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整形外科 臨床留学のすゝめ

更新日:9月28日

永田向生

東京大学医学部附属病院 特任臨床医

整形外科医として日本からアメリカへ渡り、ルイビル市のNorton Leatherman Spine Centerで2年間の研修に挑戦された永田さん。この記事では、留学の経緯から、臨床・研究活動、そして現地での生活の様子を詳しく紹介しています。困難な競争を勝ち抜き、多くの手術経験を積んだことや、論文発表や教育活動に取り組んだ姿勢が伺えます。海外留学を志す医療従事者にとって、貴重な学びと勇気を与える体験談です。ぜひご覧ください!(編集部・赤木紀之)

(1)はじめに

皆様こんにちは、永田向生と申します。私は2010年に医師になり、2012年に東京大学整形外科に入局して、外傷医療や脊椎外科の研鑽を積んでまいりました。そして2022年9月から2年間のInternational Medical Graduate (IMG) Fellowshipプログラムにて、アメリカ・ケンタッキー州のルイビル市にあるNorton Leatherman Spine Centerに留学する機会をいただきました。1年目が臨床研究、2年目が臨床業務でした。

 

(2)留学までの経緯

アメリカの医療に触れてみたいという希望は学生時代からありました。幸いにもアメリカで医療行為ができるECFMG certificationは研修医時代に揃えることができました。アメリカは診療科によって給料が異なり、給料の高い整形外科は人気があります。少し説明すると、内科だと日本の初期研修に相当するresidency3年と臓器別の後期研修に相当するfellow3年のプログラムですが、扱う分野が広い整形外科では初期研修と後期研修を合わせた5年のresidencyの後に、専門的な手術を学ぶfellow1年のトレーニングです。外国人の整形外科residencyはそもそもCV(履歴書)も見てもらえないとされ、一方でfellowは論文10本揃えてから、それでも競争が厳しくコネがないと入れない、など恐ろしい情報が出回っています。私は論文をコツコツと溜め込みつつ機会を探り、具体的には大学院卒業を控えた2021年頃から本格的に留学先を探し始めました。


「手術ができて、研究もできて、お給料ももらえたらいいな」という3拍子が揃った行き先は簡単には見つかりません。他医局も含めて10人以上の留学経験のある先生方に、学会などでお話を伺ったと思います。そんな折、お世話になっていた先生のご兄弟が留学していたNorton Leathermanに、私のCVを送くる機会に恵まれました。

 2021年12月に、Program DirectorのDr. Djurasovicから「2023年9月から2年のプログラムでacceptすることが決まった」とメールが来ました。アメリカの病院では1年半先のfellow人事を決めるので、ゆっくり準備ができると思っていました。しかし年明けに、「今年予定していた人の着任が間に合わなそうで、君がECFMG certification持っているならに2022年9月から来られるか?」とメールが来ました。日本ではちょうど人事が決まる1月の医局総会の直前です。もっと言うと自分が医局長という人事の取りまとめ役をやっていました。「上司と相談するから3日待って欲しい」と一旦保留して、上司の先生方に相談し、「行ける機会があるなら逃さない方がいい」と背中を押していただきました。こうしてDr. Djurasovicへ「2022年9月からNortonで働く」とメールを送ることができました。


その数日後には、留学が決まらないで悶々とした日々が嘘のように、「面接で素晴らしい結果を納めた」という書類と採用通知が届きました。ずいぶん適当なものだと思いましたが、その後は沢山の手続き関連の書類仕事と通常の臨床業務が、怒涛のように過ぎていきました。臨床留学は海外のacademic yearの開始時期の違いから中途半端な時期での渡航になるので、事前に留学希望があるなら、その時期などを上司の先生方にご相談しておくといいかなと思います。

 

(3)施設・プログラムの概要

このNorton Leatherman Spine Centerはattendingと呼ばれる独立した8人の脊椎外科医と3人の脳神経外科医、術野の展開を手伝ってくれる移植外科出身のaccess surgeon1人で、Norton General hospital(通称本院)では年間2500件の手術を行なっています。Attendingの2人は郊外のNorton Women’s and Children’s hospitalでも手術をしており、そちらに手伝いに行ったこともありました。 小児は併設のNorton Children Hospital、脊椎外傷はUniversity of Louisville救急部に運ばれるので、たまにそちらでも手術をしました。全体の統括は、かつてScoliosis Research SocietyのChairmanも務めたDr. Glassmanが担っています。現場ではアメリカ人fellow4人とIMG fellow 1人(自分)、resident1-2人が手術・オーダーを行います。

 

(2023-24のfellowとbossたち)

 

(4)研究留学(2022年9月-2023年7月)

この施設の臨床研究は、attendingたちがそれぞれの研究プランを持ち寄り、研究チーフのDr. Carreonが取りまとめて、5人ほどの研究アシスタントと協力しながら研究を進めています。Dr. Carreonは毎年30本の脊椎臨床関連の論文をpublishしています。自分はChapter執筆を担当しながら、「小児でのCTの骨密度測定の標準化」「ロボット誘導screwの精度」など複数のプロジェクトを担当しました。画面に向かっての計測など地味な作業がメインですが、他のメンバーと作業を分担しているので気が楽です。実績欲しさの学生やresidentが来ることもあり、彼らに計測法などの指導をしながら1年が過ぎていきました。競争社会のアメリカではresident・学生が研究チームに携わる強力なモチベーションが用意されています。この間に、ケンタッキー州の医師免許の手続きしたり、Clinical visaへの切り替えや臨床業務のための山ほどの書類を対応しました。

 

(頚椎後方除圧固定術。日本では助手と2人で行うことが多いが、fellowshipでは大抵の手術を1人で行うことが求められる。)


(5)臨床留学(2023年8月1日-2024年7月31日)

Attendingのうち6つのチームを4週ごとに2セット回る仕組みで、概ね週4回の手術と、週1回の外来です。安全面を考慮して自宅が郊外だったので毎朝4時半起きです。朝5時半ごろに出勤してカルテ確認、6時ごろ事前に入院患者を回診して、術前患者のマーキング・オーダーをします。上司が6時半頃に来るので、どの患者が今日退院できるか、その日の手術の最終の打ち合わせを行い、カルテをまとめます。7時から7時半にかけて1件目の手術が入室して、毎日2-3件行います。術後の血圧や血糖管理はHospitalistが行い、退院指導は専門のPhysician Assistant (PA)が行い、fellowはひたすら手術に集中できます。オンコールでなければ午後4-5時ごろには全ての手術が終わり帰宅できるため、オンオフはしっかりしています。当院の特徴として、access surgeonのDr. Davisが凄腕なので、胸腰椎の前方固定を行って2期的に後方除圧を行う手術が多かったです。また日本で少ないRobot手術や小児側弯症例や、成人脊柱変形のrevision症例を多く経験できました。


外来は初診患者の予診をとって上司に報告して、患者に応じてカルテをまとめるものでした。カルテのインターフェースは日本のそれよりもよくできている気がします。外来も高額なアメリカでは日本のようなきめ細やかなfollow-upもなく、細かい処置などはPAが行なっていました。

 

(6)オンコール業務の内容

オンコールは2種類あり、平日の朝7時から翌朝7時までの24時間のものと、金曜日の朝7時から月曜日の朝7時までの72時間のものです。最初はすごく緊張しました。病棟からは術後の疼痛管理、神経症状の変化などで呼ばれます。疼痛にはオピオイドが多量に使われていました。英語が壁でしたが、慣れてくると、看護師さんにも処方権限があるので、口頭で伝えて終わりにもできます。University of Louisvilleからはgun shotや脊椎脱臼などの重度の外傷がコンサルされました。本院の救急部からはIV drug userの化膿性椎体炎や脊椎腫瘍のコールが多かった印象です。その他にもClarusというアプリを通してくる患者さんの相談にも適宜対応します。整形外科は画像診断に寄るところ大きいので、とにかく患者さんのIDを聞き出して家から電子カルテにログインして画像が無事見られたらホッとしました。辿々しい英語でも日本の経験である程度対応できました。とかく安全第一を心がけて、緊急症例で病院まで戻ることも数回ありました。


週末コールは3日連続で睡眠がぶった切られるので体力を消耗します。また土日の朝に全入院患者を回診して、退院手続きを行う必要もあり、その合間に来たコールは優先順位をつけて対応する必要がありました。逆に言うと、週末コールに当たらないと土日は丸ごとフリーで、ゆっくりと家族と週末を過ごせました。

 

(7)教育と研究と余暇

当院の教育についてです。毎週木曜日の朝7時は教育カンファレンスで指導医たちがテーマに沿ってレクチャーをします。皆必ず発言や質問をします。水曜日の夕方には時折医療安全を担当しているDr. Campbellが、合併症の対応やマネーリテラシーのレクチャーをしました。アメリカではfellowからattendingになると一気に収入が5倍などになるので、節税や個人年金についても語られていたのが興味深かったです。また毎週月曜日が症例カンファレンスで、その週末のオンコール医が週末に来た問題症例をプレゼンします。Residentと手術に入ると、自分が教育する番になります。自分の辿々しい英語だけでは伝わらないので、よく図を描いてここが出血しやすいとか術中に説明していましたが、案外これが好評だったようです。


研究については、他のアメリカ人fellowは1つテーマを与えられて(データの回収・解析は専門の部署が行う)執筆を推奨されていました。自分は1年目が研究主体の留学だったので、そのreviseを数本対応しました。冬の間のまだ臨床業務が慣れないうちに行うのは大変でした。


またルイビルの1-2月はとても寒く、回診・手術の単調な日々には気が滅入ることもありました。その分、春になると様々なイベントがありました。上司の自宅でのparty、ケンタッキーダービーへの招待、全米プロゴルフ選手権への招待などがありました。Fellowの休暇は2週間与えられていて、ワシントンDCや西海岸への旅行に使えました。

 

(8)留学の結び

採用に関する怖い噂について。実際はコネで紹介されたら、そこまで論文実績ない人も採用されていたりします。とかく診療科によって給与が異なるアメリカでは、整形外科attendingになると平均50万ドルの年収と6週の休暇が取れる人気のpositionです。現時点でresidencyの入り込む余地が外国人ではまずないのは事実ですが、IMG fellowでの募集は少し空きがあるので、アンテナを張って探すのが大事だと思います。私自身は、ここで学んだことを還元して、今後医局や日本の脊椎外科の医療を良くしたいと考え、帰国を前提にしていますが、残る場合は働きながら就職活動を続けることになると思います。


私は妻と息子3人で渡米しましたが、子供がおおらかな雰囲気であるのはアメリカの良さであると感じました。子供達は現地の友達が増えたり、妻もピアノを通してコミュニティが広がったりし、家族も異国の地でそれぞれ変化・成長したようです。朝は毎日早いのですが、オンコールの中でも夕食の時間はほぼ毎日家族と過ごすことができるのはアメリカのいい点だと思いました。もっとも、物価が高く治安の懸念があるなど、アメリカのnegativeな点は挙げるとキリがないのですが。


留学中にできたこととしては、目的でもあった多くの前方手術の経験に加え、10本以上の論文発表、学会での表彰、現地及び短期研修で来た東京大学の学生の教育が挙げられます。一方、狙った雑誌やGrantに通らず、悔しい思いをしたこともありました。この地で最初にメスを握った喜びも、477件目の最後の手術を無事終えた安堵感も、certificationを貰えた達成感も、留学で得られた色んな感情を大切にして、また精進していきたいと思います。


(Dr. Gumの巨大な自宅にてfarewell party、オペ室のスタッフと。)

 

 著者略歴

永田向生(ながた こうせい)

東京大学医学部附属病院 特任臨床医。2010年東京大学医学部医学科卒。2012年東京大学整形外科・脊椎外科に入局し、関連病院をローテート。2017年にAO Spine の助成でミラノのIstituto Ortopedico Galeazziに短期留学。2017年東京大学医学系大学院入学。2021年博士号取得後、東京大学医学部附属病院整形外科・脊椎外科助教。2022年9月よりアメリカ・ルイビルのNorton Leatherman Spine Centerに留学。2024年10月から現職。

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