執筆者:黄地 健仁 執筆日:2020年5月10日 国名:アメリカ 所属:Harvard School of Dental Medicine/Harvard Stem Cell Institute トピック:研究室運営、科学的財産維持、海外生活、雇用状況
doi: 10.34536/covid19-016
米国マサチューセッツ州のボストンにありますHarvard School of Dental Medicineで博士研究員として幹細胞研究に携わっています。2019年末から一気に世界的なパンデミックとなった新型コロナウイルス(COVID-19)ですが、当初は遠いアジア諸国で広がりを見せているものとして、私自身ほとんど現実味がありませんでした。
2020年2月2日、家族で食料品を買いに近くのスーパーへ出かけた際、ふと新聞コーナーが目に入りました。遂にボストンにCOVID-19が来た、というニュースでした。そして2月下旬、突如動物実験室からマスクが無くなり、その時に初めて不安を感じました。
2020年3月13日、「ramp-down strategyを行う、そしてそれは3月18日の17時から開始する。」と突然通達があり、日本人には聞き慣れのない言葉でしたが、大きな動きと、これまでに経験したことがない制限をしなければならないということは認識できました。しかしながら通達されたのが金曜日で、開始するのは翌週の水曜日の夕刻から、それ以降は選ばれた人のみしか施設に入室できないという、あまりにも急な展開でした。私が所属する研究室では、主に動物実験室と研究室、または共同利用研究室を行き来しながら研究を行っています。すなわち、自宅でのリモート研究は行えません。研究室のメンバーはPI以外に13人(博士研究員7人、大学院生5人、技術員1人)が在籍しており、たった数日間でramp-down中のマウスの管理や、現在進行系の実験をどう管理するかの戦略立てが大きな課題となりました。
2020年3月17日、ramp-down開始の前日であるこの日の夕刻に、誰が入室するかが発表され、私の研究室では動物実験室は2人、研究室には3人が入室する事になりました(うち1人は、サンプルの引き渡しができる様、両施設に入室が可能)。従来は1人のPIにつき、2〜3人と限定されていた様ですが、私の研究室は人数が多かったため、この様な決定となりました。
私は研究室に入室する1人となりましたが、ここで大きな問題となったのは、他の人がどの様に動物を扱っているか、またどう研究を進めているか、ということに対する深い認識と理解が必要ということでした。当然ながら細かなルールは個人個人によって異なります。特に施設に入室できない研究者は実際に状況を目にすることができないため、メールや電話で「XXのケージにマウスは何匹いるはずで、あれをこうして欲しい、もしくはこうできないか」と連絡がきます。普段一緒に研究をしている同士であればすぐに互いの感覚(こだわりや妥協、好みなど)が理解できますが、そうでなければ理解できない部分も多く、かつそれらの連絡を英語で適切に行い、お互いの落とし所を見極めるのには苦労しました。あまり強いニュアンスで伝えると大きなトラブルになりかねないため、もちろん伝え方にも十分に注意を払いました。またramp-downとは言え、不要不急の実験は行ってはならず、可能な限り施設内の滞在時間を制限しなければなりませんでした。そのため、事前に念密に電話やメール、必要に応じて互いの顔を見ながらリモートツールでやり取りを行い、施設に入室してからは短時間で済ませるような日々となりました。そして2020年5月現在、今もなおその生活は続いています。
大きなハプニングとしては、セキュリティーカードを階段のコンクリートの隙間に落として閉じ込められたことです。エレベーター内での接触をなるべく避けたかったこと、制限された時間の中で焦っていたこと、日本ではあり得ないようなコンクリートの隙間(塗装の甘さ)が存在したこと、などが重なり、事態が生じてしまいました。もちろんramp-downの最中、写真・磁気付きIDカードを再発行してくれるスタッフがいるわけもなく、大学の警備員を見つけて状況を丁寧に説明し、怪訝そうな顔を伺いながらもどうにか代用カードを発行してもらいました。米国ならでは(?)のハプニングでしたが、よい勉強になりました。こういう状況を切り抜けられた、というのも、米国で少しは成長したのかな、とプラスに考えています。
執筆している今も、まだ先の見えない日々ですが、このような事態の中でもリモートツールを用いた論文紹介やミーティングが開始し、さらには普段は行けない、聞くことのできないような国際学会や講演をオンラインで地球上のどこからでも見て聞くことができます。これまでに発見することのできなかった沢山のプラス要素があるように思います。またデスクワークや自宅での時間を十分に取れるようになった今、申請書や論文の執筆、自身の研究テーマの見つめ直しや、生活の見つめ直しなど、このような時間の中で気付かされたことも多くあります。そして最近になり、ramp-up委員会が開催され、今後どのようにramp-upしていくかが協議されています。おそらく、少しずつ徐々に必要な研究室や最小限のメンバーから再開を始めるような形になるかと思われますが、具体的な日程やルールなどはまだ明示されていません。
COVID-19によるramp-down中にvisaが切れ、帰国を余儀なくされた友人や、逆に日本から米国に入国できない知人が多くいます。COVID-19が世界中の研究者のキャリアプランに少なからず影響を及ぼしたのは事実です。COVID-19がいつ収束するかはわかりませんし、何をもって収束と定義するかも今はわかりませんが、いつの日か、この期間が世界中の研究者にとって何かしらの点でプラスとなったと思い返せるよう、今できることを個々がフレキシブルに、かつしっかり取り組むことが極めて重要な気がします。