後知恵

最終更新: 4月14日

国際保健コンサルタント

橋本 謙


はじめまして。橋本と申します。かれこれ20年間に渡って、途上国の人々の健康にかかる現場活動や研究に取り組んできました。私の場合、UJAの多くの皆様とは異なり、研究は生業でなく趣味であり道具です。と言いつつも「自分にとって研究とは何か」と改めて問い直し、過去の点と点をつなぐことで浮かぶ景色をお伝えできればと思います。


本能のままに

高校から修士課程まで7年間の英国留学で、さんざん親の脛をかじったあと、少しは世の役に立ちたいと思い、途上国の健康問題に関心を持つようになりました。そして、1999年に神戸大学大学院博士課程の国際予防医学教室に入ると同時に、青年海外協力隊にも応募しました。高い志を持った行動ではなく、「楽しそう」といったノリでした。この感覚は20年経った今も同じで、「ワクワクを求める自分に正直な生き方」であると同時に「行き当たりばったりの人生」で、ここまで恵まれた環境と機会にただただ感謝です。


2006年まで7年間博士課程に在学したうち、グアテマラで5年間ほど過ごしました。体で学ぶタイプです。青年海外協力隊派遣ではグアテマラ保健省の地方事務所に配属され、続いて国連ボランティア派遣で米州保健機関グアテマラ事務所に配属され、シャーガス病という感染症対策に取り組みました。媒介虫対策、感染予防の啓発教育、輸血スクリーニングなどが進み、感染が着実に減っていきました。現場活動が充実すれば充実するほど、研究が遠のきます。一時帰国した際、担当教授に「中途退学を考えています」と打ち明けると、「何を言ってる。最後までやれ!」と一蹴されました。今となってはありがたいケリでした。


シャーガス病対策の手法は、研究や調査に基づいて設計されていたため、学術論文にはよく目を通しました。ただ、大半の文献はこの分野を先導する南米での研究論文で、保健システムや媒介虫(サシガメ)の種類が異なる中米のグアテマラでは、ときどき説得力に欠けました。「やはり地元に適した手法が必要だ」との思いと、現場活動に従事しながら学術論文を書く意義や手法を丁寧に指導してくださった恩人のおかげで、博士論文を終わらせることができました。


グアテマラ:地方保健事務所の同僚による、農村部の民家のサシガメ生息調査


研究の意味合い

2007年から2014年までは、自営業の国際保健コンサルタントとして、国際協力機構(JICA)と長期または短期の契約を結び、中米諸国のシャーガス病対策を支援し続けました。患者調査、サシガメ分布調査、殺虫剤散布などの現場活動データ、熟練者や先人の知恵、参考文献、現場の機動力など様々な要素を考慮して、仲間と試行錯誤を重ねて対策を進めました。現場活動は展開が早く次々に新たな段階に入るため、丁寧な研究計画、標本調査、データ分析などに何ヶ月もかける余裕はありません。三人寄れば文殊の知恵と言えども、判断材料の限られた状況下では暗中模索のようになり、直感を頼りに意思決定することもありました。そのため研究は、辿ってきた道や分岐点での判断を振り返り、成功要因や教訓を導き出す術になりました。博士論文も含め、拙著の大半の論文が後知恵のまとめです。


俯瞰して分析や考察することで、現場活動というガチガチの接近戦では見えなかった景色が浮かび上がります。更に俯瞰して、中米の主要なサシガメの一種(Rhodnius prolixus)について、100年以上に渡って起きた、発見から分布の変遷、講じた手段そして消滅への道を一つの論文にまとめたこともありました。ここでの何よりの学びは、「点と点を結んで壮大な景色を見ることができたのは、それぞれの点を残してくれた先人のおかげ」と言うことでした。そして巨人の肩に乗せてもらったことを、とてもありがたく感じました。


別の言い方をすれば、記録のない出来事や事実は歴史に残らず、そもそも存在しなかったかのような扱いを受けます。「シャーガス病対策の活動現場で奮闘してきた仲間たちの努力の結晶を歴史に刻みたい。これが自分にできる、せめてもの恩返しだろう」そんな人情にも後押しされ、論文や本の執筆に手がけました。ちょっとした冒険のように道なき道を進んだ後に、その全体像を表す地図を描いて分かち合うことで、理解や学びが深まりとても有意義でした。特に、功を奏した戦略や成功要因、有効な原理原則などは、前線で戦った仲間にも、後から続く人にとっても参考になったようです。


ハイチ:日本とカナダが建て、筆者が経営改善を支援したジャクメル病院


新たな姿勢と展開

2014−2015年に、ハーバード公衆衛生学院の国際保健教室で、客員研究員(武見フェロー)としてお世話になりました。現場活動のデータや教訓を論文にまとめるとともに、様々な分野の先端知識に触れることで、視野を広げ、刺激を受け、学びを深めることができた、とても贅沢な時間でした。ただそんな環境で最も富んだのは、実は頭ではなく、心でした。個人的にお世話になった教授たちは、とても謙虚で、利他心であふれていました。まさに、実るほど頭を垂れる稲穂かな。そんな大きな受け皿があるからこそ、各分野の前駆者が世界中から集まり、知識、知恵、経験を分かち合い、そしてそれらが蓄積し発展し続けるのでしょう。


2016年から現在に至るまで、国際協力機構の専門家として再び途上国で活動しながら、時おり論文の執筆にも手掛けています。最近では「研究の定義」を広くとらえて、まだ暗闇にある未知の世界に光を照らす術として、顧みられない保健事情、政治経済、社会情勢の問題にも着目しています。次なる挑戦は、暗い世界に光を照らし続けるとともに、光溢れる世界で人々が健やかに幸せに暮らせる社会の未来図を描くことです。


ソロモン諸島:村長や村の役員との健康改善計画の進み具合に関する協議


謝辞

このような変わり者を研究者の一人として、ニューズレターへの投稿を呼びかけてくださった川上さん、ありがとうございました。また、これまで支え続けてくれた家族と友人の皆様に心から感謝いたします。


著者略歴

橋本 謙。三重県生まれ。英ロンドン大学心理学部卒業、英ブリストル大学大学院健康心理学修士。2000年に青年海外協力隊員としてグアテマラに赴任し、以後、汎米州保健機関(PAHO/WHO)グアテマラ事務所技術顧問、国際協力機構(JICA)ホンジュラス・エルサルバドル・ニカラグア技術協力プロジェクト専門家、中米広域アドバイザーなど、2014年まで中米シャーガス病対策の専門家を歴任。2006年神戸大学大学院国際予防医学博士。2011年豪ボンド大学大学院経営学修士。2014-2015年ハーバード公衆衛生大学院客員研究員。2016-2018年JICAハイチ保健省アドバイザー、2019-現在JICAソロモン諸島ヘルシービレッジ推進プロジェクト・チーフアドバイザー。連絡先:hashimok@gmail.com