top of page

【COVID-19クライシス#8】中能 祥太、柳田 絢加(イギリス・ケンブリッジ大学)

更新日:2021年2月14日

執筆者:中能 祥太、柳田 絢加 執筆日:2020年4月25日 国名:イギリス 所属:ケンブリッジ大学、Wellcome-MRC-Cambridge Stem Cell Institute トピック:研究室運営、科学的財産維持、海外生活、雇用状態

doi: 10.34536/covid19-009


海外での生活について

筆者の暮らすイギリスでは、2020年3月23日にボリスジョンソン首相がスピーチを行い、国民の外出自粛を要請した。これ以降、必要最低限の買い物、1日1回の運動、医療上のやむを得ない事情、key workerの通勤を除く不必要の外出は禁止、上記に当てはまる場合もsocial distanceを保って同居人以外との接触は避けること、違反者は警察による取り締まりの対象となることが発表された(https://www.uk.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00049.html)。生活必需品以外を扱う商店や施設は閉鎖され、結婚式などの社会的行事も中止されているため、街は閑散としている。近くの学校からはときどき子供の声が聞こえるが、両親がkey workerの場合に限定して子供を預かっているようだ。

生鮮品のオンライン店舗は注文が殺到して順番が回ってこないので、近所のスーパーに行くことになるが、一度の入店者数を制限したり、床にラインを引いたりしてsocial distanceの2メートルを維持するよう努めており、緊張感がある。当初は野菜や精肉が売り切れていたものの、今では補充され大概のものは手に入る。外食は無理だが、以前より発達していたDeliverooやUber Eatsなどの宅配業者を通して、多くのレストランのメニューを自宅で楽しむことができるのは救いだ。また、生鮮品以外は、冷凍庫や小麦粉など備蓄に関係するものや衛生日用品を除けば、Amazon等も在庫があり、配達もわりと速い。3−4月のケンブリッジは陽気に恵まれ、緑豊かな公園で体を動かす人たちが多く見られるほか、玄関先で食事や仕事をすることで一日中こもって気が滅入るのを避けているのも目にする。公園には牛が放牧されている(COVID-19とは関係ない)。

イギリスで感染者の割合が一番高い地域はロンドンだ。ケンブリッジは大都市ではないが医療設備は充実しており、今のところそこまで切迫している状況ではないように見える。病院勤務の同僚が数週間前にしていた話では、COVID-19の患者は多くなく、病院はまだ余力を残せている印象とのことだった。ジョンソン首相の正直な告知と科学に立脚した決断を信頼してか、各々が制限のある中でできることを行い、団結して困難に立ち向かおうとしている雰囲気を感じる。毎週木曜日の夜8時には、NHS関係者(医療従事者)の健闘をたたえて拍手を送る習慣になっていて、こういうのは日本にはないところで感心する。NHS関係者への大学バス・駐車場の無料化、スーパーの買い物時間の融通、宿泊施設・食べ物の割引など(https://www.england.nhs.uk/coronavirus/nhs-staff-offers/)社会全体で支援しようという姿勢がある。NHS関係者へのサポート”STAY AT HOME, PROTECT THE NHS, SAVE LIVES”という政府のスローガンは、直接貢献しない人たちに自宅待機を強制するのとは違った優しい良い表現だと思う。 研究室の運営・科学的財産の維持について

閉鎖前


3月初旬より、電車通勤者やドライ系研究者のなかには在宅勤務に切り替える人が出始めた。しかし、当初イギリスは集団免疫獲得で乗り切る方針であったため、social distanceを保てば研究を続けられるだろうと考える人が多かった。筆者のラボではミーティングが中止され、培養室や実験スペース使用にシフト制が導入された。別のラボではミーティングを広い会議室で行い、お互い離れて座るようになった。所内でも手動ドアは開放状態にする、掃除を頻繁にするなど感染リスクを減らす努力がなされた。また、この頃よりPCR検査に必要な試薬や機械、マスクやゴーグルなどを検査所や病院に提供して欲しいとの依頼が大学や研究所に来るようになった。

その後、ヨーロッパ大陸での事態深刻化に伴い、海外研究者の渡英がキャンセルされセミナーが次々とキャンセルされた。研究を支えてくれているコアサービズ(清掃、機器の洗浄、オートクレーブ、試薬の注文など)の維持が次第に難しくなり、研究環境の安全維持の観点からも研究所閉鎖が濃厚になってきた。大学・研究所ではリモートワークへ向けITサービスの充実が図られ、貴重な研究試料は閉鎖に備え保存するよう周知された。普段、−80度の冷凍庫や実験動物などは研究所や動物室職員により管理されている。しかし、職員が出勤できなくなった時に備え、ラボごとにバックアップ管理者の登録が開始された。大学、研究所は閉鎖されるのか、それはいつからなのか。確かな情報が得られず、混乱の日々であった。研究所閉鎖前にデータを取り切りたい者が多く、顕微鏡など共通機器は連日夜中まで予約が埋まっていた。データを取り切るよう研究員を鼓舞するPI、働き方は各研究員の自由に任せるPI、リモートワークを推奨するPIと研究室により様々。研究員、PI、所長、学長と立場の差こそあれ、みな未曾有の事態に面しているヒトである点に関して違いはなく、どう振る舞うべきか判断し、指示を出すのは容易ではなかったであろう。

ロンドンにある大学、研究機関の閉鎖情報が伝わり、ケンブリッジも閉鎖される可能性が濃厚になったのは研究所閉鎖5日前だっただろうか。閉鎖が正式に決まったのは3日前であった。閉鎖が決まったことで、リバイス実験を抱える者、研究室に来たばかりの者、短期間のインターン生などは成果が出せないことで不安を抱えることになった。その一方、閉鎖に備え連日フルパワーで実験してた者には疲れが見え始め、不安定な状況に苛立つものもいたので、閉鎖の決断は悪くなかったと思う。研究者は個々人でリモートワークにするかどうか判断ができる。しかし、研究所を維持してくれる事務やコアファシリティーの職員はどの部門も1−2人でまかなっており、研究所が稼働している限り出勤せざるを得ない。また、研究者が閉鎖の最後の1秒まで研究していては、彼らが閉鎖へ向けた準備をする時間が確保できない。お互いを思いやることの大切さ、大きな組織ほど早めに決断をする必要性を感じた。 閉鎖中

3月20日(金)の午後5時をもって、研究所は閉鎖になった。しかし、COVID-19に関係する研究と申請して承認されたごく一部のessential work、実験動物の維持などは許可されている。液体窒素や実験動物は然るべき者が責任を持って管理維持してくれることが周知され安心できた。

閉鎖翌週より筆者のラボではZoomやTeamsなどを用いてミーティングや論文紹介が開始された。母国へ帰った者や家に子供がいる者もいるため、時差や家事・育児を考慮する必要があるが、リモートワークへの切り替えはスムーズだった。ケンブリッジでは通常多数のセミナーが行われているが、それらもすぐにオンライン化され再開した。また、研究所では通常の所内ポスドク・学生セミナーに加え、PIセミナーが新たに設けられ、セミナーの数は通常以上かもしれない。またラボによっては、オンラインお茶休憩や飲み会を開催し、研究員が孤立しないような試みがなされている。解析に便利なフリーソフトやトライアル期間の延長など有益な情報は研究所の各ファシリテーより随時連絡が来る。学長からは大学の運営方針、課題、それに対する進捗がほぼ毎日メールでアップデートされる。状況の把握や受けられるサービス情報の収集には非常に便利だ。在宅できることは在宅環境、研究ステージ、研究テーマにより様々であろうが、各人できる範囲で研究を続けている。

大学閉鎖直後より、大学や学会等でCOVID-19研究・検査に協力可能なボランティア研究員の登録が始まった。研究分野、研究歴などを登録しニーズにより登録者に来るようである。また、政府が設けた検査所やGSK・アストラゼネガ・ケンブリッジ大学で作った研究・検査所でも協力研究員の募集が行われている。通勤や宿泊費、給料は支給されるようで、協力を申し出る人も多い。しかし、保険や契約書の準備に時間がかかっている他、研究所が再稼働した場合に検査員としての協力業務を辞め、通常の研究に速やかに戻れるか不透明である点が現在問題となっている。 雇用状態について

現在、筆者は日本学術振興会の海外学振特別研究員としてイギリスで生物学の研究を行っている。外出自粛要請に伴い、医療従事者、配送業者、警察といったkey worker以外は通勤することができなくなり、筆者の勤めるケンブリッジ大学の研究所は3月20日より閉鎖された。COVID-19に関係する研究でないため、自宅で作業するほかない状態が続いている。ラボミーティングや研究所のセミナーはオンラインにて継続されているものの、実験が主体の発生学、幹細胞学の分野では、研究所に出向いて実験しなければ新しいデータがとれないので、プロジェクトを大きく進めることは難しい。政府は状況を検証し、3週間ごとにロックダウンを緩めるかどうかの発表を行うとしているが、この記事を書いている4月後半の時点では、2期目以降どうなるかは明らかになっていない。また、規制が緩和されたとしても、研究所や実験室に一度に入れる人数が制限される予定なので、これまで通りに設備が使えるわけではなく実質勤務時間は限られる。さらに、細胞の培養の設備などは長期間の閉鎖に備えてシャットダウンされてしまったので、望む実験ができるようになるまでしばらくの時間がかかるだろう。筆者自身、今まで集めたデータの解析や、論文の準備をすることで自宅勤務の時間を有効に使うようこれまで努めてきたが、進捗状況に影響があるのは間違いない。

仕事を続けることができなくなった人たちに対する政府の支援機構とは別に、ケンブリッジ大学はポスドクを含む雇用者を支援するための特別措置を発表している。銀行などから借り入れができず短期間の経済難を抱える人たちへの利息のつかないローンの提供、COVID-19の影響で収入を失った人たちが応募できる単発のグラントの用意、数ヶ月の内に雇用が終わる人たちに緊急事態が続く間の支払いを続けるといったものが確約されており、さらに雇用期間の延長を含め状況と相談しながら支援策を講じているところである。学生については、博士課程の奨学金は6ヶ月まで延長できることが伝えられ、特に最終年度にある人たちを救援するための措置を検討中とのことだ。感動するのは、カリキュラム変更にかかるコスト、出版物の滞り、寄付金の減少などによって大学自体が例年より経済的に難しい状況にあるにも関わらず、身を削って関係者を守ろうとしているところであろうか。

残念ながら、日本学術振興会から支払いを受けている身としては、以上の支援策の庇護を受けることはできない可能性が高い。海外学振は任期が2年であり、学術振興会はその後のことを保障しない。採用期間の内にプロジェクトを終わらせて出版し、新しい就職先に応募、ポストを得るというのが理想の展開だが、今の状況ではプロジェクトの遂行が中途半端に終わり、目に見える形で成果が示せず、就職活動に影響が出ることを懸念している。また異動するにしても、外出規制の中で国をまたいで引っ越しをするのは大きなストレスになるだろう。接客業やアーティストとは違い、研究職はパンデミックによって即座に仕事と収入を失うわけではない。しかし、数年単位で契約更新が求められ、研究成果が就職の可否をわけるポスドク研究者としては、状況が長引くほどジリ貧になっていくのは明らかだ。ただでさえ学振の採用期間は何かを成すにはタイトである。思うように働くことができない影響を考慮して、学振が何らかの措置(研究所の閉鎖とクリムゾン期間の分の契約を延長する。必要ならその期間の給与は8割にするなど。)を取ってくれることを願う。


Comments


bottom of page