自分で選んで、ここにいる~ 海外挑戦を支え続ける3つのメンタリティ ~

更新日:11月18日

プロアイスホッケー選手

三浦 優希

はじめに


(写真)チェコU20リーグ時代のプレイ

UJA Gazette読者の皆様、初めまして。アメリカでプロアイスホッケー選手をしている三浦優希と申します。


この度、連載シリーズ『スポーツ留学のすゝめ』にて、私にとって兄のような存在であり、また共に夢に向かって海外挑戦を続ける同志でもあるラクロス選手の中村弘一君(あえてこう呼びます;Gazette第6号参照)よりバトンを受け取り、寄稿の機会をいただきました。私がこれまで積み重ねてきた決断や挫折、そして、これからの目標について包み隠さずお伝えします。少し長くなりますが、少しでも読者の皆さんの背中を後押しできれば幸いです。


紙面の都合上、「自己紹介」「人生が大きく変わった高校2年生」「チェコでの2シーズン」は、UJA noteの方で紹介させて頂きます。Gazetteでは渡米後の様子から紹介したいと思います。



アメリカへ行くという決断


私がチェコのプロリーグからの契約を断ったのは、同じタイミングでアメリカU20最高峰のリーグであるThe United States Hockey League(USHL)からもオファーを貰っていたためです。チェコでプロになることばかりを考えていた私でしたが「アイスホッケー選手として世界最高峰NHLの舞台に立ちたい」という思いがあったため渡米を決断しました。チェコでの実績もあり自信を持って渡米しましたが、ここでも苦難の時間を過ごします。当時の私は20歳でチーム最年長であり、さらに外国人登録選手の枠を使用してチームに所属していました。つまり、絶対的に活躍することを求められていました。しかし、コンタクトの激しいアメリカンホッケーにすぐに対応できず、1対1のバトルで負けることも多かったため、シーズン途中から徐々に出場時間が減っていき、ベンチにすら入れない日々を迎えました。年下の選手がチームの主力としてプレイしている中、それを観客席から見守ることしかできない自分に、これ以上ない悔しさを感じていました。「俺はこんなところで何をやっているんだ」という思いばかりでした。

(写真)USHL時代のプレイ

そんな私を救ってくれたのは、チェコで試合に出られなくなった時の経験でした。「今回も同じだ。決意を固めて戦わない限り、この環境を変えることはできないんだ」と自らに言い聞かせました。そこからは再び自分との勝負の毎日です。何が足りないのか、どうしたら試合に出られるようになるのかを監督へ聞きに行き、普段の練習でも徹底的に「勝敗」にこだわりました。


その成果は少しずつ実を結び、シーズン後半には再びレギュラーに戻ることができました。この1年間の成績は決して思い通りではありませんでしたが、それでもNational Collegiate Athletic Association(NCAA)の最上位区分であるdivision1(D1)に所属するLake Superior State Universityへ、日本人男子アイスホッケー選手として初めて全額奨学金のオファーで進学を決めることができました。



NCAAでの4年間


大学での4年間は、人生の中で最も濃密な時間だったと今では思います。嬉しいことも、悔しいこともたくさん味わいました。一番大きな収穫は、チーム内で様々な立場を経験したことだと思います。


(写真)NCAA 3年目のプレイ

入学早々、チェコでの経験が理由で、1年間の出場停止処分を受けました。しかも半年に縮小された翌日の練習で足首を骨折し、3か月以上リハビリ生活を送りました。「やっと試合に出られる」と思った矢先に離脱が決まった心境は、まさしく絶望そのものでした。それでも前を向き続け、なんとか年度末にNCAA D1の舞台に立つことができました。


2年生の時には、怪我もなくコンディションも万全な状態で迎えたものの、レギュラーになることができず控えとして大半を過ごし、出られた試合でも全く得点できない日々が続きました。この時は、精神的に最も追い込まれていたと思います。ついには、出場して点を獲る夢まで見るようになり、嫌な気持ちで布団から出る日々が続きました。


そんな時、監督から「優希は”Tenacity”が足りないんだよ」と言われたのです。

Tenacityの意味は「粘り強さ、執念」です。

まさしく現在の自分に最も必要なものであり、これこそがいままで苦しんできた原因だった、と納得したことを覚えています。私のプレイには「絶対にこの相手に勝ってやる」「何としてでもこのパックを守るんだ」という強い意志が客観的に欠けていたのです。


この1年間は本当に苦しかったですが、自分と向き合い続けて数少ないチャンスをモノにし、ついに大学リーグ初ゴールを決めることができました。Tenacityという言葉を僕にかけてくれた監督に心から感謝しています。私がアイスホッケーをやる上で一番大切にしている言葉です。



3年生になって初めてチームの主力としてオールシーズンをプレイできるようになりました。守備のスペシャリストというポジションも確立し、フォワード選手のブロックショット数でリーグ1位になりました。試合の出場時間も圧倒的に増え、また上級生としてチーム内での立場も変わりました。年下選手が中心の中で、リーダーシップとは何かを考えた1年間になり、自己最多得点も記録するなど成長著しい期間でした。




(写真)NCAA 4年目でカンファレンス優勝

そして4年生。おそらく一生忘れることがないであろう瞬間を私たちは迎えました。それは、チーム25年ぶりとなるカンファレンス(地区大会)優勝、そして全米大会出場を成し遂げたのです。


全国に約60チームあるNCAA D1のチーム中で、入学当時のランキングは58位、いわゆる弱小校でした。そんな私たちが、チームに新たな歴史を刻んだのです。この1年間は、とにかく後悔なくやり切ろうという気持ちで溢れていました。2年間ほとんど出番のなかった自分が次第に主力として出場し、地区大会優勝に貢献できた瞬間は、それまでの孤独な戦いが報われた瞬間でもありました。全米大会では1回戦敗退となり、そこで大学でのキャリアは終了しましたが、辛いことがありながらも、それ以上に素晴らしい経験をさせてくれた4年間に心から感謝をしています。



プロデビューを果たして


2021年10月に開催されたトライアウトに合格し、翌11月には念願であったアメリカでのプロデビューを果たしました。現在はEast Coast Hockey League(ECHL)というNHL傘下(3部相当)のIowa Heartlandersというチームでプレイしています。2021年からリーグに参入した新しいチームで、1期生としてプレイできることを本当に嬉しく感じています。

(写真)ECHL (NHL/AHL AFFILIATIONS)
(写真)ECHL (NHL/AHL AFFILIATIONS)

ビザ取得のために日本に一時帰国していたこともあり、チームへの合流は11月からとなりました。翌月の12月の段階では17試合に出場して6ゴール5アシストの計11ポイントを記録するなど、まずまずの成績を残すことができていましたが、2021年12月末の試合でフェンスに体を激しく打ち付けて肝臓を損傷し、2か月ほど戦線離脱することになりました。NHLを目指す自分にとって、プロ一年目となるこのシーズンで大怪我をしてしまったことは非常に残念でした。ただでさえ遅れて合流した身でありながら、今度は怪我で試合に出場できないことほど悔しいことはありません。


(写真)ついにECHLでデビュー

しかし、ここでも自分を強く保ちました。怪我に嘆くのではなく、現実をしっかり受け止め、この期間を「自分へ投資するための時間」としてリハビリやトレーニングに励みました。そして、2022年2月から再びチームに復帰することができ、シーズンを終えるまで戦い抜きました。


最終的には、41試合に出場し10ゴール12アシストの計22ポイントを記録することができました。決して満足のいく成績を残せたわけではありませんでしたが、怪我との向き合い方や、長いシーズンをプレイするための精神力、これまで以上にシビアな競争の世界など、プロ選手として生活していく上でとても大切なことを多く学べた一年となりました。



海外挑戦に必要なもの


最後に、私がこれまでの経験から感じた「海外挑戦に必要なメンタリティ」について書きたいと思います。それは「タフさ」「内省力」「逆境力」の3つです。人によってそのタイミングや大きさは違うと思いますが、海外での挑戦を続けていると、どこかのタイミングで必ず「通用しない」という試練の瞬間が訪れます。きっとスポーツ以外のどの分野であってもそうだと思いますが、そこで必要になるのがこれら3つの要素だと考えています。


1.タフでいる

性格上の向き不向きもあるかと思いますが、思い通りに物事が進まないときに、その状況に対して楽観的に物事を捉えることができるかどうかです。一人で思い込みすぎるのではなく「こんなもんか」と開き直れる力です。身体面・精神面のいずれでも「痛みにある程度耐え、そして受け流す」ということです。このスキルは様々な場面で必要になるかと思います。


2.内省力を保つ

内省力は身につけるというより、自然と身につくものだと思います。先ほども述べたように、海外挑戦では思い通りにいかないことがほとんどで、程度こそあれほぼ毎日何かしらの失敗や挫折を経験することになります。そのような生活を繰り返していくと、自然と「自分は今何をすべきなのだろう?」「そもそもなぜ自分はここに来たのか?」「この決断をした意味は?」といったように、自分と対話する時間が圧倒的に多くなります。私はこの時間があったからこそ、様々な課題に気付くことができ、辛いときにも自らを奮い立たせることができました。「この挑戦を始めたのは誰だ?」「それは自分自身だ」「だったらこのトラブルも自分で乗り越えるしかない。自分で選んでここにいるのだから」という形で帰着することが多いように思います。思考を気高く保つうえで、自分と向き合う時間はとても重要です。


3.逆境力を活かす

「逆境力」という言葉が実際にあるかどうかはわかりませんが、私が思う逆境力を翻訳すると「いつかトンネルを出る日が来ることを信じ続ける力」のことです。逆境に立ち向かうためには、周りが何と言おうと自分の足で踏ん張るしかありません。辛い時間を過ごしていたとしても、明日、1ヶ月後、1年後には日の目を見る瞬間が訪れることを信じ、その日が来るまで戦い続けることです。こうなると、自分との勝負で「どれだけ根気強く続けられる」かが問われます。もちろん自らを精神的に追い込む必要はないし、無理をする必要もありません。しかし、自分が叶えたい目標があるのであれば、これくらいの覚悟は必要になると思っています。



私が感じる3つの大切な考え方についてお話してきましたが、常にこれらに意識を巡らせることは大変です。実際、これら全て包含する私のキーワードこそが大学時代の監督から教わった”Tenacity”です。何かあるたびに心の中で、時には口に出して「Tenacity…Tenacity…」とつぶやきます。試合前、試合中、何か辛い感情を味わったときなど、どんなときもこの言葉を思い出しています。この言葉には自身と闘った経験に基づく深い理解があるからこそ、Tenacityの一言だけでスイッチが入り自らを奮い立たせてくれるパワーワードとなっています。


皆様も自分を支えてくれる柱となる「勇気の一言」を見つけてみてください。

(写真)日本代表としてデビュー

最後に


noteを含めた長文をご一読いいただき、本当にありがとうございました。自分の経験談になりましたが、皆様にとって少しでもプラスとなる部分がありましたら、筆者としてこれほど嬉しいことはありません。私はこれからもNHL選手になること、そして日本代表を長野五輪に導く選手になることを目指して挑戦を続けます。本当に独りでは続けられない茨の道を通ってきましたので、多くの方々に支えられてこそ現在があります。今後も家族、友人、応援してくださる方々への感謝の気持ちを忘れず、真摯にそして謙虚にチャレンジを続けていきます。この度『スポーツ留学のすゝめ』にて執筆の機会をいただいたUCSFの森岡和仁さん、そのご縁をくれたラクロス選手の中村弘一君に、心からの感謝の意を表します。本当にありがとうございました。



著者略歴


三浦 優希。1996年生まれ。東京都東大和市出身。プロ選手だった父の影響で3歳からアイスホッケーを始める。早稲田実業学校高等部へ進学するも、2年時の一時留学をきっかけに自主退学しチェコに移住。U20リーグ得点王、シニアチーム試合出場等を経て渡米。日本人アイスホッケー選手として初めて、NCAA D1所属大学であるLake Superior State University に入学。4年時には、大学25年ぶりとなる地区大会優勝や全米大会出場に貢献。2021年シーズンより、世界最高峰リーグNHLの傘下ECHL(3部相当)のIowa Heartlandersにてプロデビューを果たす。日本代表として五輪予選や世界選手権にも出場した。


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