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【COVID-19クライシス#4】中野 亮平(ドイツ・マックス・プランク研究所)

更新日:2021年2月15日

執筆者:中野 亮平 執筆日:2020年4月18日 国名:ドイツ 所属:Max Planck Institute for Plant Breeding Research トピック:研究室運営、科学的財産維持、海外生活、留学準備

doi: 10.34536/covid19-005


私の住むケルンがあるノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW)はドイツ国内でも最初に感染爆発が起こった地域のひとつで、3月7日の時点で不要不急のNRWへの渡航の自粛要請が出ました。その翌週16日からNRW政府により州内一斉休校措置が取られ、小学1年生の娘、年少の息子、生まれたばかりの双子を抱える我が家において私は在宅勤務を余儀なくされました。さらに翌週23日からは仕事・買い物・散歩以外の外出、および公の場での会合が禁止され、以降基本的には一日中家で家族のみで過ごす時間が続いています。


私たち夫婦のドイツ語が壊滅的なせいで唯一小学校での時間がドイツ語に触れる時間であった長女にとって、一ヶ月以上も学校に行かない状態はかなり致命的で、オンライン教材やドイツ語のテレビ番組を駆使しながらなんとかドイツ語を忘れないように必死にホームラーニングをこなしています。学校からはテキストベースの宿題や教材の提供はありますが、例えばシンガポールやアメリカ西海岸で聞かれるオンライン授業のような先進的な統一システムはありません(先生からは定期的に励ましの言葉などをメールで頂いていて,それはそれは大変心強いものであります)。幸い、スピーチセラピーはSkypeで提供してくれているので、週に一度は「本当の」ドイツ語を使う機会ができています。


私自身は,一斉休校以来今日に至るまでの8週間、研究所に行ったのは僅か4−5回のみ、それも極めて短い時間の滞在です。仕事の不安、子どもの教育の不安、溜まるストレスになかなか過ぎていかない時間と、長期に及ぶ「自宅軟禁」はそれなりに辛いものです。しかし、ケルンは日本人が多く日本語補修校をベースとした日本人コミュニティが多くありますので、そのWhatsAppグループで日々生活の相談をしたり愚痴を言い合ったり夜な夜な酒を交わしながら他愛もない話をするなどしながら互いに支え合っています。また、欧州在住の高校同級生の同窓会をZoomで開催したり、在欧生物系日本人研究者でZoom交流会をしたり、日本にいる友人たちのLINE飲み会にドイツから参加したり、こんな機会だからこそ普段は繋がれない仲間と繋がったりしています。昨今Social Distancingという言葉が広く使われますが、私にとってはあくまでPhysical Distancingであり、Social Engagementは少なくとも一定程度において維持されているように感じています。逆に言えば、一人暮らしなど、こういった支え合えるコミュニティに浸かってない人たちは大変な思いをしているのだろうなと心配しています。

ドイツ政府による外出禁止令を受けて、当研究所(MPIPZ)でも緊急対応措置が取られました。進行中の実験はそのまま続けてよいが、緊急でない実験を新しく開始することは禁止、内外問わずあらゆるセミナー・ミーティングは中止・延期、その他オフィスワークは可能な限り自宅から行うように、というのが基本的な考え方です。安全にラボワークを進めるため、2メートル間隔の絶対維持が義務付けられ、隣り合う・向かい合うベンチで2人以上が同時に作業することは禁止されました。私自身は先立っての休校措置に伴いすでに在宅勤務を始めていましたが、「在宅勤務に求められるもの」が外出禁止令の発布前後で変わったように思います。個人都合から研究所都合での在宅勤務へと切り替わったため、自宅での業務内容や成果に何かを求められることはなくなり、とにかく「重要な実験やタスクを遂行するために出勤しなければならない仲間を感染から守る」ことに重点がシフトしました。「重要なタスク」には植物および植物育成施設の維持・管理や重要機器(低温室や−80℃フリーザーなど)の管理が含まれ、これらは研究所に雇用されているガーデナー、テクニシャン、テクニカルサービスなどと呼ばれる人々が担ってくれています。こういった人々が感染リスクのなかでMPIPZに出勤し研究ライフラインを維持してくれているおかげで、私たちのような末端の研究者が不安なく在宅勤務を行えており、心からの尊敬と感謝の念しかありません。その命を守るために、不要不急の実験は延期されるべきであり、出勤することが必須でない限りは在宅勤務で業務をこなすべきである、という考え方なのだと理解しています。

4月15日にドイツ政府により新たな対応策が制定され、5月3日までの外出・会合禁止の延長と、それ以降の段階的な制限の緩和が発表されました。これを受けてMPIPZも徐々に通常の研究体制への復帰を始め、4月20日付で1.5メートルの距離の維持とマスクの着用を絶対条件として実験の再開が許可されました。一方、職員あるいはその家族に健康不安がある場合、または小さな子どものいる職員は引き続き在宅勤務を続けることが推奨されていて、私はもう2週間(都合7週間)在宅勤務を続けることにしています。学校・幼稚園は5月4日以降に上級生から段階的に再開されることになっていますが、私の子供たちのような低学年や幼稚園は優先順位が低く、まだまだ再開の目処は立っていないのが現状です。私は5月4日から徐々にラボワークを再開する予定にはしていますが、しばらくは極めて限られた時間で必要最低限の実験をこなすような形になりそうです。4人の子供をみながら自宅で仕事を進めるのはほぼ不可能に近く、著しく低下した効率と体力と精神力の中で色々なことを諦めながら這いつくばって生きているような感覚です。申請書を書いたり、世界中の共同研究者とミーティングをしたり、たまっていたデータ解析をこなしたり、日本の同業者とオンライン研究会を企画したり、と可能な限りできることをやるように頑張っています。諸々のことを考慮すれば、程度の変化こそあれ、仕事に費やせる時間に対する制限は長期的に続くことを覚悟しています。残り2年を切った任期の中で、限られた時間で最大限の成果を出せるように、それこそ「選択と集中」が求められており、プロジェクトマネジメント能力が試されているな、と感じています。

研究所・家庭での個人的な行動制限だけでも十分大変ですが、グループとしても色々と影響を受けています。サバティカルで私のグループに滞在中の方は緊急事態宣言を受けてご家族の待つ日本へ緊急帰国してしまいましたし、同じく私のグループで4月から半年間留学予定だった学生さんは渡航が無期限延期となってしまいました(時期をずらして再チャレンジできるように全方向に調整中)。共同指導をしているポーランドの大学の学生さんはMPIPZで行う予定だった実験が中止になってしまいましたし(国境が開き次第再度計画する予定)、直前にスペインのフィールドで採集した野外植物サンプルはスペインの大学・研究施設の閉鎖に伴い未だマドリードの地下の冷凍庫に眠っています。現在、ドイツに限らず世界中で研究が完全に停滞していて、ヨーロッパ中の友人たちが頭を抱えていますし、日本でもこれからどんどん同じような形になっていくと思います。ただ、こちらにいると「人命のためならしょうがない」という共通認識があるというのを強く感じます。研究が進まないことに対する不満や愚痴をこぼすよりも、お互いの心身の健康を気遣い、互いに支え合ってとにかくこの難局を乗り越えよう、そしていつの日かまた楽しく研究に戻ろう、という連帯感を強く感じます。私を含めてこちらの研究者も、特にPhDの学生や任期付きのポスドクやPIは、研究の停滞による将来の不安を強く感じています。それでも、「それよりも大事なことがある」という大義名分は、よしんば表面的であっとしても、しっかり尊重する素養があるようにみえます。

私自身、これからどうやってこの難局を乗り越えていけばいいのか、今後半年あるいは数年と、どういう研究生活になっていくか、まったく見当もつきません。だからこそ、今は今できることをひとつひとつこなしながら、とにかく1人でも多くの命が救われること、1日も早く状況が好転することを祈りながら粛々と自宅待機を続けようと思います。今回のことで収入が激減したり深刻な健康被害のリスクに晒されたりしている人々と比べたら、収入が担保されて少なくとも生活に関しては不安なく自宅に籠れるというのは一般的に見れば極めて恵まれた職種であると感じています。個人として様々な不安や焦りはあれども、社会的に強大な危機に立ち向かうことを優先し、私たちの生活を支えてくれる医療関係者・物流関係者・小売店従業員などの皆様の安全が確保されるよう、しっかりと市民としてするべきことをやっていくしかないと思っています。この原稿が読まれているときにドイツや日本や世界がどんな状態になっているか分かりませんが、どうか皆様もご自身とご家族とご友人、またそのご家族の命を守るために、この困難な時を共に支え合って切り抜くていただければと思います。Stay healthy!



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