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留学を決める時、帰国を決める時、その後のキャリアを決める時

執筆者:

塗谷 睦生(慶應義塾大学医学部)

留学先:

Johns Hopkins University(アメリカ)
Columbia University(アメリカ)

私は、「脳科学の教育をしっかりと受けたい」という考えから、大学院からアメリカに留学しました。留学に関する情報が乏しい中、周りにいらした先生方にご意見を伺ったところ、ほとんどの先生が大学院留学に否定的でした。そのような中、1人の先生が留学を勧めてくださいました。しかしその先生は、「勧めるけれど20年は日本に帰らないと思った方が良い」と同時に仰っていました。21歳の学生にとってそれは途方もないお話でしたが、それだけの覚悟をもって行け、という事と感じ、そのつもりで留学したのを覚えています。結局私のアメリカ留学は20年ではなく8年ほどのものとなりましたが、その先生のお話は、留学後のキャリアも含めての非常に深いものであったのだと今は感じています。ここでは「留学後も未来へ羽ばたくために」ということで、私自身の経験と留学を通じて出会った方々のことを踏まえながら、留学とその後について記させていただきます。

私は大学卒業後、Johns Hopkins University School of MedicineのDepartment of Neuroscienceに入学し、Richard Huganir博士の下でトレーニングを受け、その後、Columbia University, Department of Biological SciencesのRafael Yuste博士の下でポスドク・トレーニングを受けました。どちらも非常に恵まれた環境の中で非常に多くの事を学び、研究に没頭することができました。それと同時に研究のテーマ・手技はもちろんのこと、研究室の雰囲気やボスのサイエンスの進め方など、色々な面で随分と違うものを経験することができましたが、これらは自分にとって本当に貴重な経験であったと思っています。同じ環境で同じ手法で似たテーマの研究を進めるのに比べて困難なことは多々ありますが、異なる環境・手技・テーマを経験する中で他の誰とも異なる自分独自の経験が積み重ねられ、それが研究にとって最も大切な自身のオリジナリティーの源泉となるものと思います。その意味においてもやはり、留学というのはそのようなオリジナリティーを育むまたとない機会であると思いますし、更には現在の研究分野と研究手法のうち、少なくとも1つは異なるところに留学するのが、将来の自身のオリジナリティーへと繋がる大切な要素であると思います。

20年と思っていた留学期間の半分弱で私が帰国を決めたのは、研究環境として同じ位のものが日本にもあると感じる事ができたからでした。設備や予算にも増して研究環境は何よりも重要な要素で、帰国を検討するにあたってこれは最も重要な事となると思います。もちろん場所やボスにも依るとは思いますが、一般的に言って海外においては色々な意味で自由度や独立性が高く、逆に日本の研究室ではそのような要素はそう一般的なものではないと思います。せっかくそのような自由な環境において育んだ独立性や自立性は研究者にとって非常に大切な要素ですので、留学後の道の選択にあたっては、それをなるべく大切にしてくれる環境を選ぶべきと考えます。また、もう1つ私が留学の中で感銘を受けたのは、アメリカの先生方のワーク・ライフ・バランスの良さと、それを当然のものとして受け入れる環境でした。個々人で価値観は違って当然なのですが、例えば家族と共に過ごす時間を大切にしたいという考えがある時、その実現を可能にしてくれるような、研究における自立性や自由度を重んじた環境はやはり掛け替えの無いものと思います。私の場合、私よりも長く海外にて研究をしてきた、そして個人的に強い信頼を置いていたボスのところでのポストであったため、帰国を決断することができたのだと思います。実際、今もその独立性や自由度を非常に大切にして頂いているのは本当に恵まれたことであると感じていますが、残念ながらこのようなケースはそう一般的ではないかと思います。一方、例えば大学の教授のように自身で研究室を主宰できるような立場での帰国であればそのような自由度を得る事ができると思いますが、一般的に教授になるのはそれなりのキャリアを積んでからのことが多く、その意味で20代前半の学生に20年は帰ってこないと思った方が良いと仰った上記の先生のお言葉は、そこまでお見通しになっての親身なアドバイスであったものと思います。

最後に留学後のキャリアですが、私自身は研究に携わりながら学生さん達の教育に携わることができる大学での職が個人的にとても好きなのでこれをお勧めしますが、それと同時に他の道にも広く目を向けるべきと感じています。留学している間、研究者の活躍する場として企業を含む様々な道があることを学びました。そして、非常に優れた研究者である仲間たちが各方面へと羽ばたき、活躍しているのを見てきました。そして更にはこれらの垣根を越えた異種のキャリアを経て、やはりその中で生まれたオリジナリティーに根差して活躍している方々にも出会ってきました。これらを踏まえ、キャリアの選択にあたっては、その時々で何を大切にしたいかということを総合的に考え、「アカデミアか否か」のような枠にとらわれることなく、自由に活躍する先を選ぶべきものであることを強く感じています。

留学を決める時、帰国を決める時、その後のキャリアを決める時、それぞれの時において自分の気持ちに真摯に向き合って納得して進むのが、研究者として、そしてそれ以前に一個人として、未来へと羽ばたくために最も大切な事と思っています。末筆ながら、本稿をお読みになる若い方々のご活躍をお祈りいたしますと共に、私の経験が少しでもお役に立ちますことを祈っています。

2015/11/19

​編集者より

​執筆者紹介:

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編集後記:

留学における覚悟の大事さが伝わってきました。確かに、日本とアメリカの違いと一概にいえることはなく、ラボによって研究環境とライフにも大きな違いがあります。そして枠をとっぱらって自分と向き合っていくことの大切さ。示唆に富む体験談とアドバイス、有難うございます!

編集者:

Atsuo Sasaki

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