ボストン留学記 – 企業研究者の立場から
執筆者:
吉田 卓(エーザイ(株)オンコロジー創薬ユニット)
留学先:
Dana Farber Cancer Institute (Boston, USA)
最近、日本からの海外留学者が減ってきているという話を良く耳にします。自分が留学したボストンエリアにおいても、そういう話を良く耳にしました。海外留学者の中では少数派である企業からの留学者も、少なくとも私の所属する会社においては、希望者が減少傾向にあります。留学するにあたってはメリットだけでなくデメリットもあるのは事実です。企業からの留学を考える方や、海外での研究経験を活かして企業でのキャリア構築に興味のある方にとって少しでも役に立てればと思い、企業研究者の立場から、2年間の米国留学の経験を記したいと思います。
(留学したきっかけ)
学位取得後、現在の所属であるエーザイのがん領域探索研究グループに配属され、その直後から留学したい旨を上司にアピールし続けました。大学院時の研究室がかなりアカデミア指向だったため、留学するのが当然という雰囲気があり、自分もそれに洗脳?されていたというのもありますが、日本の製薬企業の研究所もだんだんグローバル化しており(弊社は日本以外にも、ボストンに2か所、ロンドンに1か所、探索機能を持った研究所を持っています)、企業での研究者としてのキャリア構築には海外での研究経験は必須だと考えていました。幸いなことに、私が所属していた組織では本人の強い意志が尊重され、入社3年後というかなり早い時期に留学の機会を得ることができました。
(留学先選定について)
2000年半ばからがん幹細胞の存在と薬剤耐性に関する研究が進んだことから、その分野で勢いがあり、かついわゆるビッグラボではない研究室を候補に選定しました。留学期間が2年限定と決まっているため、できるだけボスとの密な関係を築くにはこれから上り調子で適度なサイズのラボが良さそうとの判断です。企業からの応募ということで、ボスにとってはサラリーの負担が無いので断られることはない、と楽観視していましたが、これは甘かったです。企業では自由に論文が出せないためCVのpublicationリストにギャップができてしまう点、さらには採用プレゼン時に現時点の仕事をオープンにできない等々の不利な点があります。 有名ラボへはフェローシップ付きの優秀なポスドクがいくらでも応募してきますので、研究費持参などのボスにとっても大きなメリットが無い場合は、彼らに負けないようしっかりとCVや採用インタビューへの準備を行う必要があります。
(留学先について)
乳がんのheterogeneityについて多面的アプローチをしていたDana Farber Cancer InstituteのKornelia Polyakラボにお世話になりました。偶然なことに、一時期日本の製薬企業からの留学者が自分含め3名所属するという、日本国内の大学でもありえない状況でした。お互い接点も無くこのラボにアプライしてきたということで、当時はがん幹細胞を標的とした創薬アプローチにトライできるラボとして認知度が高かったのだと思います。日本国内にいますと、同業他社との方との接点を持つ機会が意外と少ないのですが、留学先で一緒の研究室や同じ研究所で苦楽を共にすることで、企業の壁を越えて良いライバル関係が築けることは、留学することで得られた財産だと思います。
研究室の構成は、日本、中国、韓国、ネパール、バングラデシュ、スペイン、イタリア、ポルトガル、ハンガリー(ボス)、ポーランド、アルゼンチン、そしてアメリカとかなり多様な出身国から成り立っていました。対ボスという点からは、良くまとまっていました(笑)
(生活について)
妻の仕事の関係で、2年のうちの前半は単身、後半は家族帯同と異なる生活パターンを経験しました。単身のときはラボの滞在時間も長く、ラボの若い面々とつるむことが多かったように思います。家族が渡米してからは、慣れるまでのフォローや、子供の世話等々で、ラボの滞在時間はどうしても減少しました。ただ、周りの研究者を見ても、自分のボスはワーキングマザーでしたし、女性で子供を育てながら一流誌に論文を出し続けている方が日本より圧倒的に多いように思います。社会全体として、サポートする雰囲気があるように感じました。単身 or 家族帯同、どちらが良いか?どちらにしても一長一短はあり事情は様々ですが、異国での苦楽を共にするという点で家族にとっても米国での生活は良い思い出になったようで、家族帯同して良かったと思います。
(帰国後の研究)
帰国後は、元の所属であるがん領域の探索研究グループに復帰しました。留学後はプロモーションするんでしょ?とよく聞かれましたが、決してそんなことはなく、むしろ留学中の2年間は会社の業績に一切貢献していない、ということでプラスの評価は付きません(今後の貢献に期待ということでしょうか)。ただ、留学前と比べると自分の発言に対する信頼度が増したように思います。また、海外のグループとのディスカッションも度胸が付いた分スムーズに行くようになりました。ただ、電話会議で海外からの参加者の声がスピーカー通して聞きとりにくいときに、自分に今何て言った??と、皆が留学していたんだから聞き取れてるでしょ?という視線とともに振ってくるのはつらいところです。もちろん、2年程度の滞在では飛躍的にリスニングが伸びることもなく、聞き取れていないのですが・・・
最近、日本国内の製薬企業は海外での研究経験がある研究者を積極的に中途で募集しています。弊社の場合は、現地に研究所がありますので、そちらで現地採用されている日本の方もいます。欧米の企業研究所の採用は原則ポストドクター経験者となっており、新卒中心の日本とは大きく異なります。また、入社時の業績により、入社後のポジションも異なります(=給与も異なる)。留学経験を踏まえたセカンドキャリアとして、企業で研究するという選択肢は間違いなく増えていると思います。また、企業がアカデミアから創薬の種を獲得するオープンイノベーションも盛んになっています。ボストン留学時に、アカデミアで活躍されている大変優秀な日本人研究者と接点を持つことができたのは、留学した一番のメリットだと思っています。研究を薬につなげ、病気に苦しむ患者さんを一緒に救いたい方、ぜひご連絡お待ちしています。
注)この留学体験記はエーザイ株式会社在職中に寄稿されました
2014/09/24
編集者より
執筆者紹介:
吉田卓さんは、研究だけでなく、同僚、友人そして家庭を大切にされ、見事にワークライフバランスを両立させた2年間の留学生活を送られました。大らかな人柄と持ち前のリーダーシップで、ボストンの勉強会でも世話人を務められて、サイエンスコミュニティーの更なる活性化へとご尽力されました。渡米されてから、いつもさっぱり綺麗にされてた卓さんは、髪を伸ばされ、ワイルドになったと言われておりました。留学すると散髪に足を運びにくくなることからですが、これも、新たな自分発見の留学のメリットかもしれないですね。
吉田 卓さんのメールアドレス:taku19779199@gmail.com
編集後記:
企業からの留学においてもPros & Consがあること、大変興味深いところです。家庭をもたれている方には、ご家族からの同意が必要ですし、留学してからはご家族とサポートし、苦楽を共にする生活となります。異国における苦楽は、想像を超えるレベルであることも多々あるように思います。そうした中で培った家族の絆は、また特別なものなのかもしれません。留学してからのキャリアパスにも、現地日本企業への採用など増えてきているとのこと。アカデミアからの留学者にとり、嬉しいお知らせです。吉田卓さん、留学前からご帰国までの体験をシェアして頂き、有り難うございます!
編集者:
Atsuo Sasaki