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コロナ禍に発足したスタンフォード大学の日本人研究者コミュニティ—JASS—

更新日:2月23日

井口雄介(Stanford University)

コロナ禍でin-personな関わりが制限された中で、新たに日本人研究者コミュニティを立ち上げられたJASSの井口さん達の取り組みが紹介されています!幅広い研究領域のカバーや、あえて日本語を使う様になったユニークなキッカケ・気付きなど、とても面白いです!ぜひご覧ください!(UJA編集部 土肥栄祐)

はじめに


毎年10月頃になるとキャンパスの緑の芝生にFlu shotを打つための白いテントが多く現れます。四季の変化が少ないカリフォルニアで冬を感じることができる数少ないイベントですが、今年は2本のワクチンを打つ必要がありコロナ禍が終わり共生していく新たな時代が来た事を感じさせます。そして同時に、私たちが日本人研究者コミュニティ “Japanese Academic Seminars at Stanford”(通称 “JASS”)を2022年6月に立ち上げてから一年以上が経ったことを意味しています。本稿では、私たちがどの様にしてコロナ禍で日本人研究者コミュニティをスタンフォード大学で立ち上げ運営してきたのかを紹介させていただきます。


コロナ禍での日本人研究者コミュニティの発足


私は日本で博士号を取ったあとすぐにポスドクとしてスタンフォード大学応用物理学科に所属しました。それからちょうど2年が経ちSenior Research Scientistに肩書きを変えようとしていた2020年2月の終わり、アメリカ物理学会に向かう飛行機に乗ろうとした前日に急遽学会中止の連絡がありました。その後すぐにカリフォルニア州からロックダウンの命令があり全ての実験が中断を余儀なくされると、医療系、研究機関と徐々に限られた人間のみキャンパスに戻ることが許されましたが、対面でのミーティングは全て中止になりました。ですが大学が早々にZoomを使い出したことですぐにオンラインへと移行できたのは幸いでした(3月6日にはZoomを使ったオンライン会議のメールが来ていました)。

写真1(上)JASSのロゴ. (下)JASS幹事2023年新年会

スタンフォード大学には生命科学系・コンピュータ科学系などいくつか少数の日本人研究者コミュニティが活動していましたがオンライン開催を試みるも、新たなVisiting Scholarの着任を許可しなかった大学の方針の影響もあり運営の引き継ぎや新規の参加者の追加が困難となり活動は下火になってしまいました。私個人としてはUC Berkeleyの研究者コミュニティであるBerkeley Japanese Academic Network(BJAN, UJAガジェット2022年9号を参照)や日本学術振興会サンフランシスコ連絡センター主催の日本人研究者交流会にオンライン参加するなどしてこれまで所属していたコミュニティとの繋がりを保つことができていました。それでももちろん知らない間に卒業した学生や就職したポスドク仲間も多くいました。



幸いなことに私が援助を受けていた日本学術振興会の海外特別研究員制度を利用して新しくスタンフォード大学に留学してきた方々と知り合うことができました。そして彼らがここで人脈を新たに作るにはオンラインイベントは不向きである事、そして生命科学系・コンピュータ科学系以外の研究者が入れる日本コミュニティがないのも問題である事を知りました。そしてワクチンの普及から大学内での小規模活動に関する緩和があったことも重なり、海外特別研究員として2021年からMechanical Engineeringにポスドクとして来た江口僚さんと、私と一緒に渡米していた妻の美晴(Chemical EngineeringにResearch Associateとして所属)の3人で分野の垣根を超えた新しい日本人研究者コミュニティを立ち上げる運びとなりました。そして現在ではポスドクの小澤創さん(Geophysics)、片桐健登さん(Materials Science and Engineering)そして博士課程学生の中村勇人さん(Electrical Engineering)を加えて6人で運営しています。(写真1)


JASSの活動


JASSでは月に一度、大学の会議室を借りてセミナーと懇親会を土曜日に開催しています。セミナーは分野と所属、肩書きなどを問わずスタンフォード大学および近隣の研究所や企業で研究活動をされている方に講演者となっていただき、1人50分で毎回2人に講演していただいています。そしてセミナー後に同じ部屋で、寿司やピザ、ビールなどをつまみながら懇親会を行い交流を深める場として提供しています。懇親会参加のみ参加費(食事代)が発生し、セミナーのみの参加は無料で行なっています。コロナ禍ということで現地とZoomのハイブリット開催でスタートし現在でもそれを継続しています。毎回20名弱の現地参加者と5名程度のオンライン参加者と予想より現地参加者が多く驚きました。今後オンライン参加者は減っていくかもしれませんがZoomは録画がしやすくmeeting Owl3 (大学の備品)というオンライン用音響機器の性能も良いため今後もハイブリット開催を続けていく予定です。感染予防として野外テントでセミナーを行ったこともありましたが音響が悪く、現地では拡声器を使うことで対応できましたがオンラインには全く向いていませんでした。(写真2)

コロナ禍のJASSセミナー

講演テーマは広い分野をカバーすることを目指しており、執筆現在で社会科学・数物系科学・生物系科学・工学系科学・情報学がちょうど20%ずつを占めています。また、不定期で産学交流企画「Academia Meets Industry」と題して非研究者の方に自分の職業や企業について講演して頂いています。(詳しくはホームページをご覧ください。)このように、講演テーマが多岐に渡るため参加者は流動的でFacebookグループの登録者は半年で100人を超え予想よりスタンフォード近隣の日本語話者に需要があることがわかりました。それでもイベントの周知方法はいまだに課題です。現在はEvent Brightでイベントページを作成し、JASSのFacebook・ホームページでの周知や他団体への周知、口コミで周知をしている状況ですが、例えばUJAの認知度をもっと高めてそこから我々の活動を知ってもらえる様になると大変助かります。


日本語を使ってセミナーをする利点


― スタンフォードなのに英語ではなく日本語で研究発表を敢えてする意味がありますか?―

JASSセミナーを運営する中で何度かこの質問をされることがあります。確かに、英語でセミナーを行えば、参加できる人は飛躍的に増えるでしょうし、講演者や参加者の英語力向上にもつながるでしょう。短期留学で来ている人はこの英語力向上を一つの目標としているでしょう。ですが、前述したようにスタンフォードでは英語を使う機会はすでに無数にあります。寧ろそれを日本人コミュニティでやる必要がないと思います。


少し話は逸れますが、私はスタンフォード大学に来たばかりの頃、なるべく日本語は使わずに過ごして早く英語を習得しようと考えていました。また、私が所属する日本物理学会の公用語を英語にすれば海外の研究者も参加できて日本にいるだけで英語ができるようになって良いのにとも思っていましたし日本の大学の授業も英語にすれば留学生も増えて大学ランキングも上がり、優秀な教授を海外から集められると思っていました。それを日本語が堪能なイギリス人研究者に話したところそれはやめた方がいいと反論されました。「日本語は素晴らしい言語で歴史的にもそれをうまく使って素晴らしい研究が行われてきた。もし無理やり英語を使うようになったら日本の研究力は衰退するだろう。」これに私は衝撃を受けました。なぜなら語学が堪能な彼なら日本の国際化に賛成だろうと思っていたからです。


彼の発言を受けて、色々思うところがありました。英語で議論するとき、暗算などするときは特にアメリカ人との思考の速さの違いを痛感させられますし、英文の読み書きの速度にも毎回驚かされます。確かにこの差を埋める為にはより英語を使う機会を増やす必要がありますが同時に、日本語を使って本来のスピードで研究を進め続けることも大切です。研究を進めていく上で大事なことの1つは新しいアイデアであり、それは時として全く異なる話からヒントを得ることも多々あります。幸いなことにスタンフォード大学に現在いる日本人研究者の数はそう多くなく、そのため定期的にセミナーを開くと必然的に異分野の人の話を聞くことができます。そんな新しいアイデアを得られる絶好の機会を無理に不慣れな言語で行う必要はないと私は考えています。日本語と英語、両方の言語を駆使して出来る限りの情報を集めて活用できることが英語が母国語ではない我々のような研究者にとって最大の利点でありそれはアメリカに留学しても変わらないことではないでしょうか。


活動、発足を通して得た教訓


これらの活動を通して幾つか得た教訓があります。まず、継続して活動していくにあたり、場所と運営する人間と講演者の確保が必要となります。現在、JASSは私と片桐さんが所属する研究棟の会議室を無料で使わせていただいています。ただ、ここを使い続けるにはこの研究棟に所属する人が必要で、継続した運営を考えるならいくつか開催できる候補を持っておくべきでしょう。もしくは大学の留学生支援課など、コミュニティに協力してくれる所で場所を確保するのも選択肢の一つです。懇親会で昼食を出しているので集金の必要があるのですが、我々はNPOの申請を行なっておらず公にチケットを売っても非課税にはならない為、チケットは無料でVenmoや当日現金で昼食代を集金する方式をとっていますが継続していくには寄付金も募れるNPO法人化も選択肢の一つだと考えています。(まだ手続きが難しいのではないかと二の足を踏んでいます、、)


BerkeleyではBJANが継続的に日本人研究者を受け入れて良い交流の場となっていますが、スタンフォード大学ではそういった会は私の知る限り今は存在していません。前述の様に スタンフォード大学には継続的に新しく来る日本人研究者(分野を問わず)のネットワーク作りを支援するコミュニティはありませんでした。それはおそらく、 スタンフォード大学が非常に大きい組織であり異分野交流が困難であること、ほとんどの人が1-2年で移動してしまうこと、そして日本人コミュニティを敢えて遠ざける少し尖った傾向が学生やポスドクにはあることが関係していると思われます(私も含めて)。スタンフォードには学生やポスドク用の交流イベントが無料で常に行われており勇気を出して参加すれば友達はすぐに作ることができます。実際そうやってできたコミュニティのみに参加して充実した日々を送っている日本人も中にはいるでしょう。ただ、そう言った社交場に不慣れでコミュニティに入れず、現地の暮らしに苦労している日本人が多くいて、失意のままに帰国する例が多々あります。この様な例を無くすためにも我々のようなコミュニティが各地域に必要だと考えています。


おわりに


コロナでオンライン会議を余儀なくされオンラインの利点も欠点も見えてきて、やはり人間関係を形成するにはまだ対面でのイベントが欠かせないというのが多くの人の共通認識ではないでしょうか。今後メタバース関連の技術革新によって変わっていくのでしょうが、まだ暫くは対面でのコミュニティ活動が求められていると思います。長くこういった活動を続けるためにはできるだけシンプルな参加と運営のシステムを構築することが必要で、多くの団体がそういったシステムをUJAを通して共有していくことで同じような日本人研究者コミュニティが多くの場所で立ち上がれば幸いです。


謝辞


このような貴重な機会をくださったUJAの森岡和仁さんと田中良啓さん、JASSを立ち上げる際に運営について相談に乗って頂いた元BJAN幹事の村井裕基さん、JASSの立ち上げを後押ししてくださった数学科の時枝正先生、そしてJASSの運営に共にあたっている幹事の皆さん、講演者の皆様そして会場の設営にご協力いただいているセミナー参加者の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。


筆者略歴

井口雄介(いぐちゆうすけ)。2013年東京理科大学理学部卒。2018年東京大学大学院総合文化研究科博士号取得。同年より日本学術振興会海外特別研究員としてスタンフォード大学応用物理学科ポスドク。2020年より同Geballe Laboratory for Advanced MaterialsにてSenior Research Scientist。絶縁体から超伝導体まで一貫して磁気物理現象の研究に従事。2022年からJASSを共同設立、幹事代表。



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