博士課程の5年間を振り返って

Tufts大学

趙 雪薇


2015年から2020年までTufts大学でドラッグデリバリーシステムの研究をしました、趙と申します。T細胞を標的としたメッセンジャーRNA(mRNA)のデリバリーというテーマで研究をしました。卒業直前にCOVID-19の影響で実験ができなくなり、一時はどうなることかと不安でしたが、意外とオンラインミーティングや遠隔解析でなんとかなり、卒業審査もオンラインで行うことで無事博士号を取得することができました。


T細胞を改変し癌や感染症の治療に応用する方法は、Chimeric Antigen Receptor-T(CAR-T)細胞治療と呼ばれています。2017年にアメリカFDAによってCAR-T細胞治療を用いた初の白血病治療薬が承認されたことを始め、近年様々な治療への応用が現実的になってきました。既存のCAR-T治療法は、患者の血中からT細胞を取り出し、体外で遺伝子を編集して患者の体内に戻すという方法が取られています。しかし、過程が複雑なため、治療費がかさみ、限られた病院でしか治療をすることができません。そのため、体外に取り出すことなく、体内でT細胞を効率よく改変できる方法の開発が喫緊の課題となっています。


細胞を改変するには、外来の分子を細胞内に届ける必要があります。最も行われている方法はDNA plasmidを細胞内に導入し、細胞自身に外来のタンパク質を合成させるというものです。細胞がタンパク質を合成する際には、中間生成物であるmRNAを介する必要があります。mRNAを直接細胞内に導入できれば、タンパク質発現に要する時間を短縮でき、細胞本来の遺伝子配列に変異を与える危険性を低減することができます。しかし、mRNAは分解されやすく不安定という大きな欠点を持っています。例えば、血中環境にmRNAをそのまま打ち込むとわずか数分で分解されてしまいます。幸いなことに、この障壁はナノテクノロジーの発展により乗り越えられ、mRNAを取り込んで保護するための小胞(nanoparticle)が多く開発されたことで、mRNAを利用して体内の細胞を改変することが可能になりました。例えば、現在COVID-19ワクチンの有力候補にもmRNAを使用したものがあります。


私の研究では、50-100 nmのnanoparticleを用いてマウス体内に存在するT細胞にmRNAをデリバリーしました。Nanoparticleは親水基と疎水鎖からできており、まずその組み合わせによる候補物質の選抜を行い、T細胞に効率的に導入できる構造を最適化しました。次に、選抜した候補の中からマウスの脾臓に集積するものを選び出し、実際に脾臓に存在するT細胞の遺伝子編集を行いました。既存の研究では、mRNAを体内のT細胞に届ける効率は2%未満であるのに対し、私たちのnanoparticleでは8.2%まで遺伝子改変効率を上げることに成功しました。将来的にはnanoparticleを用いることでCAR-T治療がより簡便になることが期待されます。


オンライン卒業審査の様子。卒業式が延期になったのがなんとも悲しいが、2020年ならではの思い出である。


最後にこの5年間を振り返って、アメリカの博士課程の学生生活について少し紹介しようと思います。博士課程に入学して最初の1年は主に授業と課題に追われ、実際に研究を始められたのは2年目からでした。2年目の終わりに博士課程に在籍し続けられるか審査するためのqualifying exam、4年目にはこれまでの研究成果をもとに今後の方向性を審査するoriginal research proposal(ORP)がありました。ORPはアメリカの研究費申請の形式で書くので、卒業後独立して自身の研究室を持ちたい学生にとっては、アメリカの研究室運営には欠かせない研究費申請の訓練も兼ねているように感じました。他に印象に残っている体験としてteaching assistantが挙げられます。試験の採点をしたり、先生の代わりに授業を担当したりすることで教員になる擬似体験をすることができました。特に論文の批評をするという課題では、学生が採点に不満を持つと苦情を言いに来るので、それを説得できるくらいの公平な採点をするためにとても時間がかかりました。言葉も環境も不慣れな中で様々なことに自力で対応しなくてはいけないことが留学の大変な点ではありますが、同じ環境でがんばっている先輩方や友人に支えられながら乗り越えることができたように感じています。この5年間の留学を通して、指導教官や研究室の同僚、留学している先輩方、友人、シェアハウスのルームメイトとの出会いはかけがえのない収穫でした。


著者略歴

趙 雪薇。2013年東京大学工学部卒業。2015年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。2020年Tufts 大学にて博士号取得。連絡先:xuewei.zhao@tufts.edu