執筆者 :浅見拓哉
情報時期:2018年11月~現在
留学先 :Wellcome-MRC Stem Cell Institute, University of Cambridge
身分 :Research Associate
doi :10.34536/finding_our_way_007
【留学までの経緯】
修士から在籍した当時の大学院ではちょうど留学生を積極的に受け入れ始めていた時期でもあり、研究室にも留学生が増えてきたことや、同じ研究グループの先輩が海外留学を目指してフェローシップや留学先探しを行っていた事を間近に見ていたこともあり、海外留学に興味を持ち始めました。筑波大学は様々な海外大学と交流を行っており、その中でエディンバラ大学より一人の研究者が訪問されたことがあります。奇遇にもその方は、私の指導教官と深い接点があることが分かりました。このお二人は、カナダ留学時に同じ研究室に在籍していたそうです。このエディンバラ大学の研究者と私の研究分野が近いことからディスカッションをする機会を頂きました。私の拙い英語にも、私の研究の面白い点やこの先の実験のアイディアを提案していただいたりする中で、より広い視野で研究してみたいと漠然と思うようになりました。その様な中で、博士課程1年時にエディンバラ大を訪問する機会を得ました。訪問について、エディンバラ大学の研究者の方に相談したところ、所属されている研究所でのセミナー発表の機会や、所属されている研究者の方との1対1でお話する時間をセッティングして頂きました。それだけでなく、君の研究テーマはケンブリッジでも話してきた方が良いアドバイスを貰えるから、ケンブリッジの幹細胞研究所でもセミナーができるように紹介すると仰って頂き、ケンブリッジ大学へ行く機会を頂きました。それが現在所属しているケンブリッジ大学幹細胞研究所です。その際に、セミナー発表や研究所内のグループリーダーと個別に話をするという今となると贅沢なような恐ろしいような経験をさせていただくことが出来ました。現在のボスであるJenny Nicholsともその際に話をすることができ、そこでの研究に興味を持ちました。また、当時留学されていた日本人の方とpubに行かせて頂いて聞いた留学生活のお話の印象が強く、いずれケンブリッジで研究してみたいと思うようになりました。
博士課程最終年に留学を決意し、ずっと印象に残っていたケンブリッジへの留学を希望して、Jenny Nicholsへポスドクポジションがあるかメールを送付しました。すると、今の段階でポジションはないが、fellowshipを取れるのであれば受け入れられるとの返事をもらいました。そこから海外特別研究員や民間財団のfellowshipへ応募し、ようやく2018年に上原財団のfellowshipを受けられることになり、2018年11月からケンブリッジ大学へ留学を開始しました。
【留学後】
留学後は同じ研究グループと隣のグループに日本人のポスドクがいて、生活の面や研究所内について色々情報を頂くことができたので非常に助かりました。特に、銀行口座の開設や住居探しは日本とは異なる部分が多く、情報を教えて頂きながらも苦労しました。英語の面では特に自分から発する能力が不足していたため、これからやりたい研究を上手く伝えることができず、データを得られ始めるまでに時間がかかってしまったことは限られた留学期間の中で大きな反省点です。また、留学開始時点では上原財団の1年間のフェローシップで派遣されており、その後イギリスへ残れるか、日本でまた職探しをしなければならないかは大きな不安でした。ボスからはお金はなんとかやりくりするから残れと言って頂いていましたが、ちょうどラボの大型予算が切れるタイミングで、それに続く予算の獲得も苦戦している様子でしたので確定的なものは何もありませんでした。学位取得後、日本でポスドクとして日本で2年半研究していたため、いくつかのfellowshipにはすでに応募資格がなく、海外特別研究員の応募資格も最後の年になってしまっていました。学位取得後、国内で経験を積んでから留学する、論文を纏めてから留学する等、留学開始を先延ばしにしてしまうと多くのfellowshipは学位取得後3年目までなどの応募制限を設けているため、応募資格を失ってしまいます。私の場合は、留学までは厳しい判定が続いていたJSPS海外特別研究員に採用内定になったことで、2年目以降も留学を続ける機会を得ることができました。
次年度のfellowshipの目処が付き、留学を継続できることになってからVISAの問題が生じました。留学当初は上原財団のフェローシップでビジターとして2018年11月から2019年10月までケンブリッジ大学に所属していました。しかし、海外特別研究員としての派遣が開始する2020年4月までの約半年はボスの研究費からポスドクとして雇用していただけることになったため、ビジターVISAであるTier5 VISAから就労VISAであるTier2 (General) VISAを取得し直す必要があります。更に、Tier5 VISAからTier2 VISAへの切り替えをイギリス国内で行うことができないことや、VISAの取得に必要なCOSという大学が発行する書類がTier5 VISAが失効後、イギリスを離れてからでないと貰えないことから、一度日本へ帰国する必要が生じました。実際にVISAを取得できるまでには申請後通常だと2週間から4週間かかることから、1ヶ月は日本に滞在する必要がありました。幸いにも、この間は前職である滋賀医科大学の依馬 正次先生の研究室で実験をさせていただいたり、知り合いの先生の研究室でセミナーをさせて頂くなどしていました。
無事にTier2 VISAを取得し、再びケンブリッジへ戻り留学を再開しましたが、またしてもVISAの問題が生じました。それは、海外特別研究員へ身分を変更すると、大学との雇用関係がなくなるためTier2 VISAを延長できないことです。大学との雇用は海外特別研究員を開始するまでの半年だけのものでしたが、研究所のHuman Resourceに相談した時には、書類上は海外特別研究員の期間をカバーできるようにしておいたので2年半のVISAを取得できるはずで、もし取得できなくてもTier2 VISAを延長できるのでVISAはそのままで大丈夫だというものでした。しかし、実際に取得できたVISAは半年間だけのVISAでした。そこで、研究所だけではなく大学本体のHuman ResourceやCompliance Teamに問い合わせたところ、海外特別研究員のように、制度上大学を介さずに直接個人の口座に給料が振り込まれてしまう場合は雇用契約を結べないため、就労ビザであるTier2 VISAを海外特別研究員の間の延長をすることは不可能であることがわかりました。私と似た状況でも以前は延長できた人もいたようですが、今はできなくなってしまっていたようでした。そこで同じ研究所の日本人研究者に相談したところ、Tier1 VISAを取得できれば日本へ帰国せず、イギリス国内から取得が可能であることがわかりました。Tier1 VISAはスポーツ選手や音楽家、またはPIクラスの研究者が主に取得するVISAですが、その中のExceptional talent promiseというカテゴリーであれば、少なくとも日本の海外特別研究員やその他のfellowshipに採用されていれば取得可能であることがわかりました。他のVISAとは異なり、申請がやや複雑で必要な書類も特殊でしたが、幸いなことにTier1 VISAを取得されている日本人のポスドクが同じ研究所の別のフロアにいたことから、情報を得る事ができ、無事にTier1 (現在はGlobal Talent visa)を取ることができました。調度イギリスがロックダウンに入るタイミングにVISAの更新が必要だったので、イギリスで更新が出来なければかなり時間がかかったと思います。図らずも2年間の間にTier5, Tier2, Tier1と3つのVISAを取得することになりましたが、イギリスのVISAは複雑な点が多く、また要件がかなり頻繁に変更されるためVISAを取得や更新する際には最新の情報を自分で得る必要があります。また、イギリスのVISAの申請費用は高額で、Tier1 VISAの場合一人£608(1£ = ¥148; 2021年3月1日現在)かかります。イギリスの公的医療制度(National Health Service; NHS)は基本的に無料で治療が受けられますが、外国人の場合はImmigration Health Surcharge(IHS)という保険料がVISA 1年につき£624かかります。IHSの値段は年々値上がりしており、私が2018年10月に最初のTier5 VISAを申請した際は1年あたり£100でしたが、その直後に£200に値上げされ、2019年12月にTier2 VISAを申請した際には£400でした。総選挙の公約でIHSの値上げが取り上げられていたため、2020年10月からは£624になったようです。特に家族でイギリスへ留学する場合は、VISA申請費用に加えて、VISAの申請年数分のIHS費用を家族分も一括で支払う必要があるため、留学開始時はかなりの出費になってしまいます。
COVID-19
この留学体験を書いている2021年2月現在もイギリスは3度目のロックダウン中です。研究所もWork from homeが基本ですが、研究グループ毎に午前午後のシフト制で実験を行う体制です。2020年3月初めごろまではイギリスを含めヨーロッパでの感染者は少なく、初めての感染が確認されたなどのニュースが大きく報じられるものの、むしろ日本の状況の方が深刻で、日本の感染対策などを心配された事を記憶しています。しかし、3月半ばに入ると風向きが変わり初め、フランスやイタリア、スペインでの感染者が爆発的に増えて行くと同時にイギリスでもロンドンをはじめとした都市部での感染者が増えて行きました。その様な状況の中で、ロンドンの大学が閉鎖されるらしいなどの噂が流れ始め、その後イギリス全土のロックダウンが行われる可能性があるとの報道がされたと同時に、研究所のディレクターから研究所も閉鎖になる可能性があるので新しい実験は行わないようにというメールが回りました。実際にその1週間後の3月23日からイギリスはロックダウンに入り、6月1日に研究所が開くまで2ヶ月間在宅勤務になりました。その間はオンラインでのラボミーティングや、論文を書いたり、また普段なかなか手をつけられなかった勉強の時間に当てるなどして過ごしました。ロックダウンが終わり、研究所が再開した後は研究グループ毎にsocial distanceを十分に確保し、感染防止策を取りながら実験を再開しています。私のグループでは午前と午後にシフトを分けてラボで実験を行っています。最初は時間が限られるため戸惑いもありましたが、限られた時間で効率よく実験の予定を組み、午前の時間で論文を読んだり、データを纏めたりする時間が取れるため、メリハリを付けることができて、新しい様式に対応することが出来たように思います。未だに1日に1万人近くのの感染者が報告されていますが、一方で、ワクチンの接種が計画通りに進みつつあり、効果も期待できることから、段階的なロックダウンの緩和方針も発表され、少しばかりの希望が見えつつあります。
終わりに
環境になれてようやく研究の方向性が見えて来たところでロックダウンに入ってしまい、なかなか思うようにいかない留学になっていますが、この非常事態を日本ではなくイギリスという日本と同じ島国で経験していることは興味深いことです。学生時代からお世話になっている方に、留学は苦労しに行くと思った方が良いよと言われたことが印象に残っていましたが、特に私はVISA の面で非常に苦労したので正にその通りになりました。一方で、共同研究のコンソーシアムに参加する機会が得られるなど、様々なチャンスを得ることもできました。また、研究の相談ができる仲間が増えたことも大きな財産だと思います。また、ケンブリッジにはサバティカルで来られる大学の先生や、企業の駐在の方やMBAの留学などで来られる日本人も多く、様々なバックグラウンドの日本人の方との繋がりを作ることもできます。日本で研究を続けていれば必要のなかった苦労が圧倒的に多いですが、留学したからこそ得られた経験や人との繋がりも多く得られたと思います。初めから海外でという強い思いがあったわけではありませんが、ケンブリッジへ繋いでくれた出会いがあり、そしてケンブリッジでも周りの日本人の方に助けられながら難しい状況でありながらケンブリッジで充実した研究生活が送れています。
夏のイギリスはとても過ごしやすく、明るい時間も長いため実験終わりにpubでビールを飲んだりと、イギリスならではの過ごし方ができるのも魅力的なので、早くそのような日が戻る事を願っています。
【プロフィール】
2010年 明治大学農学部生命科学科卒業、2012年 筑波大学大学院人間総合科学研究科フロンティア医科学専攻 修了、 2016年 同生命システム医学専攻修了 博士(医学)(高橋 智教授, 依馬 正次准教授(当時))。2016年 滋賀医科大学動物生命科学研究センター (依馬 正次教授)特任助教を経て、2018年11月よりケンブリッジ大学 Wellcome-MRC Stem Cell Institute, Jennifer Nichols研究室でResearch Associate(上原財団海外ポスドクフェローシップ、JSPS海外特別研究員)。哺乳動物の初期胚発生と多能性幹細胞に興味があります。
連絡先 :ta458@cam.ac.uk
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