ明らかになっていない事象をもとに新たな研究プランを立案し、最終的には論文形式に整えて提出しました。3日後、Qualifying Examとして立案した研究プランを30分間で発表した後、試験官たちと1時間半の質疑応答に挑み無事にパスしました。


研究者として根本的に求められる論文抄読能力、批判的考察、現在の知見の把握と今後の方向性を見極めるという能力を先行文献を用いて査定されるQualifying Examを終えることでようやく自分の博士研究を始めることができます。

(写真1)カンザス大学メディカルセンターでの卒業式

その後、私は自分の研究テーマである中枢性疼痛における研究デザインの立案に専念し、Proposal Examで試験官達から実行可能と判断される研究デザインを提示することでようやく博士論文のデータ収集を始めることができました。立案した研究プランに沿って測定し、データを集めては分析する過程をひたすら繰り返し、科学的根拠で結果を裏付けをしながら論文化するところまでは普通です。しかし、私が在籍した博士課程では少なくとも3つの査読付きのジャーナルに投稿できるだけの成果をあげて博士論文も盛り込む必要がありました。かなりの重圧の中、なんとか3つの論文を投稿してDissertation Defenceを迎え、3時間超におよぶ質疑応答に対応できたため、無事に4年間で博士号の取得に至りました。


アメリカの博士課程はどこも同じような教育システムをとっており、上記全てのプロセスをパスすることによって学位を取得できます。在籍年数には制限がなく短くて4年、長くて9年、平均で5年間かかると言われています。しかし、プロセス毎の審査が厳しく、一定数の学生が中途退学を余儀なくされます。私の学部では、Qualifying Examの段階で約20%の学生が不合格となり去りました。振り返ってみると、英語の壁によりアドバイザーや他の教官と上手くコミュニケーションがとれず苦労することもありましたが、概ねアメリカでの修士・博士過程を有意義に過ごすことができたと感じ、自らの決断と結果に満足しています。



ボストン大学でのポスドク時代


臨床研究分野における博士号取得者の半数以上は、その後のポストとして独立した臨床ファカルティを探していましたが、私はあえて痛み研究のポスドクの道を進むことにしました。質の高い臨床研究を行う為には強味をつくる必要があり、優秀な指導者のもとで徹底的にトレーニングを受け、ファカルティとして相応しい業績を蓄積することが欠かせないからです。


さらに、慢性痛の原因は複雑かつ不明なことが未だに多く、理学療法分野のみならず、専門的知識を持った多分野の研究者からなる異分野が融合した研究チームの存在が欠かせず、多角的な視点からテーマを捉えることにより、質の高い研究成果へと繋がるという強い思いがありました。



ボストン大学医学部では、医師(リウマチ専門医、放射線専門医)、理学療法士、統計学者、疫学者がそれぞれの専門性を活かして学際的に研究を進めており、高度な研究手法への理解も一層深まりました。また、チーム内で理学療法士は積極的に意見を求められ、その意見は重要な決定事項にも反映される職場環境でした。


自分の専門分野について堂々と医師に意見することができ、チーム内で意見と存在が重宝される理学療法士の立ち位置は、まさに日本にいた時に私が描いた理想そのものでした。私自身はまだまだ実力不足で、当時チームにいた理学療法士ほど貢献できませんでしたが、チームに大きな影響を与えている彼らの姿はとても格好よく、頼もしく見えたことを覚えています。



ポスドク時代の経験は、私のこれまでの人生において最も有益なものとなり、かつ自分が最も試される期間でもありました。幸いなことに変形性膝関節症における世界的な研究者達が率いるチームに加わることができましたが、まずメンバーの驚異的な学歴と業績に圧倒されました。私が進学した当時の日本の理学療法教育の主流は専門学校であり、病院ではどこか肩身の狭い思いがあり、思うように質問したり意見できないことがありました。しかし、チーム内は常にフラットな人間関係なのでコミュニケーションがとりやすく、リスペクトできる人たちにも臆することなく質問でき、思ったことを発言し議論に発展させて学べる機会に恵まれ、とても有意義なものでした。

(写真2)ポスドク時代の尊敬するボスと理学療法士の先輩たち

しかし、その一方で、ポスドクとして痛みの知識を拡大するために学ぶ立場にあったので、言葉の重みに緊張する日々でもありました。言い返すことができるようになるまではミーティングにおける一言にさえ慎重になり、度々機会をもらった発表の前夜は常に寝られず、発表後には皆の前で完膚なきまでにダメ出しされました。思い返せば、研究デザインと統計の大切さを骨の髄まで叩き込まれていた気がします。


また、コミュニケーション能力の低さに悔しい思いをする毎日でもありました。しかし、このような失敗の繰り返しを通じて実は貴重な機会と経験をたくさんもらっていたのであり、今となっては感謝の気持ちでいっぱいです。さらに、ボストン大学のみならず、ボスの共同研究者が数多く在籍するハーバード大学でもトレーニングを積む機会をもらい、視野が広がりました。3年間に渡り多くの人々と一緒にさまざまな仕事ができたことにより、自分の課題と強みを把握できことと、分野を越えた研究者との繋がりができたことがポスドク経験における大きな財産となりました。



テニュアトラック(PI)ポジション獲得までのプロセス


ポスドクとしての論文が出始めた頃、テニュアトラックポジションを探し始めました。ここから本稿のメインテーマであるポジション獲得までのプロセスについてまとめていきます。私の場合、コロナ禍の影響でポジションの空きが例年よりも少なく厳しい状況にあり、結果として19校へ申請しました。まず、大まかなポジション獲得までの流れを図1に図示します。研究機関によっては何百という応募があり、そこから書類審査、1次面接、2時面接、交渉という長いプロセスを経ることになります。

(図1)テニュアトラックポジション獲得までのプロセス

書類作成におけるポイント

書類審査では多くの研究機関で 1) CV、2) Cover Letter、3) Research Statement、4) Teaching Statement、5) 3人の推薦人、6) Diversity Statementの提出が求められます。私の経験に基づき、これらの書類準備におけるポイントを表1にまとめましたので、ポジション獲得を考えている方は参考にしてみて下さい。Research StatementやTeaching Statementについれはインターネット上で情報がたくさんあることと、スペースの関係で割愛します。

 

表1:出願書類作成におけるポイント


全体的なポイント

  • ポジション・研究機関に応じて記載する

  • 専門用語を出来るだけ避け、分野外の人でも理解できるように記載する

  • より多くの人からフィードバックを貰う(分野が同じ/違う研究をしている人、研究をしていない人)

CV

  • 相手が慣れている書式を用いる

Cover Letter

  • 「なぜその大学なのか?、なぜ自分がそのポジションに適任なのか?自分が入ることでどのようなメリットをもたらせるのか?」を意識して記載する

  • 教育経験についても記載する

推薦人

  • 人間性、研究・教育・指導経験など、それぞれ違う側面から推薦してもらえるような人を選ぶ

Diversity Statement

  • 「多様性・平等性・包括性についてどう思うか?どのような経験が実際にあるのか?促進するためにどのように努力したのか?実際に就職したらその大学でどのように促進していくのか?」について意識して記載する

  • 研究教育における多様性の重要性に関する講座を受講して知識を高める

 

ポジションの募集をかけた際に各研究機関は調査委員会という採用チームを編成します。およそ3から5人で編成され、研究者のみならず、臨床教育専門の教員もメンバーに加わります。そのため専門用語をできるだけ避け、誰にでも伝わるように各書類を作成していくことが大切になります。


また各研究機関によって特色が違うので応募書類の使い回しはやめましょう。CVはアメリカと日本では大きく書式が異なるため、実際にその研究機関のPIのCVを参考にして書式を変えることが大切になります。採用チームは書類審査の段階では多くの書類に目を通すことになり、フォーマットが違うことに起因する読みにくさのために不採用とされてしまうことが多分にあるからです。


多様性に関わる文章(Diversity Statement)の提出は最近一般的になってきたもので、面接でもほぼ必ず聞かれます。準備にあたりオンラインコースなどを受講して関連知識を増やすことが望ましいです。



1次面接でよく聞かれた質問

書類審査を通過すれば、1次面接への招待メールが届きます。30-60分程度オンライン上で採用メンバーと面接をします。私が実際に聞かれた質問内容を表2にまとめました。志望動機、研究、教育、多様性について幅広く質問されます。自分のボス、同僚、友人など出来るだけ多くの人と練習することがカギとなります。

 

表2: 面接でよく聞かれた内容 まず聞かれる質問

  • Why do you apply?

  • What kind of institutions do you apply to?

  • Who are you?

  • Why do you think your expertise and experience fit well with us?

  • What is your strength that could be complementary to us?

研究に関する質問

  • What is your research about? Why is it important?

  • What is your future research agenda?

  • What grant mechanisms do you plan to apply? And why?

  • What do you need for your research? (space, equipment, etc.)

  • What is your goal 5 years from now? 10 years from now?

  • What are your PhD or postdoc accomplishments?

  • Tell me more about your study XXX

教育に関する質問

  • Do you have teaching experience particularly in the US?

  • What can you teach?

  • Do you have mentoring experience?

多様性に関する質問

  • What do you think about diversity in academia?

  • What kind of diversity-related activities have you been involved in?

  • What kind of activity are you willing to be involved in as a faculty?

  • What cultural differences have you encountered?

  • How do you promote inclusive and equitable teaching and research environment?

雑務経験に関わる質問

  • What services have you been involved in?

  • What kind of service do you want to be involved in once you become a faculty? ※Serviceとは研究教育以外の活動を幅広く指します。学内の委員会活動、セミナー活動、論文の査読者としての活動など。

その他の質問

  • What is your professional strength?

  • What is your professional goal?

  • What was the moment you were proud of yourself for teaching or mentoring students in research?

  • How did you overcome difficulties or conflicts with your colleagues, mentors, or students? Give me an example

 

2次面接まで進むことができれば、ポジション獲得が現実味を帯びてきます。2次面接は実際にキャンパスに招待されて、丸1日~2日半の間、学部教員、関連研究者、学生、学部長などと時間刻みで面接があります。会食はもちろん、現地の物件の内見なども予定されることがあり、相手側もここまでくれば本気です。そして2次面接のメインイベントである自分の研究分野に関する発表(ジョブトーク)をこなします。2次面接がうまくいき、第1候補者となることができれば、最初の2-3年に必要な研究資金や給料などの事前交渉が始まり、その後オファーをもらい、交渉を詰めてポジション獲得という流れになります。



テキサス大学での現在

(写真3)ラボメンバーとの写真

私は結果的にテキサス大学エルパソ校に就職し、慢性痛チームのPIを務めています。今後5年で学部内で教員を7人増やすという目標を掲げる現在成長中の研究機関であり、職場は更なる躍進を遂げようと活気に満ちています。現在赴任して1年目、PIとして自分の研究室の立ち上げと学部内外の研究者との関係性の構築に奔走しています。


10年越しの目標がついにかなった感覚はまるでアスリートのゾーンに入ったような状態にあり、忙しくても苦になりません。研究者としてやっとスタート地点立った若手研究者ですが、中枢性疼痛の研究の遂行とそのための研究資金獲得に向けてやる気に満ちています。また、理学療法の教育と臨床にも関わることができる状況にも喜びを感じています。私生活の面でも、これまで暮らしてきたシカゴ、カンザス、ボストンと比べて断然住みやすく美しいエルパソという地域に満足しています。



おわりに

(写真4)近くの公園から見えるエルパソの風景

本稿では、私のPIポジション獲得までの道程を紹介しました。これまでアメリカで経験したこと全てが私にとってかけがえのないものです。修士、博士、ポスドク、PIの各段階において、たくさん汗をかき、恥をかき、プライドがズタズタにされるような困難や課題が数えきれない程ほどありましたが、結果的にとても濃密で、研究者としてのみならず人間としても成長させてくれたこの10年間のアメリカ生活に感謝しています。


全体を通じて、明確な目的と、それを達成するための強い意志、そして常にポジティブにあり続けることが成功するためのカギであると学びました。この記事がアメリカ留学やPIポジション獲得に興味のある方に少しでもお役に立てれば幸いです。


最後に、ずっと支え続けてくれている妻、子供達、友人、恩師に心から感謝の意を表し本記事を締めくくりたいと思います。


※アメリカの修士課程・PhD過程への留学方法やポスドク・PIポジション獲得方法とそれぞれのポイントについてのより具体的な情報が欲しい方は以下のブログ・YouTubeも参考にしてみて下さい。

著者略歴

青柳 洪作 (あおやぎ こうさく) 2005年:国立病院機構・仙台医療センター付属リハビリテーション学院卒 2005-2013年:医療法人西福岡病院勤務 2013-2015年:イリノイ大学シカゴ校、修士

2015-2019年:カンザス大学メディカルセンター、PhD

2020年:米国理学療法免許取得

2019-2022年:ボストン大学医学部、ポスドク

2022年:テキサス大学エルパソ校、現職 (Assistant Professor of Doctor of Physical Therapy Program and PhD in Interdisciplinary Health Sciences Program; Director of Pain Research in Mechanism-based Physical Therapy Laboratory, PRIME PT Lab) メールアドレス:kaoyagi [at] utep.edu

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