研究留学を考えている方と経験された方へのメッセージ

東京大学大気海洋研究所

笘野 哲史


私の生まれは岡山県の漁師町で、実家はカキ養殖を営んでいます。小さい頃から海や生物が大好きで、釣り好き少年がそのまま研究者になりました。私の専門は海洋生物の生態で、特にアオリイカという美味しいイカを研究対象としています(写真は屋久島で釣り上げたアオリイカ)。アオリイカは、イカの王様という異名の通りイカ類で最も価値が高く、かつ沿岸で漁獲されることから効率がよい優良資源として注目されています。


私は、博士課程を卒業した2017年から2年間、日本学術振興会(学振)の海外特別研究員(海外学振)制度を利用して、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の生態進化生物学部に留学しました。その後、学振の博士学位取得者(PD)特別研究員(学振PD)に採用され日本に帰国し、現在は東京大学大気海洋研究所(AORI)に所属しています。


私は、この海外研究留学を通して大変貴重な経験をすることができ、日本から海外へ研究留学する人がもっと増えてほしいと願っています。本記事では、私の経験に基づく4つのメッセージをお伝えします。


まず、海外研究留学を経験され、周囲の研究留学を目指す人たちから相談を受けている方へのメッセージ2つです。



ユニークな日本人留学生を紹介するサイト「Pathfinders’」を、もしよかったら活用してください


私はロサンゼルスで出会った仲間たちとともに、「留学の『珍しい』を『当たり前』にする」を理念に掲げたPathfinders’という団体を立ち上げ、留学生へのインタビュー記事をウェブサイトで発信しています。海外での研究留学に興味を抱いたり希望する人は案外多いと思いますが、実現する人は少なく、大半は諦めてしまっているのではないでしょうか。もし諦めた理由が、「情報がなくて海外への一歩を踏み出せなかった」、「自分を取り巻く環境では,留学なんて無理だと思った」、「そもそも留学の選択肢が浮かばなかった」だとしたら,留学に関する情報を得ることで実現に近づくかもしれません。そこで私たちは,少しでも多くの方に研究留学に興味を持ったり実現してもらえるように、様々な留学生や留学経験者にインタビューし、生の声をお届けしています。特に「社会人の留学」や「仕事を辞めてPhD留学」など、普段あまり知る機会の少ない留学にスポットを当てています。


例として、高橋雄宇さんのインタビュー記事「NASAで働く日本人エンジニアが語る、目標を叶えるための作用反作用の法則」を紹介します。高橋さんは、高校時代に観た火星探査の映像に衝撃を受け、NASAのJPL(The Jet Propulsion Laboratory)で働くことを夢見みて大学から渡米しました。そして見事にJPLへ就職し、現在、衛生軌道のナビゲーションを担っています。高橋さんは、留学から就職までの約10年間を振り返り、「大切なことは何事もまず行動し、自分のやりたいことや目標を周りに話す、つまり自分から作用を起こすことだ」と語っています。自分から作用を起こすことで、周囲から助言などの反作用が起き、出会った人の数に比例してチャンスを掴んできたのだと感じました。


研究者へのインタビューも掲載しています。特に、仕事を辞めて2度の留学や幾多の試練を乗り越えてアメリカでPIをされている先生の記事は興味深いです。もしみなさんの周りに興味がある方がいましたら、ぜひ、Pathfinders’のウェブサイト(https://pathfinders.hatenablog.com/)を紹介してください。


みなさんの学振申請書が後輩の役に立ちます!


みなさんは、学振申請書を作成する際、過去の申請書を参考にした経験はあるでしょうか?私には、先輩方の申請書がとても参考になりました。先輩といっても、他大学の先輩で、学会で知り合った方でした。研究室の先輩を参考にしたらいいじゃないかと言われるかもしれませんが、私の所属していた研究室には過去に学振に採用された方はいなく、ドクターに進学する人がほぼいませんでした。いざ申請書を書こうと思っても何から手につけてよいか分からず、相談できる方も教授以外にいませんでした。そんなとき、学会で素晴らしい先輩方に出会い、なんとか申請書をシェアしてもらうことができました。今でも先輩たちには感謝してもし切れません。


その私も今では先輩の立場となり、後輩から申請書を求められることが多くなったので、少しでも役に立つならと、思い切ってホームページのブログで「希望者に申請書をお渡しします」と書きました。ブログの閲覧数を観察すると、4月は10人/日未満でしたが、5月2日を境に一気に50人/日を超えた日もあり、5月の総閲覧数は500を超えました。私のブログが申請書のまとめサイトに紹介されたことが大きな理由だと思います。また、ゴールデンウィークのまとまった時間に一気に申請書を書く方が多かったためとも思われます。


5月にHPを訪れた約500人のうち、10人から申請書を見せてほしいと問い合わせがあり、みなさんにシェアしました。約50人に1人の方が勇気を出して連絡をくれたことになります。来年度に申請予定の学生の方や今年が最後のチャンスというポスドクの方もいました。分野も教育、経済、心理、理学と多岐に渡りました。問い合わせた理由として、「先輩や周囲に学振に採用された方がいない」がみなさんに共通していました。その状況は痛いほど分かります。地方大学に所属している方は、オンラインで申請書を入手できれば、直接会いに行く時間を節約できます。その時間を研究内容の考察や申請書のブラッシュアップに使うことによって、よりよい研究に繋がると思います。多くの方が私のように申請書を後輩にシェアすれば、日本の若手研究者の底上げとなり、さらには世界で活躍する日本人研究者が増え、研究者コミュニティが発展するのではないかと妄想しています。人によって事情は異なるので、みなさんに「申請書を公開しましょう」とは言いませんが、「希望者にはシェアします」とブログなどで発信するだけでもよいと思います。「後輩のためなら見せてあげてもいいよ」と思う方が増えることを願っています。


次に、博士課程1年からポスドク3年目くらいで、近い将来の研究留学を目指して研究留学の情報を集めている方へのメッセージ2つです。


研究留学を考えているなら、少なくとも 3年先のビジョンを考えボスに伝えよう


海外学振は最長2年間、学振PDは3年のうち最長2年間、海外で研究を行うことができます。


私は、「研究留学を考える方は、先にどちらの制度を利用すべきか?」と何度も質問を受けました。私は、先に海外学振を取得しましたが、その理由は3つあります。


1つめは、独身のうちに海外へ行きたかったことです。30歳前後になると結婚や出産も視野に入ってきます。人によって考え方は様々ですが、私は1人の方が海外へ行く経済的および心理的負担が小さいと思い、海外へ行くなら今の内に行きたいと考えていました。


2つめ、海外学振は日本へ帰る義務がないことです。日本で助教身分のまま採用される人を除き、海外学振の方は日本に所属がありません。私のプランは、海外学振で2年間過ごした後、ボスに雇ってもらい、成果が出るまで5年くらい研究し、成果が出たら日本へ帰ろうと考えていました(結局、プラン通りにはなりませんでしたが)。学振PD制度を取得すると日本に所属を持つので、海外学振よりも海外へ残るハードルが高くなります。例えば、日本の所属先のPIとうまく折り合いをつける必要があります。


3つめは、学振PDは日本へ帰る手段として残しておきたかったからです。先述のように海外学振は日本に所属がないため海外へ残りやすいですが、逆にこれがデメリットになることもあります。それは、「日本へ帰り難くなる」ことです。学振PDは、申請時に日本の所属先を見付ける必要があります。例えば、採用期間3年間の最初の2年間を海外で過ごすと、最後の一年間は日本の所属先に戻ることができます。つまり、日本へ戻る手段として使えます。また、学振PDは申請書一本で合否が決まるので、面接免除で採用された場合は面接に行く必要がなく、帰国せずに採用手続きを完了できます。私は、アメリカから申請して採用されましたが、採用内定後の事務手続きは非常にスムーズでした。


学振PDの利点は、海外で2年間研究し、最後の1年で日本の所属先を拠点に就職活動ができ、科研費に応募できることだと思います。海外学振も海外で2年間研究することができますが、日本に拠点がないので科研費に応募できず、日本の職を探す場合、不利に働く可能性があります。


学振PDまたは海外学振を取得して海外へ留学したいと考えている方は、今から2年後を考えてみてください。海外で2年間研究し、日本へ帰りたいなら学振PDへ応募すればいいですし、海外で2年間以上研究したいなら海外学振を応募するとよいと思います。


私は先に海外学振を利用して海外で2年間過ごし、学振PDを取得して日本に帰りました。帰国後 3年間は日本を拠点に研究を行う予定ですが、海外へ2年間行くことができるので、共同研究の必要に応じて再度海外へ行くことも考えています。


最後に、もし海外学振の終了後もアカデミアで研究を継続したいなら、海外学振申請時または渡航後すぐ、ボスに伝えてください。伝えないと、日本からお金を持ってきた“タダ”のお客さんとして扱われます。


研究留学が決まったら日本人研究者コミュニティに加入しましょう!


私はUCLAへの留学以前には、語学留学を含め留学の経験は全くありませんでした。海外学振の採用内定をもらってから、研究留学に関する情報を集めるために、 関連書籍やインターネットを調べました。地方国立大学出身やUCLAへの研究留学など、私に近い境遇の方の情報を見つけることができず、 途方に暮れていると、学振からフェイスブックの海外学振グループを案内するメールが届き、すぐに連絡しました。このグループは承認制で、海外学振または学振PDで海外留学する人が加入できます。自己紹介+聞きたいことをグループに投稿すると、グループメンバーが回答してくれます。ビザや生活に関する質問をする方が多く、最近はCOVID-19関連の投稿が多いです。私はグループ内にUCLAにいる先輩を2人見つけ、すぐに連絡しました。2人ともとても親切に、私の多くの疑問に答えてくれました。さらに現地の日本人研究者コミュニティ「南カリフォルニア日本人研究者フォーラム(SCJSF)」を紹介してもらい、渡米後もスムーズに生活を送ることができました。研究留学や大学院留学を考えている方は、希望する大学や地域の日本人研究者コミュニティを探し、すぐに連絡することをお勧めします。もし見つけられない場合は、世界中の日本人研究者コミュニティを繋ぐUJAを頼りにするのがよいと思います。いずれにせよ、最新情報を手に入れるように務めてください。ビザや生活の情報は、短期間で大きく変わる可能性があります。COVID-19に関しては、UJAのホームページで世界中の日本人研究者の記事が公開されています。


南カリフォルニア日本人研究者フォーラム:http://www.scjsf.org/

UJAのCOVID-19特集:https://www.uja-info.org/covid-19


以上、私の経験に基づいて考えを述べましたが、少しでも参考になれば幸いです。本記事へのご意見・ご質問、研究でイカを使用したい、私の申請書を見たいなどありましたら、遠慮なくご連絡ください。

著者略歴

笘野 哲史。2012年広島大学生物生産学部卒業。2014年広島大学大学院生物圏科学研究科修士課程修了、2017年同博士課程修了。日本学術振興会特別研究員DC1、同海外特別研究員を経て、2019年より東京大学大気海洋研究所に所属。

ホームページ:https://www.tomano.org

アドレス:satoshi.tomano@gmail.com

Facebook:Satoshi Tomano(https://www.facebook.com/satoshi.tomano/)