希少疾患の創薬研究―アメリカの民間企業で働いてみて―

Cystic Fibrosis Foundation

宍戸 英樹

今年Nature Communicationsに発表しました、致死性の遺伝子疾患として欧米においてよく知られている嚢胞性線維症(cystic fibrosis)に関する新しい知見をこの場を借りて紹介させていただきます。オープンアクセスなので、ぜひ、原著論文(DOI: 10.1038/s41467-020-18101-8)も読んでください。嚢胞性線維症の新薬開発がどのように始まったのか、そして、私が渡米してからの8年間の話も合わせて紹介したいと思います。


新しい新薬開発モデル

嚢胞性線維症の患者は、現在、アメリカに3万人以上、世界に7万人以上います。白人に多い遺伝子疾患で、出生直後から様々な臓器に症状を認めます。特に肺において粘り気の強い分泌物が細い気道をふさぎ、慢性的な細菌感染症や炎症を起こし、肺機能の低下により死にいたることが多い病気です。1950年代は平均寿命が10歳以下でしたが、抗生物質をはじめとする対処療法の進歩により、1990年代には20代後半まで延びました。しかし、嚢胞性線維症の疾患原因タンパク質であるCystic Fibrosis Transmembrane conductance Regulator(CFTR)に直接作用する薬がなく、最終的には肺移植に頼るしかないため、嚢胞性線維症は、不治の病と考えられていました。


2012年にアメリカのVertex Pharmaceuticals社が開発した経口薬が、アメリカ食品医薬品局(FDA)に認可されました。嚢胞性線維症の薬として初めて、CFTRの機能を完全にではありませんが、回復させることができる画期的な薬でした。しかし、この薬は現在までに1700以上報告されている嚢胞性線維症の遺伝子変異の約4%の患者にしか処方が認められていませんでした。2015年以降、同社は次々と新薬のFDA認可を取得し、昨年認可されたTrikaftaは、約90%の嚢胞性線維症患者がもつCFTR遺伝子変異に対して、高い効果があります。Vertexは、2000年に現在私が所属している、嚢胞性線維症で子供たちを亡くした家族や友人からの寄付で成り立っている、非営利団体のCystic Fibrosis Foundation(CFF)より4000万ドルの研究資金の出資を受け、嚢胞性線維症の新薬開発を開始しました。CFFは、2014年に新薬のロイヤリティの権利を売却して得た33億ドルの資金で、製薬企業や大学研究機関に新薬開発と基礎研究を支援する、希少疾患の新しい新薬開発モデルを確立しました。このモデルは2015年にオバマ大統領が一般教書演説で紹介し、現在多くの希少疾患の非営利団体やNIHに採用され、マーケットが小さいことから製薬企業が対象にしなかった希少疾患の新薬開発が活発に行われるようになりました。


新規創薬ターゲット「新生鎖」

タンパク質の異常構造が原因となる疾患は多くあり、「タンパク質ミスフォールディング病」と総称されます。代表的な病気として、アルツハイマー病、パーキンソン病、嚢胞性線維症があります。嚢胞性線維症など多くのタンパク質ミスフォールディング病は、遺伝子変異によるタンパク質の「折り畳みの誤り(ミスフォールディング)」が原因となります。タンパク質の異常構造が、リボソームによるタンパク質合成の最中に起こる(新生鎖の時点で異常構造となる)のか、それとも、生合成後リボソームから引き離された後に引き起こされるのか、確認されていませんでした。CFTRの構造異常を修復することで嚢胞性線維症に効果のある、Trikaftaの成分TezacaftorやOrkambiの成分Lumacaftorは、CFTRの生合成中に一時的に存在するCFTRタンパク質の生合成中間体に作用すると考えられています。したがって、タンパク質の異常構造が起こるメカニズムの解明は、創薬研究にとってとても重要となります。タンパク質の生合成中間体である新生鎖は、リボソーム、生合成速度、細胞内の分子密集、シャペロン分子など多くの因子によって影響を受け、生合成の最中に構造を何度も変化させるため、タンパク質の生合成中間体の研究はとても複雑で実験的に難度が高いです。私たちの研究室は、タンパク質の生合成中間体を研究する独自の手法を開発し、Nature姉妹紙やCell姉妹紙に多くの論文を発表し、今回の論文の前段階研究として私が関わった研究結果を2015年にScience誌に掲載することができました。以下、私たちが実験的に初めて示した「リボソームから生合成される最中のタンパク質の構造中間体に与える遺伝子変異の影響」について紹介します。


CFTRは、約1480個のアミノ酸配列からなる比較的大きい膜タンパク質で、ABCトランスポーターに属する塩素イオンチャネルです。CFTRを構成する5つのドメインの1つNBD1 の異常構造を引き起こす嚢胞性線維症の10個の遺伝子変異を検討したところ、9個の遺伝子変異が、NBD1ドメインの新生鎖の構造を不安定化させることがわかりました。このタンパク質構造の不安定化は生合成の途中でのみ観察され、生合成後は観察されなかったため、生合成完了後もなんらかのかたちで、タンパク質が異常情報を保持し続け、CFTRのタンパク質構造異常を引き起こすのではないかと示唆されます。この遷移的な異常構造の検出はリボソームが存在しているときにのみ観察され、遺伝子変異がタンパク質の構造異常を引き起こす機構に、多くの因子が関与していることが示されました。これらの発見を裏付けるために、2次変異を導入して遷移的な生合成中間体の異常構造を修復したところ、最終的な全長CFTRのタンパク質構造も同様に回復しました。以上をまとめると、私たちは、タンパク質の新生鎖(生合成中間体)が疾病原因として重要な役割を担っていることを実験的に証明しました。今後、新生鎖をターゲットとした新しい創薬研究が行われることが期待されます。私たちはこの知見を活かした創薬研究を開始しており、来年の論文発表に向け、現在執筆しています。


大学研究機関から民間企業へ

私は、2010年に創価大学工学研究科で博士号を修得後、2年間同大学で助教として教鞭と研究に従事しました。その後、アメリカで(研究者として)武者修行をしたい、できれば希少疾患に関する研究をしたいと一念発起し、オレゴン州ポートランドにあるOregon Health & Science Universityのスカッチ研究室でポスドクとして研究するために2012年に渡米しました。渡米当時スカッチ研究室は2人の助手と8人のポスドクで構成されている、アメリカでは中規模の研究室でした。研究費の内訳は、RO1というNIHからの研究資金を2つと、現在の私の所属先のCFFからRO1と同程度の研究資金を1つ、そして約半数のポスドクが個人で得たNIHなどからのポスドクフェローシップをおもな資金として、研究活動を行っていました。


渡米直後は英語での議論がとても難しく、週1回の生データを用いた1対1のミーティングがとても大変でいつも緊張していたのを今も覚えています。また1-2ヶ月に1度担当が回ってくるラボミーティングは、最初の頃はパワーポイントのセリフをすべて暗記して臨むようにしていました。その後、文字通り死に物狂いでがんばった結果、私もアメリカの民間組織からのポスドクフェローシップを獲得することができました。そして、順調に研究に勤しんでいた2014年、スカッチ教授が教授職を辞め、CFFのSenior Vice Presidentに就任し、ワシントンDC近郊に引っ越し、私たちポスドクは、2016年夏までに論文を仕上げて、就職先を見付けなければいけなくなりました。その頃、CFFがボストン近郊に研究所を設立しました。私はスカッチ教授に何度も、いかに自分がこの新しい研究所に有能な人材であるかをアピールし続け、2016年に現在の所属となるCFFの研究所にシニアポスドクとして就職を勝ち取りました。昨年、これまでの功績が評価されてScientistに昇進することができました。


研究所の同僚とゴーカートレースを楽しむ筆者(左)


当研究所は、現在約40人の研究者が従事しており、新薬開発と民間製薬企業との共同研究を行なっています。研究所の所長より役職が高いスカッチ博士(もう教授ではないのでここからは博士にします)は、新しい研究グループを作ってくれ、今も私の直属の上司です。ワシントンDCに住むスカッチ博士との毎週のミーティングは、ビデオカンファレンスを用いて行い、最近話題のテレワーク歴は今年で6年目になります。私の仕事内容はこれまでの大学研究機関とは異なり、論文を発表することは全く求められなく、外部に発表することのない新薬開発の初期段階の研究が中心となりました。


ありがたいことに、比較的自由度の高い研究環境を用意してもらったので、論文発表していなかったポスドク時代からの仕事を細々とすることができました。スカッチ博士は、通常業務に謀殺され、アメリカだけではなく全世界を飛び回っているので、私の論文添削に割ける時間は移動中の飛行機の中のみとなり、私が彼に論文を提出すると返事に数か月かかる状態でした。また、大学所属ではないので有料の論文を閲覧することができず、論文執筆に関しては環境面で色々と苦労しました。今年の3月からは、新型コロナウイルス流行による自宅待機もあり、執筆から投稿まで2年、投稿から掲載までさらに2年、研究開始からなんと8年もかかってしまいましたが、なんとか今年の夏に掲載することができました。特殊なケースかもしれませんが、企業での論文執筆の大変さを学びました。


補足ですが、新型コロナウイルスの影響は今もあり、弊社は研究所を除いた全職員の来年4月までの完全テレワークの継続を決めました。州からの命令もあり、研究所は7月より約30%の人数制限とともに、検温やマスクの徹底、州外への移動制限などのルールを設けて運営されています。したがってパソコンのみで可能な研究やデータ解析など実験以外の仕事は職場ではできず、研究所に行く際は事前に希望滞在時間を予約し、人数制限を超えないように、厳しく管理されています。


民間企業で研究するなら永住権を

アメリカの民間企業で研究を行いたいと思っている方は、アメリカ永住権を取得することをお勧めします。私が2016年に申請して2017年に取得した個人的な経験によるものですが、博士号と有能で実績のある移民弁護士の2つが揃えば、時間はかかりますが高確率で取得できるといった印象です。永住権さえあれば民間企業での就業がビザのサポートなしで可能になるので、可能性を広げるためにも永住権はあったほうがいいと思います。また、大学機関での研究職と比較して、一般的に民間企業の待遇はとてもよいです。これは、博士号取得者がアメリカ社会で有能な人材として公正に評価されているからだと思います。ボストンは、世界中の製薬企業が集まる研究者にとって多くの機会に恵まれた土地なので、今後もこの地から希少疾患の創薬研究に様々なかたちで携わっていければと思います。


著者略歴

宍戸 英樹。2010年創価大学工学研究科博士課程修了、2010-2012年創価大学工学部助教、2012-2016年Oregon Health & Science University, Postdoctoral Research Fellow、2016-2019年Cystic Fibrosis Foundation, Senior Research Fellow、2019年Cystic Fibrosis Foundation, Scientist(現職)、連絡先:pdxhs@yahoo.com、ORCID: 0000-0002-2622-0664